第3話:帝国の最新鋭「魔導炉」のデバック
帝都に到着した私は、そのまま城の奥深くにある「魔導研究所」へと連行された。
お姫様抱っこのまま。
「へ、陛下! 歩けます! 降ろしてください!」
「ならん。君はまだ移動の疲れが癒えていない(馬車で爆睡していたが)。私の腕の中にいればいい」
クロード皇帝は聞く耳を持たない。
すれ違う研究員たちが「陛下が女性を連れている!?」「まさか噂の『聖女』か?」とギョッとしている。
恥ずかしい。顔から火が出そうだ。
辿り着いたのは、部屋の中央に巨大なクリスタルの柱が鎮座する、広大な実験室だった。
しかし、部屋の空気はピリついている。
赤い警告灯が点滅し、白衣を着た男たちが怒鳴り合っていた。
「出力低下! 冷却が追いつかないぞ!」
「ダメです! 第3術式がコンフリクト(衝突)を起こしています! これ以上は爆発します!」
どうやらトラブルの真っ最中らしい。
クロード皇帝が眉をひそめる。
「……何事だ、ガリル所長」
「へ、陛下!? 申し訳ありません! 新型の『魔導炉』の起動実験中だったのですが、魔力循環の効率が悪く、熱暴走を……!」
所長と呼ばれた髭のお爺さんが、汗だくで頭を下げる。
魔導炉。
都市全体の動力を賄う、帝国の心臓部だ。
それが暴走寸前とは穏やかではない。
「退避してください陛下! 危険です!」
所長が叫ぶが、クロードは動じない。
代わりに、私をそっと降ろして、耳元で囁いた。
「ソフィア。あれをどう思う?」
「え?」
「君の目には、あの暴走がどう映る?」
私は目をこすりながら、赤く発光するクリスタルを見上げた。
そこには、無数の魔術文字が浮かび上がっている。
帝国の最先端技術の結晶だ。
だが、私の目には……。
「……うわぁ、汚い」
「汚い?」
「コードがスパゲッティみたいに絡まってます。これじゃ魔力が詰まるのは当たり前です。あと、ここの条件分岐、無限ループしてますよ」
私は思わず職業病(元システム管理者としての血)が騒ぎ、クリスタルに近づいた。
「おい貴様! 離れろ! 触ったら死ぬぞ!」
所長が止めるのも聞かず、私はクリスタルに手を触れた。
「……整理整頓しますね」
私は指先から魔力を流し込む。
絡まり合った術式をほどき、不要な行を削除し、バイパスを通す。
私にとっては、洗濯物を畳むのと同じくらい簡単な作業だ。
パチン。
私が指を鳴らすと同時に、激しい警報音が止まった。
赤く明滅していたクリスタルが、深海のような静謐な青色へと変わり、音もなく脈打ち始める。
「……はい、これで大丈夫です。循環効率を30%から98%まで引き上げておきましたので、あと100年はメンテナンス不要です。まぁ、ハードが変わったら更新は必要ですけど」
私はあくびをした。
ふう、一仕事したら眠くなってきた。
「……………………」
静寂。
先ほどまでの怒号が嘘のように、研究所内が水を打ったように静まり返る。
誰も動かない。誰も喋らない。
ただ、正常に稼働し始めた魔導炉の数値モニターと、私の顔を交互に見つめているだけだ。
「……おい、ガリル所長」
沈黙を破ったのは、クロード皇帝の低い声だった。
「は、はっ……!」
「今の処理、記録したか?」
所長と呼ばれた老人は、震える手で眼鏡の位置を直した。
その顔色は青ざめ、額には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。
「いえ……速すぎて、魔力測定器の針が振り切れました。計測不能です」
「そうか」
「陛下……あの方は、一体……」
所長は私を、まるで「未知の怪物」を見るような、恐怖と敬意が入り混じった目で見つめた。
「我々が50年かけて到達できなかった理論値を、瞬きする間に……。これは魔法ではありません。……理の書き換えだ」
「ふっ、そうだろうな」
クロード皇帝は、満足げに口元を歪めた。
周囲の研究員たちも、拝むどころか、あまりの技術格差に絶望し、ただ呆然と立ち尽くしている。
これこそが「格の違い」というやつだろう。
「見たかガリル。これが私の見つけた『至宝』、ソフィアだ。今日から彼女を最高技術顧問とする。……文句のある者は?」
皇帝が睥睨すると、所長はガクガクと首を横に振った。
「めっ、滅相もございません! 文句など……これほどの御方に御教示いただけるなら、私の所長の座を明け渡しても構いません……!」
「だ、そうだ。ソフィア」
クロードが私の方を向き、勝ち誇ったように笑った。
私は肩をすくめた。
「所長の座なんていりません。責任が増えると睡眠時間が減りますから」
「ハハハ! 欲のないやつだ。だが、そこがいい」
クロードは皆が見ている前で、私の腰をグイッと引き寄せた。
「陛下……?」
「疲れただろう。約束通り、最高級のベッドへ案内する」
彼は私を再び軽々と抱き上げると、凍りついている研究員たちに一瞥もくれず、颯爽と歩き出した。
背後からは、歓声の一つも上がらない。
ただ、圧倒的な才能を見せつけられた技術者たちの、重苦しいほどのアツい視線だけが、いつまでも私の背中に突き刺さっていた。
一方その頃。
王国の王宮では、地獄のような騒音が響いていた。
「臭い! なんだこの悪臭は!」
エリック王子は鼻をつまみ、執務室で叫んでいた。
床には茶色い汚水が染み出している。
下水道の逆流が、ついに王族の居住区まで達したのだ。
「え、エリック様ぁ……おトイレが流れませんの……」
リリィが涙目で駆け込んでくる。
彼女のドレスの裾は泥で汚れていた。
「リリィ! 君の聖女の力でなんとかできないのか!? 『浄化』しろ!」
「やってますぅ! でも、私の光魔法じゃ、トイレ一個浄化するだけで魔力が空っぽになっちゃうんですぅ!」
リリィの専門は「発光(見た目だけ)」だ。
都市規模の汚物処理などできるはずがない。
「くそっ、なぜだ! ソフィアがいた時はこんなこと一度もなかったぞ!」
「あいつ、やっぱり何か仕掛けをして逃げたに違いありませんわ! 性格が悪いですもの!」
二人はまだ気づいていない。
仕掛けをしたのではなく、「誰かがやっていた掃除」を、誰もやらなくなっただけだということに。
「おい、窓を閉めろ! 雨が入ってくる!」
「閉まりません! 窓枠が湿気で歪んでます!」
暴風雨と汚水にまみれた王宮で、王子の絶叫が虚しく響いた。
「ソフィアァァァァァ!! どこへ行ったんだァァァァ!!」




