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第18話:ミッドサマー・ナイト

「エメラルダ」でのハネムーンを終え、帝都に帰還してから1ヶ月。



私、ソフィア・フォン・ルミナスは、人生最大規模のプロジェクトに追われていた。



すなわち、『皇帝クロードとの結婚式システム・ローンチ』である。



「ソフィア様! 動き回らないでください! 採寸がズレます!」



「待って、マリー。このウェディングドレスのレース素材、空気抵抗係数が高すぎるわ。これじゃ緊急時の回避行動ステップに0.5秒のラグが出る」



「出ません! 花嫁は回避行動なんてとりません!」



王宮の衣装部屋で、私は数人の侍女に囲まれていた。



純白のドレスは美しいが、エンジニアとしては「機能性」が気になって仕方がない。



「ねえ、スカートの裾に小型の『浮遊ユニット』を仕込むのはどう? 自動でふんわり広がるし、重量軽減にもなるわ」



「却下です! 重厚感が台無しです!」



「ちぇっ。……あ、そうだ。ベールにHUDヘッドアップディスプレイを投影して、参列者の名簿を表示できるように……」



私がブツブツと改善案(仕様変更)を出していると、部屋のドアが開き、クロードが入ってきた。



彼は公務の合間を縫って、衣装合わせを見に来たのだ。



「……ソフィア」



「あ、クロード様。見てください、この非効率なドレス」



私が振り返ると、クロードは目を見開いたまま、石像のように固まった。



そして数秒後、口元を片手で覆い、顔を背けた。



「…………」



「クロード様? どこか具合が?」



「……いや、違う。……美しすぎて、網膜が焼けるかと思っただけだ」



彼は咳払いを一つして、真剣な顔で私に向き直った。



「ソフィア。機能性などどうでもいい。君がそこに立っているだけで、帝国の志気が上がるレベルの美しさだ。……メイド長。何と言おうとそのまま採用しろ」



「かしこまりました! そのつもりです!」




「えぇ……。まあ、貴方がそう言うなら……」



こうして、私たちの結婚式の準備は、着々と(?)進んでいた。



一方その頃。



ルミナス王国。



「クソッ……! クソッ! なぜだ! なぜ何もかも上手くいかない!」



王城の玉座の間で、エリック王子が叫び声を上げていた。



かつて豪華絢爛だった城は、見る影もなく荒れ果てていた。



壁の漆喰は剥がれ落ち、窓ガラスは割れたまま。



そして何より酷いのは、「臭い」だ。



「おい! トイレの水がまた逆流してるぞ! どうなってるんだ!」



「も、申し訳ありません殿下……。下水道の浄化システムが完全に停止しておりまして……」



「なら直せ! 魔導師は何をしている!」



「そ、それが……システムが複雑すぎて『誰も解析できない』と……。これを管理していたのは、全てソフィア様でしたので……」



家臣の言葉に、エリックはギリッと歯を食いしばる。



ソフィアを追放してから数ヶ月。



王国は、文字通り「サーバーダウン(国家破綻)」寸前だった。



雨乞いの儀式は失敗し、作物は枯れ、結界が消えたせいで魔物が頻出。



国民の不満は爆発寸前で、城の前では連日デモ(暴動)が起きている。



「エリック……どうしたのだ? 騒がしいようだが……」



その時、背後から弱々しい声がかかった。



杖をつき、侍従に支えられて現れたのは、国王だった。



かつては聡明な王だったが、今は病に伏せっており、今は亡き王妃の後を追うように日に日に衰弱していた。



「ち、父上……! 寝室にいらしたのでは……」



「外が騒がしいのでな。……それに、城の中が少し臭うようだが、下水に何かあったのか?」



国王の穏やかな問いかけに、エリックの背中に冷や汗が流れる。



第一王子である優秀な兄は、現在、遠方の「聖地奪還遠征」に出ていて不在だ。



父は、留守を預かるエリックを信頼し、全ての国政を任せてくれている。



ここで「私がソフィアを追放したせいで国が滅びそうです」などと、言えるはずがない。



「……な、なんでもありません父上! ただの配管トラブルです。すぐに直させます」



「そうか……。エリック、無理はしていないか? お前は真面目だから、一人で抱え込んでいないか心配でな」



国王は、優しい瞳で息子を見つめた。



「ソフィア嬢はどうしている? 最近、姿を見ないが……彼女がいれば、お前の助けになってくれるはずだが」



「ッ……! あ、あいつは……少し、長期休暇を取らせています。リフレッシュが必要ですので」



「そうか。戻ったらよろしく伝えておくれ。……頼んだぞ、エリック」



国王はそう言い残し、また寝室へと戻っていった。



父の背中が消えた瞬間、エリックは壁をドンッ!と殴りつけた。



「クソッ……! クソッ! どいつもこいつもソフィア、ソフィア……!」



優秀な兄への劣等感。



優しい父を裏切っている罪悪感。



そして何もかもがうまくいかない焦燥感。



それらが全て、ドス黒い焦りとなってエリックを蝕んでいく。



「ソフィア……ソフィアさえいれば……!」



エリックの目は血走っていた。



彼は自分の無能さを棚に上げ、全てをソフィアのせいにしていた。



あいつが戻ってくれば、全て元通りになる。

俺の栄光も戻ってくるはずだ──。



そこへ、一通の手紙が届いた。



帝国の紋章が入った、豪華な封筒だ。



「……なんだ、これは」



エリックが乱暴に封を切る。



中から出てきたのは、美しいカリグラフィーで書かれた『結婚式の招待状』だった。



【拝啓 ルミナス王国王家 様

この度、皇帝クロードとソフィアの婚姻の儀を執り行います――】



「ふ、ふざけるなァァァァッ!!」



エリックは招待状をビリビリに引き裂いた。



「俺の国がこんなになっているのに、あいつだけ幸せになるだと!? 許さん……絶対に許さんぞ……!」



エリックは荒い息を吐きながら、玉座に力なく崩れ落ちた。



「……だが、どうする? どうすればいい?


怒りが引くと同時に、冷たい絶望が押し寄せてくる。



今の王国軍には、帝国に攻め入る余力などない。



外交でソフィアの返還を求めても、あの冷徹な皇帝が首を縦に振るはずがない。



「金もない。兵もない。……あと1ヶ月もすれば、兄上が遠征から戻ってくる」



優秀な第一王子である兄が帰還し、この国の惨状を見たらどうなるか。



父王を騙し、聖女を追放し、国を傾けた罪。

間違いなく、エリックは廃嫡――いや、処刑されるだろう。



「終わりだ……。俺の人生は、詰んでいる……」



エリックは頭を抱えた。



窓の外からは、暴徒と化した国民のシュプレヒコールと、下水の腐臭が漂ってくる。



八方塞がりだ。この状況を覆すには、もはや「奇跡」か「厄災」にすがるしかない。



ふと、エリックの脳裏に、幼い頃に父から聞かされた「御伽噺」が過った。



『いいかエリック。宝物庫の奥にある「黒い箱」だけは、決して開けてはならん』



『あれはこの国の礎であると同時に古代に封じ込められた悪意が詰まっている。ひとたび開けば、強大すぎる力が暴走し、全てを混沌に陥れるだろう』



「……全てを、混沌に……」



エリックが顔を上げる。



その瞳から、理性の光が消え、濁った狂気が宿り始めた。



「そうだ……。混乱だ。混沌が必要なんだ」



まともにやり合って勝てる相手ではない。



だが、結婚式という華やかな舞台が、未曾有の大混乱に陥ればどうだ?



皇帝が対応に追われている隙に、ソフィアを攫うことくらいはできるかもしれない。



それに、どうせこのままでは俺は終わる。



座して死を待つくらいなら、世界ごと道連れにしてやる。



「ククッ……ハハハ……! そうだ、兄上が戻る前に、盤面ごとひっくり返してやる……!」



エリックはゆらりと立ち上がった。



足取りはふらついているが、その目的地は定まっていた。



彼は玉座の裏へ回り、震える手で隠し扉を開けた。



カビ臭い地下階段を降りた先。


宝物庫の最深部に、厳重に鎖で封印された「それ」は鎮座していた。


古代より王家に伝わる禁忌の魔導具。



「開ければ国が滅ぶ」と言い伝えられているが、エリックにはもう失うものなどなかった。



「……見ていろ、ソフィア。クロード。お前たちの晴れ舞台を、地獄に変えてやる。そして混乱に乗じて、ソフィアを連れ戻してやる……!」



エリックは歪んだ笑みを浮かべ、黒い箱を抱きしめた。



その箱からは、禍々しい赤黒いノイズが、微かに漏れ出していた。





帝都、結婚式場予定地。



『異常なし! 会場周辺の空域、クリアです!』



上空をパトロールしていた球体ドローン――「アドミン」が、私の元へ戻ってきた。



「お帰り、アドミン。ご苦労さま」



『警備は万全だよ! 結婚式、楽しみだね!』



アドミンが無邪気に回る。



しかし、私はふと、西の空(王国の方向)を見て眉をひそめた。



「……変ね」



「どうした、ソフィア」



「いえ……なんだか嫌な『予感アラート』がしたんです。……システムに未定義のウイルスが混入しようとしているような……」



エンジニアの勘は、いつだって正しい。



私たちの「世紀の結婚式」は、ただの式典では終わらない予感がしていた。

一応、名前について。

フォンは貴族の証しとしてわかりやすいように流用させてもらってます。


本名はもう少し長くて、ファミリーネームの位置に『ルミナス』と入れているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチみたいなのりで、「ルミナス王国のソフィア」的な意味で、出身国を現す記号として用いています。

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