表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/27

第5話(3)

翌朝。



私は小鳥のさえずりと共に、爽やかに目覚めた。



「んぅ……よく寝たぁ」



大きく伸びをする。



昨夜は外の雨音が少し強かったけれど、私の部屋は静寂そのものだった。



やはり、クロードの用意してくれた結界は最高だ。



ふと、窓辺を見ると、キラキラと輝くものが置かれていた。



ガラス細工のような、精巧な花のオブジェだ。



「あれ、あんなのあったっけ?」



「おはよう、ソフィア」



いつの間にか部屋に入ってきていたクロードが、ニコニコと笑って私に近づいてきた。



「ああ、あれかい? 昨夜、少しだけ『害虫』が迷い込んできたのでね。私が処理して、ついでに余った魔力でアートを作ってみたんだ」



「害虫? この季節に?」



「ああ。黒くて、コソコソ動く、不快な虫だったよ」



クロードは楽しげに目を細めた。



そっか、皇帝陛下ともなると、虫退治すら芸術アートに変えてしまうのか。



「綺麗ですね。涼しげで」



「そうだろう? ……まあ、君に見せるには美しくない『本体』のほうは、すでに故郷へ送り返しておいたがね」



「?」



よく分からないけれど、クロードが機嫌が良いなら何よりだ。



私は今日も、ふわふわのパンケーキが待つ朝食の席へと向かった。



自分の知らないところで、王国の最強戦力が全滅しているとも知らずに。



その日の午後。



王国の執務室は、異様な緊張感に包まれていた。



「遅い……! まだか! 影狼からの報告はまだなのか!」



エリック王子は、部屋の中を熊のようにウロウロと歩き回っていた。



計画通りなら、今頃はソフィアが「連行」されてきてもいい時間だ。



「ご安心ください、殿下」



宰相補佐官のガロンが、青白い顔ながらも自信ありげに言う。



「影狼は無敗の部隊です。



いかに帝国の警備が厳重といえど、音もなく侵入し、仕事を遂行しているはず。……おや?」



廊下が騒がしい。



衛兵が慌てた様子で飛び込んできた。



「ほ、報告します! 帝国の使い魔が、中庭に『荷物』を落としていきました!」



「荷物だと? ……まさか、ソフィアか!?」



エリックの顔がパァッと輝く。



そうだ、きっと影狼がソフィアを捕らえ、運び込んだのだ。



彼は泥だらけの廊下を走り、中庭へと急いだ。

そこには、巨大な木箱が置かれていた。



周りからは、白い冷気が漂っている。



「おお、ご丁寧に冷凍保存(クール便)で送ってきたか! よし、開けろ!」



エリックの命令で、兵士たちがバールで木箱をこじ開ける。



バリバリッ、という音と共に蓋が外され――。



「さあ、ソフィア! 私の胸に飛び込んで……ヒッ!?」



エリックの笑顔が凍りついた。



いや、その場にいた全員が、悲鳴すら上げられずに腰を抜かした。



箱の中に詰まっていたのは、ソフィアではない。



カチコチに凍りつき、恐怖に歪んだ表情のまま固まった、数人の男たちの「氷像」だった。



「ザ、ザイード……!? 影狼の……全員か……!?」



ガロンがガタガタと震えながら後ずさる。



王国最強の暗殺者たちが、傷一つないまま、まるで「生きた芸術品」のように瞬間凍結されている。



それは、魔法というよりは、神の御業に近い力の差を見せつけるものだった。



そして、一番上の氷像の胸元に、一枚のカードが刺さっていた。



美しいカリグラフィーで、こう書かれている。

『私の大切な「妻(予定)」の安眠を妨げた罪により、害虫を返送する。次は、送り主(お前たち)を氷像にして飾るとしようか。――クロード』



「あ、あぁ……あぁぁぁ……」



エリックはその場にへたり込んだ。



勝てない。



暗殺も、交渉も、武力も、何もかもが通じない。



相手は、人間ではない「怪物」だ。



「おしまいだ……。50億も払えない、ソフィアも取り戻せない……帝国が攻めてくる……殺される……!」



ガロンも頭を抱えてうずくまる中、極限の恐怖に追い詰められたエリックの脳内で、何かが「プツン」と切れた。



「……いや。まだだ」



エリックは虚ろな目で立ち上がった。



「まだ手はある」



「で、殿下?」



「クロードごときに、ソフィアが渡せるものか。あいつは私のことが好きなんだ。そうだ、直接会って話せば分かるはずだ」



王子の瞳に、狂気じみた光が宿る。



彼は恐怖から逃れるために、「自分は愛されている」という妄想に逃げ込んだのだ。



「行くぞ、ガロン。馬車を用意しろ」



「ど、どちらへ!?」



「帝国だ! 私が直接乗り込み、ソフィアを説得する! あの氷皇帝に騙されている彼女を、真実の愛で目覚めさせるのだ!」



それは勇気ではない。



破滅へと向かう、蛾のような特攻だった。



豪雨が降り注ぐ中、泥にまみれた馬車が、帝国へ向かって走り出す。



それが、彼らにとっての最後の旅になるとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ