3時限目 魔法技術学/基礎魔法技術;魔法測量法・魔法理工学/魔道具工学;セオドリック測量器(2)
最初に『セオドリック測量器』を使うべく、先生の元へと駆け寄った。
アンリ先生は何やら私たちの後方を見据えながら、手元のメモに忙しなく書き込んでいる様子で、フェーリン先生の方に話しかけることにした。
「フェーリン先生、こんにちは」
「リディさん、ソニアさん、どうかなさいましたか」
「あの、『セオドリック測量器』を使わせていただきたいと、思いまして」
「そうでしたか。ではこちらに」
先生に促されて先の方へ進むと、何やら中心が凹んだ大きい円盤状の板があった。
「あの奥に見えるのが『セオドリック測量器』です。この『セオドリック測量器』の扱い方とその際の注意事項を記した紙を渡しますので、それを見てから行うようにしてください」
渡された紙をを見てみると、詳細が事細かに書かれていた。
どうやら魔法の種類によってやり方が違うらしく、攻撃系の魔法であれば魔法を板の中心に向かって放ち、身体強化系の魔法であれば魔法を放った状態であの板に触れるなど、キチンとまとめられていた。
「それと、『セオドリック測量器』は現在、国内では15台ほどしかなく、そのうちの3台があちらに置いてあるものです。定期的に整備を行っていますが、それでも年々劣化が見られます。一応補助として見守ってはいますが、くれぐれも、壊すことがないよう丁重に扱ってください」
「「はい...」」
先生の口元は笑っているようなのに、目元は一切笑っていない。顔で、というより目で訴えてくる圧に、隣にいたソニアさんはプルプルと震えているようだった。
先生の話も終わり、二人で『セオドリック測量器』に近づいてみた。機器を横から見てみると、どうやらお皿のような形の板が後ろの箱から飛び出るようにしてくっついていた。そして後ろには、円を描くように書かれた目盛と目盛の0に合わせられた針、それと小さな扉のようなものがついていた。
「うっ...!」
針が目盛の上を思いっきり滑ったかと思うと、円盤の前に立っていたソニアさんの呻き声が聞こえ、慌てて駆け寄る。
「ソニアさん、大丈夫!?」
「は、はい。ついこの板に触ってしまって、そしたらなんか、力が吸い取られたように感じて」
ソニアさんの言葉が気になり私も触ると、確かに体から魔素が吸い取られる感覚があった。
「あまり無理しないでね。ほら、魔素が欠乏して倒れたら大変だし」
「うん、ありがとう、リディさん。私は大丈夫。魔法を放つ余力なら、まだまだあるから」
少し疲れた表情の彼女だったけれど、私に優しく笑って見せた。
とりあえず私は、その笑顔に誤魔化されておくことにした。
「さあ、実験の方を続けよう。授業の時間もたくさんあるわけじゃないし」
「そうだね。じゃあ、どっちから先に測る?」
「私からやるよ」
彼女に自分の手荷物を持ってもらい、あの機器の前に立つ。ここで放つ魔法はすでに決めてある。後は気持ちを少し切り替え、集中する。
右腕を前に差し伸ばし、人差し指と中指で輪郭を捉える。左腕で支え、目標を見据える。そして狙うのは、奥にある円盤の中心。
一呼吸置き、私は放つ。
『filum-shae lyi flyil』
炎の槍が一条の細い光を描く。その光は、迷いなく円盤の中心に向かっていく。
魔法があの機器に当たったかと思うと、吸い込まれていくようにして綺麗に消えてしまった。あまりの手応えのなさに、なんだか拍子抜けだった。
ソニアさんの元に戻ると、機器の後ろ側で目を輝かせていた。
「ソニアさん、何かあった?」
「い、いやぁ、特には…。それより、記録、書いといたから。私、次やってくるね!」
そう言って、足早に行ってしまった。
機器の裏側を改めて見ると、この機器の仕組みがだんだんと予測できる。
前の円盤が魔素を吸収しやすい材質で出来ていて、その魔素の量を測る部分が中にあるのだろうと考えていた。実際、ソニアさんがこの機器にうっかり触ってしまった際に、目盛の上の針が大きく振れていた様子は確認していた。ただ、その状況は本来正しいものなのか。
答え合わせをしようと紙を確認するが、生憎その答えは自分で考えなければならないみたいだった。一つ分かったとすれば、この目盛と針は、計測された魔素の量を示しているらしい。その情報だけでは、気になることについて答えを得られそうにはなかった。
ソニアさんに準備ができたと合図を送り、機器の後ろに回る。0を指し示した針はいまだ動かない。
少ししても何も起きず、しびれを切らした私がソニアさんの方を見ると、暗い顔をしながら俯いていた。それに少し手が震えている。
私が慌てて駆け寄ろうとすると、たどり着くより先に、先生がソニアさんの横に並んだ。
何やら話をしているようだけれど、どんな話かまでは分からない。
途端にこちらに指差され、思わず機器の裏に隠れてしまった。
覗き込むようにまたあちらを見てみると、ソニアさんが魔法を放つ構えをしていた。かと思えば、落ち込んでいる。
その様子を見るに、先生から教わっているんだろう。
周囲を確認してみると、後ろに並んでいた数名がひそひそと笑っている。いろんな人に劣等生のレッテルを貼られ続けながらも、高等部に上がってきた彼女を笑うのは正直苛立ちを覚えた。けれど、そこで動く勇気は私にはなかった。
ソニアさんがこちらに手を振り、私も振り返す。どうやらもう一度魔法を放とうとするみたい。身を少し引っ込めて、まだ様子を見てみる。腕を前に突き出し、こちらの方を見据えているのがわかる。深呼吸をし、目を見開く。
その時だった。
ソニアさんの力強い声がここまで響いたかと思えば、目の前から何かが迫っていた。空間が歪んで見えるほどの圧の塊。これは、明らかに魔法だ。
咄嗟に機器の後ろに身を隠したが、大きな機器でも衝撃は吸収しきれず、鐘を突いたような鈍い音が反響する。そして、私の体も吹き飛ばされた。
「大丈夫!?リディさんっ!!」
ひどく慌てた様子でソニアさんが駆け寄ってきた。体を支えられて起きる。幸い大した怪我もなく、横に転がされて少し頭がクラクラした程度だった。
「リディさん、大丈夫ですか」
どうやら先生もいたらしい。
「はい、大丈夫です。少しクラっときただけで…」
「無理しないで、リディさん!一応保健室に…」
「大丈夫だって!その、ほら、特に怪我してないでしょ」
「そ、そう…」
明らかしょぼくれた顔にさせてしまった。そんなつもりではなかったけれど、強く言ってしまったことに気まずさを覚えた。
「測量器の裏にいたとはいえ、リディさんの方へと向かったのは威力があった魔法ですから、念のため保健室に行きましょう。ソニアさん、同行をお願いします。それと、リディさん。紙に記載されているように、実験中に身を横から出すのは危険です。しっかりと確認するように」
「はい、すみません…」
保健室へと向かう途中、何か話し合うこともなかった。
気まずい雰囲気のまま保健室に入ると、そこには誰もいなかった。
「ありがとう、ソニアさん。私はここで大丈夫だから」
別に後ろめたいことなんてないはずなのに、彼女の方を見ることができない。
「あの、リディさん。ごめんなさい。私のせいで…」
その言葉を聞いた時、ある気持ちが吹き出しそうになり、思わず彼女の方を向いてしまった。
泣きそうな顔で俯いていた。
口から溢れるそうな言葉を飲み込んで、代わりに優しく手を握った。
「心配してくれてありがとう。もう気にしなくて大丈夫。それより、さっきはごめんね、キツく言ってしまって…」
「ううん、気にしてないから。私も、つい焦っちゃって周りが見えてなかったし…」
「それほど心配してくれたってことでしょ。私は嬉しかったよ」
さっきまであれほど暗い表情をしていたのに、打って変わって少し照れ臭そうにしているのを見ると、つい笑ってしまった。
「さ、ソニアさんはもう戻ったら?まだ授業中だろうし」
「そ、そうだね!じゃあ私はこれで…」
「ソニアさん」
部屋を出ようとする彼女を呼び止める。キョトンとした顔の彼女に、私は一つ、言葉をかける。
「ありがとう」
「うん。じゃあ、また後でね、リディさん」
彼女が廊下を駆けていく音が聞こえる。
『また後で』という言葉が絡みつく。
私は布団に逃げることにした。




