休み時間1(2)
2時限目では、クラス内の委員会の割り振りなどをしていた。いくつか委員会がある中で、ユウキさんとあともう1人が学級委員となることが最初に決まった。
その後は、学級委員の2人を中心に他の割り振りが決められ、とてもスムーズに事が進んだ。
その間の先生はというと、先生主導で学級委員を決めたっきり、どこかで消えてしまっていた。それに、リュカという人の姿もいつの間にか見えなくなっていた。
まあ、先生はいつの間にか帰ってきていたんだけれど。
初日の授業も無事終わり、私は自分の席で一息ついていた。
席順は初等部から変わらず魔法の成績通りで、私の席は窓側の一番端。つまり、一番の出来損ないが居座るという不名誉な場所。こう呼ばれているのも、初等部から変わらない。
そうは言っても、横一列ごとに段差があり、後ろの方でも黒板まで見えるように工夫されているため、残念な呼び名がついていることを除けば、この席は居心地がいい。
教室内にはまだ多くの人がいる。その人たちが帰るのを待つように、私は席で大人しくしていた。
すると、誰かが私を呼んでいるのに気づいた。
「さ、ソニアさん。もう授業も終わったし、お昼食べにいきましょう」
声をかけてくれたのはリディさんだった。
「う、うん。そうですね、リディさん」
「…もしかして、どこか体調悪かったりします?」
「ふぇっ!?い、いや別にそんなコトはないデス…」
なんか変に気を遣わせてしまった。初等部に入りたての頃の、知り合いもいない中、他の人とのコミュニケーションの取り方に苦戦していた記憶を思い出す。それが今も変わらないという事実に涙が止まらない。
「お待たせ、2人とも」
そう言いやってきたのは、ユウキさんと狼らしき獣人だった。
「2人に紹介するよ。こちら、親友のアルだ」
「どうもアル•ヴォルフだ。このお人好しが何やら世話になったようで」
「ちょっと、アルっ…」
何やら戯れ合うように2人で後ろを向きだした。その仲の良い雰囲気が、ある日の遠い夢のように見えた。
「失礼した。ともかく、2人ともよろしく」
「えぇ、よろしく。私はリディです」
「あんたも。よろしく」
アルさんから手を差し出される。アルさんは、獣人と言っても耳と尻尾に特徴が強く出ている獣人。だから、手は普通の人間と変わりないのだけど、少し緊張してしまう。しかし、獣人と初めて話すからというのは緊張している理由には当たらないようにも思う。
「ん?どうした」
「いっ、いえ!えーっと、ソ、ソニアです!よろしく、お願いします…」
「あぁ、よろしく」
正直、私に対してどんな反応をされるのか少し怯えていたけれど、優しく接してくれたことに内心ホッとした。
「さて、紹介も終わったしどこでお昼ご飯を食べようか」
「なら一つ、いい場所があるのでそこに行きましょうか」
リディさんについて行くと、そこは学校郊外にある小さな大衆食堂だった。
もちろん学校にも大きい食堂があるのだが、放課後には学校の校外に出ることができる。そして、この学校は全寮制であるため、門限まではバイトをしたり買い物をしたりと、意外にも自由に過ごすことができる。
そして、今回のように学校が午前中で終わる日には校外で昼食をとる人も多い。
「おばさんこんにちは!お昼食べに来たよ」
「おう、来たかい。そこら辺に座っとけ」
店内には、街で働く多くの人たちでごった返していた。
そしてカウンターには、眼帯をつけた、まさに海賊のような背の高い女の人がいた。身体はスラッとしているのにどこかたくましさを感じる。
「さっ、席に向かいましょ」
リディさんに背中を押され、4人がけの席に座った。
「おや、リディ。新しい友達か」
「そうだよ、おばさん。今日から同じクラスになった人たち」
「おばさんって言うんじゃないよ。ほら、あんたら、メニューだ。決まったら教えな。リディはいつものでいいかい?」
「うん。それでお願い」
メニュー表が渡されると、その女の人はカウンターへと戻っていった。
「えっと、リディさんとあの人とはどんな関係が?」
ユウキさんが、私もアルさんも気になっていたであろう話題に切り込んでいった。
そもそも、このお店があるのは、学校の校門の前に続く大通りから、二回小道へと曲がって行ったところにあり、おしとやかな印象のリディさんとは結びつかないような場所だった。だから、気にしないほうが無理があるだろう。
「実はね、私ここで働かせてもらってるんです。かれこれ3年くらいかな」
「へえ。なんか意外だな」
「そうかな?まあここなら学校の人に会わないし、学校まで意外と近いからね」
「あの、それを私たちに教えちゃっても良かったんですか…?」
「まあ、なんというか、あなたと仲良くなりたくて、私が自慢できるこの場所を紹介したかったんですよ。それより、みんな頼むもの決めちゃってください!早くしないとおばさんに怒られちゃうかもだし」
仲良くなりたい。その言葉が耳鳴りのように反響してやまない。嬉しいようで悲しいようで、それでいて苦しいようなそんな感情。『友情』という概念に囚われた私はいつ羽ばたけるんだろうか。
「ソニアさんはどうします?」
「あっ、えっと、何がおすすめですか?」
「さて、料理も注文したことだし、ひとつ聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいことですか?」
「あぁ。授業終わりに3人で呼び出されてたけど、あれはなんだったんだ?こん中だと俺だけなんも知らないしさ」
「えーっと、2人とも、僕から話していいかい?」
「えぇ、私は大丈夫ですよ」
「あっと、私も、大丈夫です」
こうして、ユウキさんが出来事の顛末を話してくれた。
「マジか。あんたらに特別授業とか、そんな良いことしてくれたんだ、あの先生。うわ、ズリィな…。それに、ソニアさんもすごいんだな」
「そうなんですよ!クラスの中で唯一、先生の仕掛けに気づいたすごい人ですよ!」
「なんであんたがそんなに誇らしげなのかは知らんけど、確かに興味深いな。あんたがソニアさんと話したがるわけもなんとなく理解できるよ。なんとなくだけど」
たくさん褒められてる感じがして、なんだかとっても恥ずかしかった。しかも、こんな近距離で3人から一方的に。
「ほらお待たせ。ラタトゥイユにバゲット、あとキッシュ。それとポタージュね」
「ありがとう、おばさん。じゃ、さっそくいただきましょ」
メニューは結局、みんなリディさんのおすすめを頼んだ。机に並んだものは、木のボウルの上に盛られた質素なもので、決して高級感のあるものではないが、それでも出来立てが見せる料理の輝きと温もり、そしてその香りは、私たちの胃袋を魅了する。
「…いただきます」
まずは人参のポタージュを一口。人参とじゃがいもをベースにしたこのポタージュは、滑らかな舌触りの上に、野菜を基本とした優しくあっさりとした甘さとブイヨン由来の深い旨みが私を支配する。それに、ここに加えられている少量のクミンが、香りの良いアクセントとして、この完璧なポタージュの完成に一役買っている。
間もなくしてラタトゥイユに手を伸ばす。色鮮やかな野菜のみで作られた料理は、バゲットと一緒にいただくことにした。そして一口。すると広がるのが、野菜だけなのに肉にも劣らぬ旨みそのもの。そしてそこには、追い討ちをかけるような濃厚なトマトの酸味と、焼かれたからこそ出るパプリカの穏やかな甘さ。極め付けはなんと言ってもこのナスとズッキーニ。絶妙になされた火入れ加減は、その2つの野菜の瑞々しいを保ちながらもとろける食感を見事なまでに表現した。そこに、食欲をそそるニンニクの香りと旨さの引き立て方をよく分かっている塩加減、それに欠かせぬ我らが主食のバゲットが合わされば、もう文句なしの満点合格だろう。
そして、見るからにふわっと仕上がっているキッシュ。フォークで押してみればそれは明らかだった。今回は、ベーコンと玉ねぎ、チーズで仕上げたシンプルなもの。一口食べればそれはもう堪らない。下層にある飴色の玉ねぎの甘さが、生地の卵が持つ素朴な甘さを消すことなく表現されていて、ベーコンの肉肉しさとチーズが持つ香りと塩気という、他の二つの料理にはないジャンキーさが舌を喜ばせる。それなのに重くなく、上品な味わいとなっている。
「…ソニアさん、すごく美味しそうに食べるね」
ユウキさんに言われてハッとする。無我夢中で食べていたところをみんなに見られていたようだった。
「あああっ、あの、す、すみません自分のことばかりで周りが見えてなくて、あの…」
「いえ、別に良いんですよ。私としては、このお店のことを気に入ってもらえそうで嬉しいですし」
「あぁ。別にそんな気にすることなんてないだろ。むしろ、そんなに美味しそうに食べてると、見てるこっちまで嬉しい気持ちになるしさ」
こうやって笑い合うのを見ると、ふわふわの毛布に包まれたようだった。穏やかに暖かさが染み込むような、そんな優しさ。
「そういえば、ソニアさんもリディさんも、ずっと敬語なのかい?」
「確かに。別に敬語じゃなくても俺はいいんだが」
「2人は別に敬語使ってなかったじゃない。ま、私もいいけど」
少し心がドキッとした。なんだか急激に置いてかれたように思えて。3人の中だけで会話が進んでいくように思えて。いつもそう思えてしまう。
「えっと、ソニアさん。どうかな」
どうかな。どうと言われても、どう答えたらいいんだろう。
3人の視線は、なんだか先ほどと打って変わって私を見定めているようなものに思えた。
「…えっと。私は、このままで、いいです」
「…そっか」
また間違えた。歩み寄ってくれたのを突き放してしまった。私は、いつもそうなんだよ。自分の卑屈さが自分を孤立させていく。自分の意志を薄めていく。
「ま、話し方なんて好きにすればいいよね。もう友達なんだしさ」
「えっ」
「え?」
友達。友達である。と、リディさんから。
「も、もしかして嫌だったとか…」
「い、いえ。そうじゃ、なくて。私なんかで、いいのかな、って」
「なんかじゃないよ。僕はてっきり、もう友達って思っていたんだけど、もしかして早すぎたとかかな」
「そうだぜ。ここまで仲良く食事を囲んどいて、友達じゃないって言われると、ちょっと悲しくなるな」
自分では置いてかれたように思えていたけれど、やっぱり距離を置いていたのは自分だった。それでも、自分の手を引いてくれる人。それがこの人たちだったみたい。
「あっ、あの!こんな私だけど、よかったら、お願いします!」
「うん。よろしく」
「俺からも、改めてよろしくな」
「よろしくね、ソニアさん。それより、思いきって言ってくれたところでさ、言いにくいんだけど、私たちなんか目立っちゃってるし、一旦座ろっか」
どうやら、気持ちが前に出過ぎて立ち上がっていたみたいだった。だけど3人はそれを笑い飛ばしてくれた。私の杞憂と一緒に。
その後も、たくさんくだらないことを話して、初めて会ったとは思えないほどに楽しい時間を過ごした。別れが惜しいと思うほどのひと時だった。
そして寮へと帰り、1人ベッドの上で今日のひと時を思い出す。
そして私は決意した。もう卑屈な自分とはさよならを。これが、私を友達だと言ってくれた人たちへの最低限示すべき誠意だから。
そして私は眠りについた。もう過去に固執するのはここまでだと。これは、昨日とは違う明日を見にいくための一歩なのだから。




