授業資料1 魔法技術学/基礎魔法技術;魔法測量法・魔法理工学/魔道具工学;セオドリック測量器
「フェーリン先生、今日からよろしくお願いしますね」
1年次の職員室で話しかけてきたのは、アンリエット先生だった。相も変わらず他の先生からの視線が痛いが、アンリエット先生はどうやらそこまで気にしていないようだった。
「聞いていますか?フェーリン先生」
「えぇ。よろしくお願いします、アンリエット先生。では私は先に…」
「先生?」
諦めた。
職員用の玄関から外に出ると、昼前の日差しが鬱陶しいくらいに私に降り注ぐ。
授業を行うグラウンド横の練習場へと続く道を進む。
横を何人かの生徒たちが急いで通り去っていくのを見かける。次の授業の開始までもう間もなくのようだった。
「ところでフェーリン先生。今朝はずいぶんと遅くに職員室に来ていましたけど、何かあったんですか?」
「いいえ、特には。少し校内を巡回していただけですよ」
アンリエット先生から訝しまれている。別に噓を言っている訳ではない。ただ、巡回のついでにある生徒に会っただけなのだから。
「そうだったんですね。まあ、朝早くから練習している生徒も少なくないですからね。それでいうと、フェーリン先生から見て良さそうな生徒っていました?
「そうですね。まだ始まって間もないので、生徒たちのことを詳しく知れている訳でもないですが、期待できそうな人が3人ほど。それと、注意しておきたい人が4人ほどですね」
「注意しておきたい人...。誰だか教えていただくことってできます?」
「さすがに名前を挙げることはできません。ですが、その人たちは『魔に呑まれ』そうな感じがするんです」
『魔に呑まれる』。この言葉は上級魔導師の間で使われる隠語のようなもので、実際はとある病に罹ることを指す。その名も『魔性化症候群』。
その具体的な原因は未だ特定出来ておらず、魔素量の多さや魔法の酷使が原因につながると見られている。
身体的な症状でいうと、血管のすぐそばを通る魔素回路が血管と癒着してしまう。その結果、次第に魔素回路と血管とが一体化し、心臓が魔素にさらされて魔巣のようになり、体が魔性生物のように変化してしまう。
そのため、魔法の出力が上がったり、体が魔素を受け入れやすくなったりするものの、いままで魔素にさらされることがなかった臓器が魔素にさらされるため、臓器に大きな負担がかかり、最終的には数年のうちに脳を含むほとんどの臓器が機能停止、最悪の場合、内臓がすべて破裂するということが分かっている。
精神的な症状は、興奮や錯乱状態になりやすく、敵味方の区別がつかずに無差別に攻撃してしまうことも過去にあったそうだ。
「そんな...。でもそれって、生徒たちほどの魔素の量ではならないんじゃ...」
「あくまでなりにくいだけです。今はないとしても、卒業した後になる可能性も残っています。それに、前の職場でも、去年も、それで命を落とした人を見ていますから」
アンリエット先生の方を見ると、悲痛な面持ちをしていた。
彼女もこの学校の生徒を持つ講師のうちの一人。だからこそ、その生徒たちのもしもをつい考えてしまったのだろう。
「なら...フェーリン先生はその子たちにその話はしないんですか?」
「しませんよ。そのことを話したら、それが彼らの成長の妨げになると思いますから」
「その子たちが命を落としてもいいんですか!?」
「そうならないために、私は教えるんです。自分で自分を救うための知識を蓄えてもらうんですよ。それに、彼らも守られているだけなのは嫌だと思いますから」
そう。守られてばかりなのはつらい。何より私自身がそのことをよくわかっていた。
「...そう、ですね。少し熱くなりすぎました。すみません...」
「いえ。それより、授業の方に急ぎましょうか」
「それでは、授業を始めましょう」
私が授業の説明をし、生徒たちが耳を傾ける。
説明を終えると、生徒たちは練習場の端の方まで散らばっていった。
そして私は、生徒たちが課題の一環として扱う『セオドリック測量器』の監督のために立っていた。
「ふ、フェーリン先生。流石にこれを私一人でやるのはどうかと思うんですが...」
隣にいるアンリエット先生がそう不満を漏らす。
それもそのはず、私が『セオドリック測量器』の監督をしている間、そのほかの生徒全員の監視と授業課題をこなす様子を記録してもらっていた。
「いえ。ただアンリエット先生のことを信用しているだけですよ」
「魔導師の『信用』ほど役に立たないものはないと、フェーリン先生もご存じですよね?」
「つまり、私個人のことも信用できないということですか?」
「い、いえ!そこまで言うつもりでは...」
顔立ちが整っている人の困り顔というのは、なんだか悪い気がした。まあ、気がしただけだが。
「先生?いま私のこと貶したりしませんでしたか?」
「気のせいですよ。それより、仕事の続きをお願いします」
「はあ。わかってますよ」
生徒たちが散らばってから間もなく、ある二人組がやってきた。
「フェーリン先生、こんにちは」
「リディさん、ソニアさん、どうかなさいましたか」
「あの、『セオドリック測量器』を使わせていただきたいと、思いまして」
「そうでしたか。ではこちらに」
二人を機器のある場所まで連れていく。そして、詳細が書かれた紙を渡し、軽く注意事項を話した。
新年度が始まってからまだ数日しか経っていない中、この二人がペアを組んでいるというのは少々意外だった。
生徒の間でも競争が強いられる中、生徒たちは魔法を扱えるレベルが近い者同士で集まりやすい。
そういうところを考えなければ、彼女らは似ているところが多いのだろうが。
そんなことを考えながらほかの生徒のこともここで待ちつつ、彼女らの様子を見守る。
すると、ソニアさんが途端にうずくまる。私が慌てて様子を見に行こうとしたが、またすぐに立ち上がったため、もうしばらく様子を見ることにした。
その後の彼女らの様子を見るに、『セオドリック測量器』にうっかり触れてしまったのだろう。
『セオドリック測量器』の仕組みとして、魔素を持った物体などが触れると、瞬時に魔素が吸収される。それは人も例外ではない。しかし、人それぞれに体内の魔素の通しやすさというものがある。つまり、魔力回路を魔素がスムーズに流れることができるかどうかというもの。
普通の魔導師は魔性生物と比較して魔素を通しにくく、『セオドリック測量器』に少し触れただけでは触れた指先の魔素しか持っていかれない。
今回のソニアさんの場合だと、腕を下にして寝たら腕に血がいかずにしびれるように、普通の人より多く魔素が吸収されて、部分的に魔素の欠乏による症状が出たのだろう。
それほど、彼女は他の人よりも体内で魔素を流しやすいのだ。
「先生」
彼女らが平気そうなのを見届けたのも束の間、新たな来客がやってきていた。
他の生徒にも説明を終えて再びソニアさんたちの方を見ると、ソニアさんが魔法を放とうとしていた。しかし、緊張でなのか体が震え、うまくいかない様子。
「大丈夫ですか?」
彼女に声をかけると、半分泣きそうな目でこちらを覗いてきた。
「は、はい。大丈夫です。ただ、ちょっと失敗しちゃって...」
「そうですか...。ではソニアさん。魔法の基礎についておさらいしましょう」
そう言うと、ちょっぴり驚いた顔で耳を傾けてくれる。
「初等部の頃に学んだことです。魔法を放つ手順と言えばなんでしたか?」
「えっと、手を構えて詠唱式を唱えることです」
「その通り。では、その動作のうち最も重要な部分は何だと思いますか?」
「うーん...。え、詠唱式を唱える部分ですか?」
「その通り。手を構えるのはあくまで一定方向に指向性を高めるためであって、メインは詠唱式です。その詠唱式を唱える際のポイントも覚えていますか?」
「はい。確か、他の人に詠唱式が聞こえないように、なるべく小さくはっきり唱えるんですよね」
「そうです。ただ、あくまでそれは対人向けのものであり、それ以外の場面ではむしろ枷になってしまうんです」
「...それって、なんでですか?」
ソニアさんが目を輝かせながら詳しく聞きたそうにしている。
その目の輝きように私は屈してしまった
「そうですね...。本来ならまだ習うことではないですが、特別に教えましょう。人が魔法を放つときに失敗する要因として二つあります。一つが詠唱式そのものの発動成功確率が低いこと。もう一つが、詠唱式の唱え方による魔素回路の活性不足です。ソニアさんの場合、後者に当てはまりますね。魔法を放つ際に詠唱式を唱える理由として、放つ魔法の指定と魔素回路の活性化、つまり普段魔素を通しにくくなっている回路をより通しやすくするというわけがあります。そして、その魔素回路の活性化は本人がもつ魔素回路のの魔素の通しやすさと声の声量によって左右されるのです」
「つまり、私にとって小さい声で詠唱式を唱えていたのって、かえって逆効果だったんですね」
「...おおよそそうでしょう」
おおよそはそうだと考えている。ただ、このままだと彼女が『セオドリック測量器』に触れた時の現象に齟齬が生じる。
そう考えると、根本的な原因はそこではないかもしれない。彼女が放とうとしている魔法の難易度が高いのか、はたまた彼女の体の中で何か異常があるのか...。
「...分かりました。声をちゃんと出してやってみます!」
そういって、向かいにいるリディさんに合図を送り、あの機器に向かって狙いを定めている。
そして深呼吸をし、目を見開く。
『whedelumk - wivhus lyi flyil!』
凄まじい勢いで何かが放たれていく。一生徒が出せるとは思えない魔素量と威力。鈍い音を立てながら『セオドリック測量器』にぶつかった。
正直ここまでとは思っていなかった。
驚いているのも束の間、ソニアさんが何やら急いであの機器へと向かっている。私も急いで駆け寄っていく。
どうやら、機器の後ろで計測を行っていたリディさんが軽く巻き込まれてしまっていた。そこまで大したけがはなさそうだったが、それ以上に違うものが傷ついたということが、顔から伺えた。
「測量器の裏にいたとはいえ、リディさんの方へと向かったのは威力があった魔法ですから、念のため保健室に行きましょう。ソニアさん、同行をお願いします。それと、リディさん。紙に記載されているように、実験中に身を横から出すのは危険です。しっかりと確認するように」
「はい、すみません…」
機器の後ろにいてもあれほどの衝撃をうける魔法。まさにあれは、隠された才能というやつなんだろう。
すこし嬉しくとも不安にも思う。
「フェーリン先生!なにかありましたか?」
騒ぎを感知したアンリエット先生が、こちらに走ってきていた。
「いえ、アンリエット先生。少しけがをしてしまった生徒が出たので、対処をしただけです」
「そうですか...。その生徒たちは大丈夫でしたか?」
「えぇ。問題なさそうです。では、まだ時間もありますし、授業に戻りましょうか」
時間がたっぷり残っているわけではない。刻一刻とその時が近づいていることを、私は知っている。




