第12話:ハーフムーン
「ソフィア、あーん」
「んっ……おいしい! この『虹色トロピカルフルーツ』、魔力水で栽培されてますね?」
帝国の南端に位置する、海洋リゾート都市『エメラルダ』。
どこまでも広がるコバルトブルーの海と、白い砂浜。
私とクロードは、結婚式の前の「公務兼バカンス」に来ていた。つまるところ新婚旅行という訳なのだが、国のトップ(皇帝)とその后が、そんなことをしている暇はあるのか、と突っ込みが入りそうなものなのだが、私は胸を張って「ある」と答えよう。
なぜなら、帝都を出発する前日までに、私は宮廷魔導業務のすべてを「自動化」してきたからだ。
まず、日々の結界維持は「魔力循環システム」を組んで自動チャージ式に変更。
書類仕事は「定型文作成ゴーレム」を導入して7割削減。
そして、私の代わりとなる実務担当として、あの元聖女リリィを「帝国魔導省・エネルギー管理課」に配属し、徹底的なマニュアルを叩き込んできた。
『お任せください! お二方は公務頑張ってくだい!』
リリィの感動の涙を背に、私は旅立ったのだ。
つまり、今の帝都は私がいない方が「部下が育つ」フェーズに入っている。
それに、ここ「エメラルダ」は帝国の魔石採掘の要衝。次期皇后として、現地の視察は立派な公務である――。
……とまあ、完璧な理論武装をして、優雅なバカンスを楽しんでいたはずなのだが。
誰かに見られたらヘイトを買いそうなのでお仕事の話もしっかりとしたい。
ここ海洋都市『エメラルダ』に来たのは、単なる遊びではない。
リゾート都市である反面、帝国最大の魔石輸出港という顔ももつ。
そしてなにより、帝国内でも有数の産出量を誇る、魔石の採掘拠点なのだ。
一応、魔石というものについて言い添えておく。
一言で言えば「固形化した魔力エネルギー」だ。
この世界のあらゆる魔導インフラ――街灯、水道ポンプ、結界、そして暖房に至るまで――は、すべてこの石を動力源として動かくことができる。
私たち魔導師にとって、魔石がなければ魔導路の自動化もできない。
現代文明を支える縁の下の力持ちなのだ。
使い方は簡単、この魔石に魔力を込めることで、その属性にあった魔法を貯蔵できる。
特にこのエメラルダ産の魔石は、青色が美しく、水属性の魔力伝導率が非常に高いことで有名だ。
だが、問題なのはその扱いだ。
「あ!……見てくださいクロード様。あの積まれている原石、カットが雑すぎます! 結晶の『へき開面』を無視して割ってるから、断面から魔力が揮発して逃げちゃってますよ!」
「……私にはただの綺麗な石に見えるが」
「顕微鏡で見れば傷だらけです! あれじゃあ、エネルギー充填効率が3割は落ちます。ああもう、もったいない!」
私の目には、あれは宝石の山ではなく、穴の空いたタンクの山に見えてしまう。
「……というわけでクロード様。見てくださいこのデータ」
私はパラソルの下で、トロピカルジュースを片手に、もう片方の手で魔導端末を突きつけた。
「この街、魔石の採掘場はたくさんあるのに加工技術が伴ってません。その結果、せっかくの上質な素材なのに、粗悪品を流通させることになってしまいます。魔石加工の技術拠点設立を進言します!」
「……ソフィア」
「それから、海岸線の結界も潮風による劣化係数の計算が甘いかもしれません。最適化すればメンテナンス頻度を半減できます。これだけで、私たちの旅費どころか、結婚式の費用まで余裕で回収できます!」
私が鼻息荒くプレゼンすると、クロードは呆れたようにサングラスを少しずらし、私の手から端末を取り上げた。
「……君の『仕事熱心』には頭が下がるよ。だが、今は少し落ち着け」
クロードが私から端末をひったくるように奪うと、電源を落としてしまった。
「ああっ、私の端末! まだ港湾局への改善命令書が書き途中なのに!」
「それは後でいい。……私としては、この公務の目的は、激務だった君を休ませ、二人きりの時間を過ごすためだったんだか」
クロードが顔を近づけてくる。
サングラスの奥の赤い瞳が、色っぽく私を見つめていた。
「それとも、ホテルの部屋で『仕事』ができない体にされたいか?」
「っ!? だ、ダメです! まだ昼間ですし!」
顔を真っ赤にする私を見て、クロードは楽しそうに笑った。
クロードはサングラスをかけ、シャツのボタンを少し開けたリラックススタイル。
私は涼しげなサマードレスに、つばの広い麦わら帽子。
「平和だな……。エリックとかいうネズミのせいで、しばらくバタバタしていたからな」
「そうですね。……でもクロード様、気になりませんか?」
「何がだ?」
「あそこのビーチサイドの魔導シャワーです。水の出方が不均一です。配管の圧力が0.5気圧ほどズレてます。あと、あの監視塔の結界、潮風での劣化対策が甘いです。直したい……ウズウズする……」
私が職業病を発動させて身を乗り出すと、クロードが呆れたように私の肩を抱き寄せた。
「ダメだ。今は私のことだけを見ていろ」
「うぅ、はい……」
クロードの独占欲は心地いいけれど、目の前に「非効率」があると手が震えるのは、エンジニアの性なのだ。
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