臣籍降下の第三王子が「お前を愛することはない」と言ったので、巷で噂の悪役令嬢が「愛してください」と即切り返したら案外うまくまとまったお話。
淑女の皆様、ご準備を。
ウォシュ侯爵家のレノアと申します。侯爵家の次期当主です。
巷では悪役令嬢と呼ばれているようで大変不本意なのです。
不貞を働いた元婚約者を徹底的に糾弾して違約金をたっぷりせしめた上で爵位返上まで追い込んだだけなのに。
私自身に瑕疵があるわけでもないのに。
また、社交界では「氷の令嬢」などと呼ばれております。
実際に氷結魔法は使えますので完全には否定できませんわね。
微妙に近寄りがたい雰囲気を纏う私を不憫に思ったのか、王家から婚約の打診がありました。
侯爵家としても王家と繋がりができるのは喜ばしいことです。
そして今日、先触れどおりに第三王子殿下が我が家の門に到着いたしました。
「はじめまして。レノアと申します」
「僕がドライスだ。顔をあげよ」
淑女の礼を執った後、私の目に入った殿下を見て思わずニヤけてしまいます。
(かわいい……)
ええ、ほんの一瞬です。表情の変化は伝わらなかったはず。
殿下はサラサラの蜂蜜色の髪をした美少年でした。
瞳も湖面を映したような澄み切った青色、これは王家の色です。
年齢はたしか私より7つ下だったはず。
「ではお手を」
「しゃがみこむな! 僕が小さいみたいじゃないか」
突然叱られてしまいました。
「まあ」
殿下の自尊心を傷つけてしまったようです。
小さくてもしっかり王族なのですね。これは私の失敗です。
「では指先だけでも」
背筋を伸ばして控えめに手を出すと殿下は満足そうに可愛らしい指先を私の手に乗せてくださいました。
貴賓室での打ち合わせも滞り無く終わり、親睦を深めるために殿下と二人で庭園を歩くことにしました。この日のために庭師が精進した自慢の庭ですが殿下は落ち着かない様子で目線だけを動かしていますね。
(なにか落ち度があったかしら……)
にわかに不安を抱きますが、ほどなくして四阿に到着。
侍女たちが紅茶を淹れ始めたその時、殿下が突然立ち上がります。
ちょうど視線が私と同じ高さになります。それでもかわいい。
「お前を愛することはない!」
「愛してください」
間髪入れずに返します。
ドライス様は目をパチパチさせながら私を見て、すぐに視線をそらそうとしました。
侍女たちがオロオロし始めますが私は殿下の目を真っ直ぐ見つめたまま。
すると興奮気味だったドライス様の目が急に潤み始めます。
暴れ馬が私に一喝されて鎮まる時に似てるような気がします。
「わかった……」
思ったより物わかりがいいような? 正直、ほっとしました。
それにお顔を真っ赤に染めて。ここはもう一押しするべきでしょう。
「レノアはドライス様をお慕いしております」
「嘘だ! 今日初めて会ったばかりじゃないか」
たしかにそう。
でも貴族の結婚というのは愛情の深まりとは別なのです。
教えて差し上げねば。
「恋と愛とは違います」
「な……に……」
「恋とは一瞬で落ちるもの。底が浅くてすぐに終わりますわ」
「そうなのか?」
「私の元婚約者がそうでした。真実の愛などという言葉で不貞をごまかした掃き溜めのような男でした」
「掃き溜めとはひどいな……」
「ドライス様はそんな男ではありません。誇り高き王家の方ですわよね?」
「と、当然だ!」
「では『愛することはない』などと口にしてはいけませんわ」
いつの間にか用意されていた紅茶に手を付けながら私が言うと、ドライス様も同じようにカップを手に取りました。少し冷めていますけどちょうどいいです。
噂では王城ではドライス様はわがままで手が付けられないそうです。
勉学に身が入らず癇癪を起こす……その原因は意外と愛に飢えていたのかも知れませんね。
まっすぐ人に愛されたことがないのかも知れません。
婚約者となる私がなんとかしてあげましょう。
その日はそれ以上何事もなく終わり、ドライス様は大人しくお城へ戻られました。
しかし次の日、先触れもなくドライス様が当家にやってきました。
「お前を愛するために来た!」
「ありがとうございます」
家令と侍女長がいる前でいきなり叫ばれたので少々驚きましたけど。
(次に会うのはひと月後の予定だったはず)
そんな事を考えながら貴賓室へ向かいますが、ドライス様は私の部屋が見たいと所望されました。本来ならばお断りするべきところですが私も気持ちが高ぶっていたようで許してしまいます。
「人払いは出来ないか」
私の隣にちょこんと座ったドライス様が遠慮気味におっしゃるので、傍に控えていた侍女たちを遠ざけます。特に危険もないでしょう。
「本日のご用件は何でしょうか?」
「昨日の話の続きをしに来た」
そう言ったきりしばらくドライス様は黙り込んでしまいます。
体を小さく揺らしながら言いにくそうにしているので言葉を待ちます。
「城へ帰ってから考えてみたが、わからないのだ……」
「何がです?」
するとドライス様は小さな声で言いました。
愛について。
そしてまた黙りました。
(そんなもの、私だってわかりませんわ!?)
事情はともかく婚約破棄した女性ですもの。愛を知らないのは私も同じ。
ですがここは年長者として教えて差し上げねばと思い、ごく一般的な愛の形について(伝聞ですが)ドライス様にお聞かせしましたところ――、
「ではこうすればいいのだなっ」
元気よく立ち上がったドライス様が私の膝の上に乗ってきました。
なるほど、「目線を合わせ」「見つめ合い」「相手とふれあいながら愛を囁く」という条件は満たしてますね。
しかし、
「ドライス様、これですと……」
私を抱きしめると言うよりは私に抱きついているような?
ちょっと重さのあるぬいぐるみが膝に乗っているような感覚ですね。
これはこれで悪くないのですけど。
「いやなのか?」
「いいえ、問題ありませんわ」
無意識に私はぬいぐるみを抱きしめるようにドライス様に腕を回してしまいました。
「あ……」
可愛らしい口から漏れた声で正気に戻りました。
でも、ドライス様のお顔が真っ赤です。ここはもう一押しするべきでしょう。
「いやですか?」
「ちが、う、続けてくれ……」
「承知しました。では」
許可をいただいたので再びドライス様をハグします。
今度は本気です。
滑らかなドレスの生地が少しずつドライス様の体を滑らせ、そのうち私の胸元に顔をうずめるような体勢になってしまいます。
「う……レノアはとてもいい匂いがするのだな」
「ご満足いただけて光栄です」
いつの間にかドライス様も私にすがりつくように腕を回されてますね。
サラサラの髪が私の鼻先をくすぐるのが心地よいです。
「それに柔らかくて……」
スリスリと頬ずりされると私も満たされてしまいます。
「レノアを愛する……誓う……」
「まあ!」
年下のかわいらしい王子様に愛を誓われた私が思わず腕に力を込めると、ドライス様は小さくうめいてからそのまま眠ってしまわれました。
……
それからというもの、ドライス様は王城での行いを自ら見直し、勉学や剣術に励みながら時間を作って当家へ頻繁に訪れるようになりました。
「レノアを愛する!」
「あの、ドライス様……そういったことは二人きりの時だけにして頂きたく」
宣言した後、周りを見回すドライス様。
メイドたちの肩が小さく震えておりますね。
「すまなかった……レノアに会いたくて仕方なかったのだ」
「まあ! 嬉しいですわ」
しょんぼりした様子も可愛らしくて私、思わず笑みを浮かべてしまいます。
……
そして迎えた婚姻の儀。
私とドライス様は記名欄に互いの名前を書きました。
「これで正式にレノアは僕の婚約者になったのだな!」
「そのとおりでございます」
私の隣で今にも飛び跳ねそうな未来の旦那様に微笑みかけます。
「お前を愛す――」
「ええ。愛し合いましょう」
私がそう返すとドライス様は真っ赤になり、指先をきゅっと掴んでくれました。
そしてこの後どうするべきかを悩んでいらっしゃる様子……
教えて差し上げねば。
婚約者である私がなんとかしてあげましょう。
「いいのか……今日も」
「はい。遠慮なさらず」
ここは私の部屋。
いつものように人払いをすれば、肩の荷が下りたようにドライス様が甘えてきました。
「僕は本当にレノアが好きなのかも知れない」
「かも? ですか?」
「いや、好きだ……」
そう言って私に抱きついてくるドライス様を優しく受け止めます。
「レノアに髪を撫でられると何も考えられなくなってしまう」
「さようでございますか」
なるほど、なるほど?
「な、なぜ、やめようとしない……」
「それはドライス様が私を愛してくださるからですわ」
適当な理由付けでも納得してくださるかわいい婚約者様。
私は手を止めず、ドライス様が腕の中で蕩けていくのを眺めているだけ。
庇護欲が止まらないというのはこういうことなのでしょうか。不貞を働いた前の婚約者は学園という公の場でこれをしていたわけですね。ずるい。
「レノアを愛するとレノアからも愛されるのか?」
「そのとおりです。ドライス様は理解できて偉いですね。よしよし」
背中をぽんぽんしながら囁くと、ドライス様がブルッと震えます。
「あ……あっ、でも……子ども扱い、するなぁぁ!」
「もちろん一人前の男性として扱いますわ。ドライス様、お慕いしてます。もっと私を好きになってください」
ちゅ……
ほんのり桃色に染まった柔らかそうな頬に口付けを落とします。
「はっ! 今のは」
「親愛のキスですね」
急にこちらを向いたドライス様のお顔が太陽みたいに眩しくて、私はそのままサラサラの前髪をかき分けて額にも口づけします。
「そ、それはっ?」
「ドライス様に慈愛と真実の愛を」
何故かジタバタし始めたドライス様を諌めるように、先ほどとは反対側の頬にもう一度。
「あうぅぅ……」
三度の口づけですっかりおとなしくなったドライス様が私の名を何度も呼び始めました。
可愛すぎて庇護欲が止められません。
少し刺激が強すぎましたか?
いいえ。ここはもう一押しするべきでしょう。
私も覚悟を決めました。
「本来は一年後までとっておくべきなのでしょうけれど」
腕の中で震えるドライス様の顎に指でそっと持ち上げ、小さな花びらのような唇に目をやります。
「え……レノア,ま、まて! 待っ……」
二人の時間が止まりました。
ドライス様と私の呼吸が一つになりましたね。
そっと顔を離し、私は告げます。
「唇への口づけは永遠の愛、です……お慕いしてますわ。ドライス様」
にっこり微笑んで彼を見つめると、わなわなと震え続けています。
「あ……レノア、胸が急に苦しい……」
「それは大変ですわね。ではもう一度」
ゆっくり顔を寄せると、ドライス様が目を硬く閉じます。
これでドライス様が落ち着いてくださればよいのですが。
「んむぅっ……!」
はい、今度こそおとなしくなりました。私の腕の中で。
さてこれは殿下を籠絡したことになるのでしょうか。
ドライス様の判断におまかせしますが、そういう意味では私はたしかに私は悪役令嬢なのでしょう。
(了)
年の差婚を書きたくなったのです。
少し刺激が強すぎましたか?




