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第17話:大円団

エメラルダの空は突き抜けるように青く、海は穏やかだ。



先日の出来事が嘘のように、このリゾート地ではいつも通りの日常が流れている。



あの忌まわしい警報音も、振動も、もうない。



港には、隣国アルケム連合へと帰還する豪華客船が停泊していた。



「やれやれ。しかしバカンスに来て、徹夜でデバッグ作業をさせられるとはね」



タラップの前で、ギルバート殿下が肩をすくめる。

騒動のあの後も、私たちとギルバート殿下は、システムのバグ取りに勤しんで、結果的に朝日が海上を照らす頃になってようやく作業を終えた。

ギルバート殿下の休暇は本日までで、貴重なお休みを潰してしまい少し気の毒であった。



しかしその顔は、疲れているが、どこか満足げでもあった。



「請求書は帝国宛に送っておくよ。……と言いたいところだけど、今回は遺跡の『技術データ』で手を打ってあげるよ。それに皇帝陛下並びにそのお妃様との強いパイプも得られたしね」



「ふん。安上がりな男だ」



見送りに来たクロードが、皮肉っぽく笑う。



ギルバート殿下は私の方を向き、片眼鏡を直した。



「ソフィアちゃん。君の書いた『自動修復アルゴリズム』、本当に美しかったよ。……気が変わったら、いつでも連絡してくれ。私の研究室のドアは常に開いているからね」



「はい! また技術交換しましょう!」



私が手を振ると、ギルバート殿下は「あはは、ブレないねぇ」と笑い、船へと乗り込んでいった。



ライバルであり、最高の技術仲間。



彼との出会いは、私にとっても大きな財産になった。



「さて……。次はお前の番だな」



クロードが視線を落とす。



そこには、私の肩のあたりをプカプカと浮遊している、手のひらサイズの「球体型魔導ドローン」がいた。



『うん! 僕も役目を果たすよ!』



ドローンから、あの少年の元気な声が響く。



遺跡の管理者AIだった彼は、私の手でドローンに移植され、今は「遺跡の観光ガイド兼・管理システム」として再就職していた。



「いい? 管理者くん。仕様変更があったらすぐに報告すること。無理な要求は『NO』と言うこと。そして何より、定時になったらスリープモードに入ること。……分かった?」



私が指を立てて言い聞かせると、ドローンは空中でクルリと回った。



『了解! ホワイトな職場環境を維持します!』




ドローンが元気に返事をしたところで、隣のクロードが口を開いた。



「……なぁソフィア。いつまでも『管理者くん』というのは味気ない。せっかくだから、名前でも与えたらどうだ?」



「あ、確かにそうですね。うーん……」



私は少し考え込み、ポンと手を打った。



「では――『アドミン』でどうでしょう?」



「……アドミン? それはどういう意味だ?」



「私の故郷にある古い言葉で、『管理者(Administrator)』の略称です」



私が胸を張って答えると、クロードは「くくっ」と喉を鳴らして笑った。



「ふっ、飾り気がなくてお前らしいな」



『アドミン! 素敵な名前をありがとう!』



新しい名前を貰ったアドミンは、嬉しそうに何度も宙返りをした。



『行ってきます、ソフィアお姉ちゃん! クロードお兄ちゃん!』



アドミンは元気よく飛び去り、新しくなった(バグのない)遺跡の奥へと消えていった。



これでもう、彼が一人で泣くことはないだろう。



「……ようやく、片付いたな」



騒がしい仲間たちが去り、波の音だけが残る。



クロードが、私の手を取った。



「ソフィア。……結局、休暇の半分を仕事で潰してしまったな」



「あ……ご、ごめんなさい。私、目の前にバグがあると、つい……」



私が申し訳なさそうに縮こまると、クロードは優しく首を振った。



「謝るな。……私は、君が働く姿を見るのが嫌いではない」



「え?」



「楽しそうに、生き生きと……そして誰よりも鮮やかに問題を解決していく。その姿を見るたび、私は思うのだ。『ああ、やはりこのひとこそが、私の皇后に相応しい』とな」



クロードの手が、私の頬を撫でる。



その赤い瞳には、呆れも怒りもなく、ただ深く熱い愛だけが宿っていた。



「だが……今は忘れろ」



「クロード様……?」



「国も、技術も、配管のズレも、今はどうでもいい。……残りの時間は、私のことだけを考えてくれ」



彼はそう囁くと、私の腰を引き寄せ、唇を重ねた。



「んっ……」



波音にかき消される、甘く長い口づけ。



頭の中の思考回路ロジックが溶けて、真っ白になっていく。



どんな高度な計算よりも、どんな最新技術よりも、この温もりだけが心地いい。



「……はい。覚悟してくださいね、あなた」



唇を離し、私は彼を見つめ返して微笑んだ。



「私の『愛』の出力係数は、遺跡のバグよりも重いんですから。……フリーズしないでくださいよ?」



「ハッ、望むところだ。私の容量キャパシティを舐めるなよ」



私たちは笑い合い、誰もいない白浜を歩き出した。



繋いだ手からは、確かな体温と、未来への幸福な予感が伝わってくる。



新婚旅行のやり直し。



ここからは、誰も邪魔できない、二人だけの甘い時間の始まりだ。

日曜日が小説書いてて潰れました。

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