第1話:24時間ワンオペ勤務
「ソフィア・エル・ロズワール! 貴様のような怠惰な女との婚約は、今ここで破棄する!」
王城の大広間。
シャンデリアが煌めくパーティー会場で、エリック王子の怒声が響き渡った。
周囲の貴族たちがざわめく中、名指しされた私――ソフィアは、ぼんやりとした頭でその声を聞いていた。
(……あー、うるさい。声のボリューム下げてくれないかな)
私はこっそりとあくびを噛み殺した。
眠い。
とにかく眠いのだ。
今の私の脳内メモリは、限界まで使用されている。
『王都上空の対ワイバーン結界』の維持。
『地下水道の浄化システム』の魔力供給。
『東部農村地帯の雨乞いプログラム』の実行。
これら全てを、私一人の魔力で、24時間365日、並列処理で行っているのだから。
「……聞いていますよ、殿下。ふあぁ……それで、なんでしょうか?」
私が涙目で聞き返すと、エリック王子はこめかみに青筋を浮かべた。
「その態度だ! いつもいつも、眠そうな顔をして! 祈りも捧げず、奇跡の一つも起こそうとしない! 貴様は聖女の風上にも置けん!」
王子は私の隣にいる、小柄な少女の肩を抱き寄せた。
ピンクブロンドの髪をふわふわとさせた、男爵令嬢のリリィだ。
「見ろ、このリリィの献身さを! 彼女は毎日、教会で私と民のために祈ってくれている。その祈りに応え、昨日も城の花壇が一輪、季節外れの花を咲かせたのだ!」
「はぁ……お花、ですか。すごいですね」
私は乾いた感想を漏らす。
たった一輪の花を咲かせるのに、どれだけのコストをかけているのか。
その間に私が、国中の小麦の収穫量を1.5倍にブーストさせていることを、この男は知らないのか。
リリィが上目遣いで私を見た。
「ごめんなさい、ソフィア様……。でも、エリック様は『真実の愛』に目覚めてしまわれたのです。私のような、微力だけど一生懸命な聖女の方が良いと……」
「そうだ! リリィの魔力は温かい。貴様の魔力など、何も感じないのだ!」
王子が吠える。
当たり前だ。
私の魔力は全て、地下のインフラと上空の結界に流している。
目に見える派手な演出に回す無駄な魔力なんて、1ミリもない。
「貴様のような『無能聖女』は、我が国には不要だ! 聖女の称号を剥奪し、国外追放を命じる! 今すぐ出て行け!」
王子の宣言に、会場から「そうだそうだ」「税金泥棒め」という野次が飛ぶ。
私は重いまぶたを擦りながら、一つだけ確認した。
「……あの、確認ですが。私を追放するということは、私の業務も全て停止してよい、ということでしょうか?」
「業務? 寝ることか? ああ、勝手にしろ! 二度と私の前に顔を見せるな!」
その言葉を聞いた瞬間。
私の脳内に、パァァァッとファンファーレが鳴り響いた。
(やった……!)
クビだ。
解雇だ。
つまり、もう働かなくていいのだ。
「承知いたしました。今までお世話になりました」
私はドレスの裾をつまんで、優雅にカーテシーをした。
その顔は、この数年で一番晴れやかだったと思う。
「では、引継ぎ資料もありませんので、これにて失礼します」
「ふん、強がりを。泣いて縋っても遅いぞ!」
王子の嘲笑を背に、私は大広間の扉へと向かう。
一歩、また一歩。
城の出口が近づくにつれて、私は脳内で接続を一本ずつ切断していく。
『プロセス終了:対空結界システム』
『プロセス終了:地下水質浄化フィルター』
『プロセス終了:王都内気温調整機能』
ブツン。ブツン。
頭の中が軽くなる。
常に圧迫されていた魔力回路が解放され、素晴らしい爽快感が体を満たす。
(ああ、体が軽い……! これで今日は8時間……いや、10時間は眠れるわ!)
私はスキップしそうな足取りで、王城の巨大な門をくぐり抜けた。
その直後だった。
ズドォォォォォォォン……ッ!!
背後で、地響きのような音がした。
「……ん?」
振り返ると、王都の上空を覆っていた、目には見えない巨大なドーム――『防衛結界』に、ヒビが入っていくのが見えた。
バリバリバリッ! という音と共に、結界の破片が光の粉となって降り注ぐ。
それと同時に、今まで私が遮断していた「本来の気候」が押し寄せた。
突如として黒雲が立ち込め、バケツをひっくり返したような豪雨が降り始める。
「きゃあああ!? な、なにごと!?」
「雨!? さっきまで晴れていたのに!」
城の中から悲鳴が聞こえる。
さらに、地面がゴボゴボと不気味な音を立て始めた。
下水道の浄化魔法が切れたことで、汚水が逆流を始めたのだろう。
「くさっ! なんだこの臭いは!」
「トイレが! トイレが溢れてるぞ!」
パニックになる城内。
だが、もう私には関係ない。
私は「元・職場」を一瞥し、雨除けの魔術(自分専用)を展開しながら呟いた。
「言ったはずですよ。私の魔力は『何も感じない』って」
だってそれは、あって当たり前の『空気』や『水』と同じものだったのだから。
無くなって初めて気づけばいい。
あなたたちの優雅な生活が、私のサビ残(サービス残業)の上に成り立っていたことを。
「さて、隣国までの馬車代、残ってるかな」
私は崩壊を始めた国に背を向け、泥濘んだ街道を歩き出した。
足取りは軽かった。
明日からは、もう目覚まし時計をセットしなくていいのだから。




