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第14話:フルムーン

クロードが氷壁でせき止めている向こう側で、無限に湧き出るゴーレムたちが壁を殴り続けている。



その不快な振動音を聞きながら、私とギルバート殿下は並んで端末を操作していた。



「……見つけた。これだわ」



私は画面の一点を指差した。



そこには、この遺跡の防衛システムを起動させる「条件判定(if文)」が記述されていた。



「原因が分かりました、クロード様!」



「ほう、でかした。……それで、この騒ぎの原因はなんだ?」



「いえ、クロード様、あなたです」



私が真顔で告げると、クロードは「は?」と目を丸くした。



「心外だな。私はただ立っていただけだぞ。魔法も、ゴーレムが出るまでは使っていない」



「ええ、立っていただけです。それだけで問題だったんです」



私は端末の画面を彼に見せた(彼には読めないだろうけれど)。



「この古代の『基盤術式ベース・マトリクス』には、訪問者の魔力量を計測して、人間か魔獣などの危険生物かどうかを判定する機能があるんです。古代人は、その変数の上限を『9999』に設定していました」



人間の魔力量は、歴史上大賢者と呼ばれるような、教科書に載るレベルでもこの計測機器の数値でいえば5000程ほど。



魔獣に代表されるような、魔力の源から生まれるとされる魔法生物は、身体の構成からして魔力でできているから、弱くとも20000は超える。



つまり古代人は、「魔力が10000未満なら人間(安全)」、「それ以上なら魔物(排除対象)」というシンプルなフィルタリングを設定していたのだ。



「しかし、クロード様の保有魔力は、推定で『53万』を超えています」


しかし、私の夫は規格外だ。



「クロード様の保有魔力は、推定で『53万』を超えています」



「……ふむ」


「えーと、つまり、システムは『人間なら9999以下のはず』と定義していたのに、人間であるクロード様がいきなり53万という数値を叩き出した。その結果、人間カテゴリの変数が限界突破オーバーフローを起こして、システムが『未知の災害級エネルギー体』だと誤認した……いえ、計算不能になって暴走したんです」



私の説明を聞いて、クロードは少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。



要するに、彼の存在そのものが、古代の想定を超越していたのだ。



「……つまり、私が強すぎることが罪だと言うのか?」



「エンジニア視点で言えば、例外処理を書いていない古代人が悪いんですけどね。『想定外』を想定するのがプロの仕事ですから!」



私がプリプリ怒っていると、横から「プッ」と吹き出す音がした。



ギルバート殿下だ。


「あはは! 傑作だね! 『歩くバグ製造機』か、皇帝陛下は!」



「……貴様、氷像になりたいようだな」



クロードがギルバートを睨むが、彼は涼しい顔で私のほうを向いた。




クロードがギルバートを睨むが、彼は涼しい顔で私のほうを向いた。



「いやぁ、それにしても見事な解析デバッグ手腕だね、ソフィアちゃん。このスパゲッティ・コードの中から、一瞬でオーバーフロー箇所を特定するなんて」



ギルバートの瞳が、熱っぽい光を帯びて私を見る。



それは恋心というより、「欲しい人材を見つけた経営者」の目だった。



「ねえ、ソフィアちゃん。本気でウチ(アルケム連合)に来ないかい?」



「え?」



「君の才能を、こんな古い慣習に縛られた帝国で腐らせるのは惜しいよ。帝国は『力こそパワー』な脳筋国家だろ?」



チラッとクロードを見るギルバード。



「繊細な技術への理解が足りない」



ギルバートは私の手を取り、甘く囁くようにプレゼンを始めた。



「我が国なら、君専用の研究所を用意するよ。最新の計測機器、最高純度の魔石、そして優秀なスタッフ。予算の上限なんてない。君が設計した魔導具を、僕の国の工場ラインで世界中に量産しよう。どうだい? エンジニアとして、これ以上の環境はないと思わないか?」



「……っ!」



正直、心が揺らいだ。



「予算無制限」で「最新機材」。



それは全技術者のドリームだ。帝国の環境も悪くはないが、ギルバートの提示する「開発環境」はあまりにも魅力的すぎる。



「う……確かに、魅力的、ではありますが……」



「だろう? さあ、この手を取って――」



ガシッ。



私の手がギルバートに触れる寸前、横から伸びてきた大きな手が、私を力強く引き剥がした。



「……おい、盗っ人猫」



クロードだ。



彼は私を背後に隠し、ギルバートを氷の瞳で見下ろした。



「人の前で、私の妻を堂々と口説くとは……良い度胸だ」



「おや、口説いてるのは『彼女』じゃなくて『彼女の技術』だよ? 君には分からない話さ」



「ほう?」



クロードが口の端を歪め、冷笑する。



「技術のことは分からんが……『金』の話なら分かるぞ」



「……なに?」



クロードは懐から、帝国の紋章が入った小切手帳(魔法署名付き)を取り出した。



「ソフィア。あいつが『研究所ひとつ』なら、私は『研究都市ひとつ』をお前にやろう」



「とし……都市!?」



「帝都の隣に、新しい魔導都市を建設する計画がある。その全権限を君に譲渡しよう。都市計画、インフラ設計、予算配分、すべて君の自由だ。……国家予算の3割を投入しても構わん」



「なっ……!?」



ギルバートが絶句する。



「こ、国家予算の3割!? 正気かい!? そんなことをしたら経済が……」



「構わん。私のポケットマネーからも出資する。それに、ソフィアなら必ず元を取る成果を出すからな」



クロードは勝ち誇った顔で、私を抱き寄せた。



「どうだ、ソフィア。『最新機材があるだけの研究室』と、『好き勝手に街ごと設計できる自分の国』。……どちらが、君の創作意欲を刺激する?」



クロードは勝ち誇った顔で、私を抱き寄せようとした。



けれど。



「……もう。二人とも、一旦落ち着きましょう」



私は呆れたように溜息をつき、クロードとギルバートの間に割って入った。



「え?」



「ソフィア?」



きょとんとする男二人に向かって、私は腰に手を当てて言った。



「ギルバート殿下。素晴らしいご提案、技術者として心から光栄です。……でも、お断りします」



「な、なぜだい? 条件ならまだ――」



「条件の問題ではありません」



私はくるりと振り返り、クロードを見上げた。

彼は不安そうに、私の瞳を覗き込んでいる。



「……ソフィア。都市ひとつでは不足か? なら、離宮もつけよう。私の私財を全て投げ打っても……」



「クロード様」



私は彼の口元に指を当てて、その言葉を遮った。



「そんなことをしなくても、私はどこにも行きませんよ」



「……え?」



私は少しだけ背伸びをして、彼の耳元で、誰にも聞こえないように囁いた。



頬が熱くなるのが分かる。



でも、ちゃんと言わなくちゃ。



「だって私……クロード様の『お妃様』になるんですから」



上目遣いでそう告げると、クロードの顔がボッと音を立てて赤くなった。



彼は口元を手で覆い、視線を彷徨わせる。



「っ……、そ、そうだったな。……ああ、心臓に悪い」



「ふふっ」



私たちは見つめ合い、自然と微笑み合った。



そこに「予算」や「条件」が入る隙間なんて、1ミクロンもない。



「……はぁーあ。完敗だ」



その様子を見ていたギルバートが、大げさに肩をすくめた。



「愛の重さも、信頼も、まさに『桁あふれ(オーバーフロー)』ってわけか。……これじゃあ、どんな好条件を出しても勝てるわけないね」



彼は片眼鏡の位置を直し、苦笑しながら手を挙げた。



「潔く身を引くよ。……でも、技術交流くらいはしてよね?」



「はい、もちろんです!」



こうして、私の「デレ」によって、引き抜き騒動は一瞬で鎮圧された。



だが、事態は解決していない。



『警告。排除失敗。脅威レベルを最大に引き上げます。最終防衛兵器、起動』



遺跡の奥深くから、今までとは違う、重低音の駆動音が響き渡った。



「……痴話喧嘩は終わったか?」



クロードが杖を構え直す。今やその表情には、迷いも嫉妬もなく、ただ愛する妻を守る男の自信が満ちていた。



「どうやら、私の魔力と『愛』にビビったシステム君が、とっておきを出してくるようだぞ」

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