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第2話:皇帝陛下の「出待ち」

王国と帝国の国境にある関所。



私は乗り合い馬車を降り、徒歩でゲートへ向かっていた。



背後の王国側は、私が制御を切ったせいでどしゃ降りの嵐だ。



対して、目の前の帝国側は穏やかな晴天。



まるで、私のこれからの人生を暗示しているようで気分がいい。



(さて、出国手続きをして……どこか宿を探さないと)



退職金ただのへそくりはあるけれど、無職の身だ。



早めに再就職先を見つけないといけない。



そんなことを考えながらゲートをくぐった、その時だった。



「――待っていたぞ、ソフィア・エル・ロズワール」



低い、けれどよく通る声が私を呼び止めた。



顔を上げると、そこには異様な光景があった。



関所の出口を塞ぐように、漆黒の豪華な馬車が停まっている。



その周りを固めるのは、重装備の帝国騎士たち。



そして、その中心で腕を組み、仁王立ちしている一人の青年。



夜空のような黒髪に、鮮血のような赤い瞳。



息を呑むほど整った顔立ちだが、全身から放たれる覇気が凄まじい。



(……え、誰? ていうか、関所を封鎖してない?)



私が困惑していると、青年はカツカツと歩み寄ってきた。



「誰だ、という顔だな。私はクロード。この先の土地――帝国の皇帝だ」



「はあ……。皇帝陛下が、なぜこのような辺境に?」

「君を迎えに来た」



クロードと名乗った皇帝は、真っ直ぐに私を指差した。



「君が追放されるという情報を掴んだのでな。急いで飛んできたのだ。……あの無能な王子が、君という『国宝』を手放す瞬間を狙ってな」



私は一歩引いた。



情報の耳が早すぎる。



「あの、追放されたのはつい数時間前なのですが」



「私の『魔力観測所』が、王国の結界消失を探知したからな。君の構築した結界術式は芸術的だった。それが消えたということは、君が役目を終えたということだろう?」



皇帝の瞳が怪しく輝く。



彼は私の顔ではなく、私の体から漏れ出る魔力の残滓を熱心に見つめていた。



「ずっと研究していたんだ。君の『並列思考プロセス』と『超広域・天候制御マクロ』を。あれほどの複雑な術式を、たった一人で、しかも自動化して維持するなんて……君の脳内はどうなっている? 一度、解剖……いや、対話してみたかった」



(うわぁ……この人、重度の『魔法オタク』だ)



若干の恐怖(ストーカー的な意味で)を感じたが、彼の評価は正しかった。



元婚約者は「祈りが足りない」と言ったが、この皇帝は私の「技術コード」を正確に理解し、評価してくれている。



「……それで、私をどうするおつもりですか? 捕虜ですか?」



「まさか。スカウトだ」



皇帝は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、私に突きつけた。



「我が帝国の『宮廷魔導師筆頭』として迎えたい。君の技術を、我が国のインフラ整備に貸してほしいのだ」



「えー……」



私は露骨に嫌な顔をした。



「お断りします。私、ブラック労働はもうこりごりなので。これからはたくさん寝て、適当に生きていくと決めたんです」



私が断ると、周囲の騎士たちが「陛下を断るとは!」と色めき立った。



だが、皇帝だけはニヤリと笑った。



「やはりな。君の術式からは『効率化への執着』、言い換えれば『いかに楽をするか』という執念を感じていた」



「……(見抜かれてる)」



「だから、条件を用意した」



皇帝は指をパチンと鳴らした。



従者が持ってきたのは、フカフカのクッションだ。



「条件1。勤務時間は自由。君が寝たい時は寝ていい」



「!?」



「条件2。専用の研究室と、最高級の寝具を備えた私室を与える。食事は三食、一流シェフが作る」



「!!?」



「条件3。給金は王国の提示額の10倍。……どうだ?」



私は食い気味に彼の手を握った。



「採用でお願いします!」



「交渉成立だな」



皇帝は満足げに頷くと、私を軽々と抱き上げ――え、抱き上げ!?



「ちょ、陛下!?」



「エスコートだ。君はもう私の……いや、我が国の『至宝』なのだから、地面を歩かせるわけにはいかない」



いわゆるお姫様抱っこだ。



恥ずかしさに顔が熱くなるが、彼の腕は驚くほど安定していて、妙に心地よかった。



「さあ、行こうかソフィア。私の国で、思う存分その才能を(そして惰眠を)貪るがいい」



私は抵抗を諦め、彼の胸に身を預けた。



背後では、関所の王国兵たちが「あ、あれは帝国の皇帝!?」「な、なぜ追放された聖女が皇帝の馬車に!?」と大騒ぎしている。



ざまあみろ。



私は今、あなたたちの王様より偉い人に、お姫様扱いされているのだ。



「……ふふっ」



自然と笑みがこぼれる。



どうやら私の第二の人生は、思ったより騒がしく、そして快適なものになりそうだ。

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