第8話:プロポーズ
ウィィィィィン……ガガガガガッ!!
静寂だった広場に、工事現場のような掘削音が響き渡った。
音の発生源は、世界樹の幹……ではなく、私の指先だ。
「そ、ソフィア……? その音は……?」
「あ、気にしないでください。頑固な汚れなんで、回転数を上げてるだけですから」
私は右手に集中する。
イメージするのは、回転する水流の刃。
こびりついた魔力の澱を物理的に削り取り、水圧で押し流す。
(よし、削れた。……あとは、これを外に出さないと)
私は左手をかざし、出口を作った。
さあ、これまでの数十年分溜まった老廃物のお出ましだ。
「……出しますよ。ちょっと離れててください!」
私が手を振り上げると同時。
世界樹の幹のウロから、ドリュゥッ!! という嫌な音と共に、「それ」が噴出した。
「な、なんだあれは!?」
「黒い……泥!?」
飛び出したのは、直径2メートルはある巨大な「黒いヘドロの塊」だった。
悪臭を放つその塊は、まるで生き物のようにボトボトと地面に落ち、広場の石畳を汚した。
「うわっ、汚なっ……」
「あれが世界樹の中に詰まっていたのか……?」
魔導師たちが鼻をつまんで後ずさる。
神秘的な儀式を期待していた彼らにとって、この「物理的な汚物」の出現はショックだったようだ。
「ふぅ。スッキリしました」
私はハンカチで手を拭いた。
まるで「巨大な耳垢」が取れた時のような爽快感だ。
そして、詰まりという栓が抜けた直後。
世界樹が大きく脈動した。
ドクン……ッ!
大地から吸い上げられた新鮮な魔力が、開通した導管を通って一気に樹冠へと駆け上がる。
その奔流は、もはや止められない。
パァァァァァァァァァッ!!
「うおっ!?」
「め、目がぁぁぁ!」
世界樹が、爆発的な輝きを放った。
先ほどまで茶色く萎びていた枝から、次々と黄金の葉が芽吹き、瞬く間に満開になる。
さらに、枝先からは光の粒子が雪のように降り注ぎ、薄暗かった広場を神々しい黄金色に染め上げた。
足元のヘドロなど気にならないほどの、圧倒的な「美」の暴力。
「こ、これは……奇跡だ……!」
「枯れかけていた世界樹が、一瞬で蘇ったぞ……!」
「あの方はいったい……!?」
広場にいた市民たちが、次々とその場に跪き、涙を流して祈り始めた。
光の雨の中で佇む私は、彼らの目にはさぞ神々しく映っていることだろう。
実際は、足元のヘドロを「これどうやって捨てようかな」と考えているだけなのだが。
「……ソフィア」
不意に、背後から強く抱きしめられた。
クロードだ。
彼は汚れなど気にする様子もなく、私の肩に顔を埋めた。
「君は、どこまで私を驚かせれば気が済むんだ」
「えっと、治りそうだったのでつい……?」
「ありがとう。君は宣言通り、私の大切な『友人』を救ってくれた」
クロードの声が震えている。
国のためとか、インフラのためとか、そんな建前はどうでもいい。
彼はただ純粋に、かつての孤独を癒やしてくれた友が、再び息を吹き返したことに感動しているのだ。
「言ったでしょう? 絶対に死なせないって」
「ああ……。君は本当に、私の光だ」
クロードが顔を上げる。
その赤い瞳は、熱っぽい光を帯びて潤んでいた。
まさかこんなにも喜ばれるとは。
彼は私の体をゆっくりと反転させ、向き合う形になる。
「へ? ちょ、クロード様? お忍びじゃ……」
私が止めるのも聞かず、クロードは自身の顔にかかっていた「認識阻害の眼鏡」に手をかけた。
「もう、隠す必要などない」
パキン、と小さな音がして、眼鏡が外される。
その瞬間、認識阻害の魔法が解け、彼の「真の姿」が白日の下に晒された。
圧倒的な覇気。冷徹な美貌。そして、血のように鮮やかな赤い瞳。
ざわっ……と、広場の空気が変わった。
「あ、あの赤い瞳は……まさか……」
「皇帝陛下だ! クロード陛下がいらしているぞ!」
「なんと、陛下が自ら……!」
どよめきが広がる中、クロードは不敵に微笑み、私の腰を抱き寄せた。
「民衆の手前、自重しようと思ったが……もう我慢できないな」
「へ?」
言うが早いか、クロードは私の顎を指ですくい上げ――。
「んっ!?」
大歓声と光のシャワーが降り注ぐ中、衆人環視の元で、私の唇が奪われた。
軽く触れるだけではない。
深く、甘く、所有権を主張するような熱烈な口づけ。
(ちょ、ちょっと陛下!? みんな見てます! ヘドロもありますけど!?)
私が抵抗しようと胸を叩くが、クロードは離してくれない。
むしろ、「見せつけてやる」と言わんばかりに、私を強く抱き寄せた。
広場の歓声が、「ワァァッ!」から「キャァァァッ!!」という黄色い悲鳴に変わる。
しばらくして、ようやく唇が離れる。
私は茹でダコのように真っ赤になっていたが、クロードは不敵な笑みを浮かべて宣言した。
「聞いたか、我が国民よ! この奇跡を起こした聖女こそが、私の最愛の后となるソフィアだ! 近々、盛大な祝宴を開く! 皆で彼女を祝福せよ!」
オオオオオオオオッ!!
地揺れのような祝福の声。
私はクロードの腕の中で、へなへなと力が抜けてしまった。
(は……はれ?)
こうして、私は意図せずして「帝国の救世主」となり、来るべき「お披露目パーティー」へのハードルを、成層圏までぶち上げてしまったのだった。




