第11話:最終回
私の言葉が、静寂に包まれた会場に響き渡る。
エリックは、金魚のように口をパクパクと開閉させていた。
「そ……ソフィア……だと……?」
彼は震える指で私を指差した。
「嘘だ! ありえない! ソフィアはもっと地味で、暗くて、いつも目の下にクマを作っている女だ! こんな……こんな発光するような美女であるはずがない!」
「ええ、そうですね」
私は扇子をパチンと閉じた。
「以前の私は、貴方たちが押し付けた過酷な労働のせいで、ボロボロでしたから。……でも、見ての通りです。本来の環境で、大切に扱われれば、『素材』は輝くものなのですよ」
私はクロードの腕に頭を預ける。
それだけで、私がいかに愛され、満たされているかが伝わるはずだ。
「ぐ、うぅ……っ!」
エリックの顔が、屈辱で赤黒く染まる。
自分が捨てた「石ころ」が、実は「ダイヤモンド」だったと気づいた瞬間だ。
しかも、彼はそのダイヤモンドに一目惚れして、無様に求婚までしてしまった。
「そ、そんなことはどうでもいい! 戻れ! 戻るんだソフィア!」
エリックは錯乱し、喚き散らした。
「我が国は今、危機的状況なんだ! 雨は止まないし、下水は逆流するし、結界も消えた! お前がいなければ国が滅びる! これは王命だ、今すぐ帰って結界を直せ!」
「お断りします」
私は即答した。
「私はもう、帝国の人間です。それに、貴方は私を追放した時におっしゃいましたよね? 『代わりなどいくらでもいる』と」
私はチラリと、王子の後ろで震えているリリィに視線を向けた。
「そちらに『真の聖女』リリィ様がいらっしゃるではありませんか。彼女に直してもらえばよろしいのでは?」
「そ、それは……っ!」
エリックが言葉に詰まる。
すると、耐えきれなくなったリリィが、その場に泣き崩れた。
「……無理ですぅぅぅ!」
リリィは顔を覆って泣きじゃくった。
「私には、ソフィアお姉様のような力はありません! ただ光ることしかできないんです……! 結界の構造も、魔導炉の制御も、何も分からないんですぅ……っ!」
「おいリリィ! 貴様、ここで何を!」
「もう嫌ぁ! 泥だらけの生活も、魔物に怯える日々も嫌! ……ごめんなさい、ソフィアお姉様。私が馬鹿でした……許してください……」
リリィの懺悔が、決定打となった。
会場中の貴族たちが、冷ややかな視線をエリックに送る。
「無能な王子だ」「真の聖女を捨てて、自滅したのか」という囁きが聞こえてくる。
追い詰められたエリックの瞳に、狂気じみた色が宿った。
「……ならば、無理やりにでも連れて行くまでだ!」
彼は腰の剣に手をかけ、私に向かって踏み出した。
「来い! お前は王国の所有物だぁぁぁっ!」
その瞬間。
パキィィィィィンッ……!!
エリックの足元から、凄まじい冷気が噴出した。
彼の両足が、一瞬にして床に凍りつく。
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
「……私の妻に、その汚い手で触れるな」
クロードが前に出た。
その手には何も持っていないが、全身から放たれる魔力の圧力が、物理的な重りとなってエリックを押し潰す。
「ルミナス王国の第二王子、エリックよ。貴様は、私の国への不法侵入、夜会の妨害、そして何より――私の最愛の女性を侮辱した」
クロードの赤い瞳が、凍てつくように光る。
「その罪、万死に値するが……死ぬよりも辛い現実を与えてやろう」
クロードは指を鳴らすと、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、エリックの顔面に投げつけた。
「……なんだ、これは」
「請求書だ」
「は?」
「ソフィアを不当に扱ったことへの『慰謝料』、さらにこれから貴国に派遣する技術顧問団の『人件費』だ。……ざっと、貴国の国家予算の100年分というところかな。飲めなければ武力制圧に踏み切る。さっさと帰って国王に伝えるんだな」
「ひゃ、ひゃくねん……!?」
エリックは白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
国は滅びずとも、経済的には帝国の属国となることが決定した瞬間だった。
「衛兵! この生ゴミを摘み出せ! 国へ送り返し、国王に請求書を叩きつけてこい!」
クロードの命令で、衛兵たちが氷漬けのエリックを引きずっていく。
「待ってくれ! ソフィア、愛してるんだぁぁぁ!」という無様な悲鳴が、扉の向こうへと消えていった。
残されたのは、リリィだけだ。
彼女は震えながら、私を見上げている。
「……ソフィアお姉様。私、処刑されるのですか……?」
「処刑? いいえ、そんなことするわけないじゃないですか」
私はしゃがみ込み、リリィの涙を拭ってあげた。
「リリィ、貴女にも特別な才能があります。『発光魔法』は、制御さえ学べばとても役に立ちます。帝国の鉱山や、深海調査の現場では、消えない明かりは重宝されるのですよ」
「え……?」
「帝国で働きなさい。ただし、聖女としてではなく、一人の『照明技師』として。お給料は出しますから」
私の提案に、リリィの顔がパァッと輝いた(物理的にも少し光った)。
「は、はいぃぃっ! 働きます! なんでもします!」
リリィは何度も頭を下げ、衛兵に連れられて退室していった。
彼女ならきっと、今度こそ自分の足で生きていけるだろう。
騒動が去り、会場には再び穏やかな音楽が流れ始めた。
クロードが、私のほうを向く。
「……済まない。祝いの席を汚してしまった」
「いいえ。最高の余興でしたわ」
私が悪戯っぽく笑うと、クロードもふっと表情を緩めた。
彼は私の手を取り、跪く。
「ソフィア。改めて、君に伝えたい」
会場中の視線が集まる中、彼は真剣な眼差しで私を見つめた。
「私は、君の才能に惚れたのではない。君という存在そのものを愛している。
君が笑ってくれるなら、私は世界中の泥を払おう。君が眠りたいなら、どんな静寂も用意しよう」
彼の手から、美しい指輪が差し出される。
それは、あの夜空のようなドレスと同じ、深い青色の宝石だった。
「私と結婚してくれ。……私の本当の妻になってほしい」
胸がいっぱいで、言葉が出ない。
かつて、誰からも必要とされず、塔の中で孤独に生きていた私。
でも今は、こんなにも眩しい光の中にいる。
私は涙を堪えて、満面の笑みで答えた。
「はい! ……謹んで、お受けいたします。
覚悟してくださいね? 私、これからは残業なしの『定時退社』で、貴方といっぱい愛を育みますから!」
「望むところだ」
クロードが立ち上がり、私を抱きしめる。
割れんばかりの拍手と祝福の中、私たちは口づけを交わした。
窓の外では、雨上がりの夜空に、満天の星が輝いている。
私の新しい人生は、今ここから、最高の効率で幸せに向かって走り出したのだ。
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