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魔導士フェーリンの魔法史学  作者: ハッカ堂


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1時限目 魔法技術学 / 基礎魔法技術 ; 基本単位詠唱式


「あった、私の番号…!」


 内部進学試験の合格発表の日、私は高等部への進学が決まった。

 田舎出身で魔法を習ったこともなく魔法の適性が低かった私だったが、ギリギリこの学校に入学できた。だから、魔法科目は毎回赤点近くで進級も毎年危なく、普通科目の勉強だけでなんとか挽回していった。そして、今回の進級試験も325人中200位。学年最下位というギリギリでの合格だった。


「あっ、アンリちゃんとヘスティちゃん…は…」


 一番仲良くしていた二人の方をみると、互いに肩を寄せて泣いていた。

 改めて順位表を見たら、私の番号の下に二人の番号が並んでいた。

 二人は不合格だった。


 田舎の出で形見が狭かった学校生活。だけど、同じく田舎出身の二人と出会ったことで楽しく過ごせた初等部での思い出。絶対にみんなで進学しようと小指を結んだ試験前。今までの全てを奪い去っていく無慈悲な結果。何かを得たはずなのに、私を失ったみたいだった。


 私はすでに二人の隣に立つ資格なんてないみたく、一枚透明な板の向こう側をただ眺めるしかできなかった。


 そして私は、その場を逃げるように去った。一言さえも言わずに。





 2か月ほど経って私の気持ちも落ち着き、いよいよ新学期を迎えた。

 いつもなら一緒にいる2人も、今日からはもう居ない。それでも、2人の分まで頑張る。そう心に決めて、私は始業式へと向かった。


 学年最下位である私は、もちろん一番下のEクラス。上の学年、成績の良いクラスから前に座って行くため、高等部の中で一番後ろの一番端に座っていた。

 すぐ後ろには、初等部の最高学年の中でも最も良い成績の人たちが座っている。その人たちにすら魔法の技術が劣っているかもと考えると、自分の情けなさに涙が出てきそうだった。


 始業式が何事もなく終わり、自分のホームルームへと向かった。そこで、先生が来るのを待つ。

 どの先生が担任を持つかは、先生がこのホームルームに入ってきた時に初めて分かる。だからか、少しドキドキする。

 先生を待つ間、特に仲のいい知り合いもいないため、ポツンと自分の席に座っていた。

 あたりを見渡すと、話をしている人は少なく、机の上に足を組んで置いている人やなんかすごくイライラしてる人までいる。普通に怖い。

 他にも見てみると、獣耳や鱗の肌を持つ、所謂(いわゆる)亜人と呼ばれる人たちもいた。そう呼ばれる人たちは、基本的に魔法の適正が高い。だから、このEクラスで一緒になるとは、少し驚いた。

 よくよく考えたら、あの足を組んでる人も、魔法の試験で好成績を収めていた人だった気がする。なぜそんな人たちがこのクラスに来たのだろうか。いや、もしかしたらその逆。なぜ私のような人がこの人たちと一緒なのだろうか…。何か手違いがあったのかもしれない。


 しばらくして、廊下からコツコツと音が聞こえてきた。途端に、教室内が一切の静寂で満たされる。

 廊下から感じる先生たちの圧。正しくは、先生たちから溢れ出る魔素の圧なんだろう。呼吸を奪われるほどに息苦しい。

 いつも感じるこの緊張感。初めての時よりかはまだマシだが、やっぱり未だに慣れない。

 ついに、誰かが教室の外で立ち止まった。みんなが扉の方に視線を向ける中、その扉がゆっくりと開く。

 そこに現れたのは、綺麗な長めの銀髪を持つ、背の高い男の先生だった。

 ゆっくりと教卓へと歩いている。そして、先生が教卓の前に立ち、こちらに顔を向ける。


「皆さんはじめまして。私はフェーリン•アルミス。今年一年、貴方達の担任をやらせていただきます。どうぞよろしくお願いします」


 その男の先生はそう名乗った。フェーリン•アルミス。どこかで聞いたことがあるような…。

 周りも同じように思ったのか、はたまた他のことを気にしているのかはわからないけど、みんな少しざわつき始めていた。


「この後に色々とすることがあるので、私の自己紹介は後回しにします。その前に、何か私に聞いておきたいことがある人は?」

「あの、フェーリン先生」


 そこに、この国ではあまり見かけない顔立ちの人が手を上げた。


「君は確か、ユウキ•イシザワ君でしたよね。なんでしょう」

「先生は去年新しく来た先生ですよね?それなのに、もう担任をされるんですか?」


 確かに、この先生は見かけたことがあった。去年まで初等部だったとはいえ、始業式などの初等部と高等部が一緒の行事もあるから、そこで見かけたんだろう。


「えぇ、そうなりますね」


 その言葉に、内心1年目からハズレの先生に当たったとみんなが思ったのだろう。ざわつきがさらに大きくなっている。


「それじゃあ、先生の担当するってなんですか?」

「私の担当する科目は魔法六科全てですよ」

「おい先生、ジョーダンだろ!」


 急に、机の上に足を組んで置いていた男の子が声を上げ始めた。


「あなたの名前は…なんでしたっけ」

「なんでそいつの名前は知ってて俺の名前は知らねえんだよ!!俺の名前はリュカ•ジルベールだよ!」

「ではリュカ君。何か私に物申したいことでもありますか?」

「ハッ。あるに決まってんだろ」


 そう言い、先生の方へと寄って行く。


「先生って、大したことないじゃないの?」

「と言いますと?」

「オレに教えられるほど強いのかってことだよ」


 2人に視線が集まる。(特に男の子の方が)喧嘩を始めかねない、まさに一触即発の状態。しかし、それを止めようとする人はいない。

 それはきっと、みんながその人と同じ事を思ったからだろう。

 この学校が魔導学園であるゆえに、ほとんどの生徒が魔法六科に対して重きを置いている。魔法の適正が低い私なら尚更。だから、この経歴のよく分からない先生に委ねられるというのは、みんな不安に思ったに違いない。


「先生は知らんかもしれねえけど、この学校の高等部に進級できるってことは、その時点で五級魔導師と同等の力があるって言われてんだよ。そんな奴らの中でもオレは上位の成績だし、魔素の量だってもう2000マナ超えてんだ。それなのに、実力も経歴もよく分からねえ新しい先生に教わることなんてないんだよ」

「そう言うことでしたら、私との試合も兼ねた授業をしましょう」

「は?授業?」

「では皆さん、先に実習棟一階の第1魔法実習室に移動していてください」

「おい、待てよ!授業ってどう言うつもりだ!」


 そう言って、先生は教室から出た。

 急に何をするかと思えば、授業も兼ねた試合?先生は本当にこのリュカという人が売った喧嘩を買ってしまったのか。ただ、何か他に算段があるようにも思える。というか、そうであってほしい。


 とりあえず、先生の指示で魔法実習室に向かうと、すでに1人、誰かが部屋に居たみたいだった。


「ふぉっふぉっふぉ。みんな、ずいぶんと早く来おったの」

「学園長先生!?どうしてここに…」

「フェーリン先生に魔法の実習の監督をお願いされたんじゃ。実習は講師が2人以上いないとできんからの」


 立派なあごひげをさすりながら、学園長は笑っていた。

 こういうのに来るとしたら、アルベール先生やエンティ先生が来そうなものだったから、予想外の人物の登場にみんな驚いていた。

 間もなくして、フェーリン先生が最後にやってきた。


「学園長、お待たせしました」

「いやいや、そんなことはない。時間ならワシは大丈夫じゃから、存分にやってくれ」

「ありがとうございます。それでは、生徒の皆さん、授業を始めましょうか」


 そう言った次の瞬間、ほんの僅か、何かに包まれたような感覚がした。だから、すぐに自分の肌を触ってみたけど、特に変わった感触はなかった。今までに感じたことのない、無機質な感触。特に印象に残らない感じが印象的だった。

 何かの魔法?それとも魔道具?ただ単に小さな虫がそばを通り過ぎただけなんだろうか…。


「ソニアさん、大丈夫ですか?」

「はっ、はひぃっ!」


 先生がすでにに話を続けていたことに、私は気づかなかった。みんなの視線が痛い。とてもお恥ずかしい…。


「では、改めてお話しましょう。まず初めに、『詠唱式』というのはもちろん聞いたことがありますよね。皆さんが魔法を使う際には必ず『詠唱式』を唱えるでしょう。その『詠唱式』について、皆さんどれほど説明できます?ソニアさん、あなたはできますか?」

「えっ、えーと、『詠唱式』は魔法を使うために唱えるもので、その時に自分の体内の魔素を使います。それと、魔法の規模が大きければ消費する魔素も増えて、魔法を使う時間が長くても多く魔素を使います。ただ、体の魔素がなくなると、命に関わる危険な状態になってしまいます」

「おおよそその通り。初等部で習った内容は覚えているようですね。皆さんの認識もそれで違いないと思います。しかし、皆さんが初等部で教わったことは、基本的に『詠唱式』の性質を知っているだけで、仕組みや成り立ちといった技術や知識の面では知らないことが多いでしょう」


 確かに、そう言われればそうだ。初等部では、魔法の基本的な性質を知ったあと、魔法を扱うことに慣れていくよう教わってきた。そのため、初等部の頃は大変な思いをしていたのは、今でも記憶に新しいもの。


「初等部では、体に留めておける魔素量を増やすことを目的とした、なんとなく使えるだけの魔法でした。そんなものは今日で終わり。これからは先人が作り上げてきた知識が、君たちの魔法を強くするのです」


 先生との視線が交わる。その瞬間、私の鼓動が身体を強く打ち付けてくる。

 知識。それは非凡な私の、去年までの4年間を支えてきたもの。その知識が私を強くしてくれると、この先生は言った。私のために用意した言葉のように思えた。

 魔法の良い成績も残せずにいた初等部。それ以外の教科に逃げるしかできず、でも結局は、魔法に対する憧れを捨てきれずにいた私にとって、これまでにないほど湧き立つ瞬間だった」


「それでは、今から君たちに最初の授業を行いましょう。それと同時に、先程の約束通り、試合も行っていきます」

「やっとかよ。待ちくたびれたぜ。先生の長ったらしい話はもう良いから、さっさとやろうぜ」

「大人しく聞いてくれてありがとうございます。試合は対人(たいじん)形式。それと、学園長、お願いします」


 学園長先生は何やら詠唱式らしきものを唱え、その魔法をリュカという人と先生に纏わせるように放った。


「今、あなたにかけてもらった魔法は防御魔法です。ただ、一度魔法に触れると壊れ、赤い目印を短い間表示させるという条件を持っています。その防御魔法が壊れたら負けというルールで行います。それと、あと2人、リュカ君のサポートに付く形で試合に参加してもらいます。ユウキ君、リディさん。お願いします」


 呼ばれたのは、さっき先生に質問をしていた人と女の子だった。それと同時に、同じ魔法が2人にかけられる。


「おい先生、何勝手に追加してんだ。オレ1人で充分だ」

「私が必要としてます。学園長、開始の合図をお願いします」

「テメェ…」


 リュカという男の子の方は、今の先生の言葉で完全に出来上がってしまったようだった。この教室に来てから約7分。乾麺を茹でるにはちょうどいいな。なんて、ふと思ってしまった。


「それでは、始めるとするかの。両者共に構えてくれ」


 そう言われ、生徒の方は片手を前に突き出して構えている。これも、初等部の頃に教わったことの一つ。口で詠唱式を唱え、利き手を基準に魔法を放つ。自分にかけるタイプの魔法もあるが、その時も同様に手は前に出す。本当に必要かは少し疑問に思うこともあるけれど、これらが魔法を放つまでの基本だと教わった。

 今でも動き出しそうな生徒側とは対を成すように、先生は静かに目を閉じていた。


「では、始め!」


 合図と同時に、生徒側の全員が詠唱式を唱え始める。リュカという人は身体強化魔法を、後の2人は火属性魔法を唱えたみたいだった。身体強化をした状態で、フェーリン先生の方へと向かっていく。さらには、その両脇から放たれた火の槍が追尾していく。

 その頃、先生はようやく詠唱式を唱え始めていた。そして、リュカという人が腕を振りかぶった瞬間、先生の胸元あたりから握り拳くらいの火の玉が出てくる。彼が間一髪で避けたかと思えば、火の玉は少し進んで消えてしまった。

 他の2人が放った火の槍は、先生の手前で、さっきと同じ大きさの火の玉が複数ぶつかったことで小さな爆発が起き、相殺されていた。


 リュカという人も他の2人も、果敢に先生に攻撃を仕掛けていくが、先生は全て同じ魔法で対処していく。


「…皆さん、聞こえますね」


 今、先生の声がした。試合をしていて、詠唱式を唱えるのに口が忙しいはずが、普通に聞こえてきた。しかも、試合が止まることはない。


「それでは、先程話した通りに、ここからは授業も行います。ではまず、私が使っている魔法。これが何か分かりますか?ルフィナさん」

「ファイアボールでしょうか」

「その通り。では、私が放つファイアボールをよく観察してみてください。どんな特徴があります?」


 よく見てみると、一度に20以上のファイアボールが連続で放たれ、襲いかかる全ての魔法を打ち消している。しかも、リュカという人の近接攻撃をかわしながら。

 相手側の魔法も、威力が弱くはなく、遺跡の中のゴーレムを倒せそうなほどにはある。ただ、普通だったら成し得ない多重詠唱を難なくこなしている先生がおかしいんだろう。

 とにかく、ファイアボールを注視すると、何にも当たらなかったファイアボールは、ほぼ全てが同じ長さまで進むと消えていた。それに加えて、進む速さも同じに見える。つまり、これはただの詠唱式でなく、かの有名な詠唱式…。


「そろそろ分かりましたか?では、フローリー君。具体的に答えられます?」

「えっと、ファイアボールが進む長さが…短いとか?」

「なるほど。着眼点はいいですね。エウスタシオ君はどうですか?」

「んー、全部のファイアボールが同じ速さとか?」

「具体的に言うと、何秒にどのくらいですか?」

「えーっと、1秒に、1、2m(メートル)くらい?」

「まさにその通り。このファイアボールは、1秒間に1m進むという特徴を持たせています。この詠唱式には、実は固有名詞がついています。皆さんも、昨年までの間に聞いたことのあるものです。気づけますか?」


 先生が、相手の魔法を捌きながらこちらを見渡している。襲いかかる魔法の威力は増していると思うが、そんなふうに見えない。

 一瞬、先生と目が合う。すると、詠唱式を唱えながらも、唇にそっと人差し指を当てて少し微笑んでいる。

 瞬時に目を逸らしてしまった。ドキッとした。私が答えに気づいているのを見透かされたんだろうか。


「私が今使っているこの詠唱式、これは、初代魔法皇(まほうおう) ガース•ヴェルドリヒトが定めた、『基本単位詠唱式』というもの。フローリー君、これがどういうものかは覚えていますよね」

「えっ、えぇ、もちろん!えーと、確か、1秒と1m、1マナの基準になったやつですよね?」

「そうです。では、その詠唱式の構成は知っていますか?ルネさん」

「…正直分かりません」

「答えていただきありがとうございます。それはきっと他の人も同じでしょう。何故なら、初等部では、この詠唱式の持つ威力は実戦では役に立たないと省かれていたから。そして、詠唱式の内容を重要視していなかったからです。さて、基本単位詠唱式の構成についてですが、学園長、人のいない方に向けて唱えていただけませんんか?」

「ふぉっ、ふぉっ。良かろう」


 学園長が誰もいない方に向き、唱え始める。


filum-bool(フィランボール) lu() phum(パーム) whel(ウィリ) lu thum(トゥーム) whel sys(シズ) lu munu(マナ) whel』


 学園長のはっきりとした通る声で唱えられた直後、前に突き出された手のひらの前から、フェーリン先生が今放ち続けている魔法と同じ大きさ、同じ速さ、同じ進む距離の魔法がしっかりと再現されていた。


「今学園長が唱えてくださった詠唱式が、基本単位詠唱式です。そして、この詠唱式には、放つ魔法の個数が1つであることを表す部分、1秒を表す部分、1マナを表す部分があります。ですが、今はそれを板書して説明できる状況ではないので、教室に戻った際に配布するプリントを見て確認してください」


 確かに、今はどう考えてもそんな状況ではなかった。リュカという人の攻撃の勢いも衰えず、援護射撃をしているユウキさんとリディさんの攻撃も止む気配がない。

 ただ、それは先生の方も同じで、防戦一方ではあるものの、攻撃が当たる気配なんて微塵も感じさせない。そんなふうな動きに見えた。


「そして、この『基本単位詠唱式』には、こうした技術的な面だけでなく、歴史や産業的にも大いに貢献した一面もあります。その一つが、1秒、1m、1マナの基準が出来たこと。そしてもう一つ、大きな事実があります。シンユェさん、それが何か分かりますか?」

「えー、みんなオイシイごはんが食べれるようになったデスか?」

「…もしかするとそれもあるかもしれませんね。他にわかる人は?」

「…分かりましたわ」

「ナディーヌさん、お願いします」

「私のことはナディで宜しくて」

「では改めて。ナディさん、説明をお願いします」

「その詠唱式には、誰もが同じように魔法を使えるという利点があると思いますわ」

「概ねその通りです。この『基本単位詠唱式』のもう一つの一面。それは、同じ詠唱式を唱えることで、誰もが同じ魔法を再現できるというものです。それまでの魔法は、才能の差によるどうにもならない優劣が生まれていた状態でした。しかし、この性質が発見されたことにより、魔法の適正が低い人でも、扱い方次第で大いに活躍できるように。さらには、魔法を完全に扱えない人のために魔道具の開発が進められるようになった際にも、この性質が役立つこととなったのです」


 『基本単位詠唱式』。これはまさに、時代を変えた一つの魔法なんだろう。ただ、その言葉の意味を知っただけでは見えてこない歴史の裏側。それを垣間見たような気がした。


「ではそろそろ、この試合も終わりにしましょう」

「クソッ。まだ…!」


 リュカという人が、最後の力を振り絞ったかのような気迫で先生に襲いかかった瞬間、3人の背後から小さな円盤状の何かが現れて、そこからファイアボールが出てきて当たる。試合はあっけなく終わってしまった。


「うむ、そこまでじゃ」

「おいテメェ!何卑怯なことしてんだ!」」


 彼が、すごい剣幕で先生に迫り寄っていく。先生にしてやられたのが相当効いたのだろう。


「リュカ•ジルベール。王国騎士団副団長 セドリック•ジルベールを当主とする騎士一家の四男。そんなあなたに一つ、本日の教訓を授けましょう。この世界のありとあらゆる戦いの場において、最後まで自らの首を守り切れた者こそが絶対です。いくら戦い方が卑怯であっても、生者は死者の言葉に耳を傾けません。そして、相手を侮り、自分を律せない者が自身を敗者たらしめるのです。ラージニア王国の滅亡やラカル聖戦といった今までの歴史でもそうですし、そこに騎士や魔導師という違いは関係ありません」


 先生に説き伏せられ、リュカという人はすっかり黙り込んでしまった。先生の教えに思うところがあったのだろうか、反論する様子もなく、ただ苦い顔をしていた。

 ただ、今の言葉は少なからず私の心に響いた。私はまだ、始めの合図がある試合しか知らない。ワシに狙われたウサギのように、きっと誰も容赦はしてくれないし、声を上げても助けは来ないんだろう。私がまだ安心して暮らせる環境にいることに、嬉しくも不安にも思った。


「ともかく、試合をしていただいた3人、ありがとうございました。さて、授業の方に戻りましょうか。実は試合中に、ユウキ君とリディさんの使った魔法の消費魔素量が、一回の詠唱あたり平均で14マナほどだったのですが、どのようにしてこの数値を出したか分かりますか?」

「はい、先生。先生が放っていたファイアボールの数で分かると思います」

「ユウキ君、具体的にはどのように?」

「えっと、さっきの先生の話で、『基本単位詠唱式』が1マナだと言っていたので、もし魔法を打ち消すのに同じ魔素量が必要ならその分魔法をぶつければいいと思いました」

「うん。とても良い考察ですね。まさにユウキ君の言う通り、『基本単位詠唱式』の性質を使ったものです。実はこのやり方は、『基本単位詠唱式』が発明されて以降、他の魔法の消費する魔素量やその人が持っている魔素量を計測する方法として、しばらくの間使われていたこともありました。この性質を使えば、相手の魔法を最小限の魔素量で対処することもでき、戦闘の幅も大いに広がります。このように、知識一つあるだけでも、戦いの中で応用を効かせることもできるのですよ」


 私が知らないことだらけのこの授業に、私は完全にのめり込んでいた。教室の壁に立てかけてあった時計を見ると、もう1時限目のホームルーム活動の時間も終わりに近づいている。最初に覚えていた不安も、今はとっくになくなっていた。


「この短時間だけでも、皆さんは多くの知識を新たに得たかと思います。先ほど言った通り、この授業のまとめと補足をしたプリントを配布しておきます。後の復習に役立ててもらえればと思います。では、最後に一つ…」


 先生が前に一歩踏み出すと、何かを想うように目を閉じる。そしてまた、力強く目を見開き、私たちにこう言った。


「私の名はフェーリン•アルミス。あなたたちを魔に導く2等級の『魔導師』です。魔法史を中心に、魔法が何たるかをあなたたちに教えます。そして、あなたたちが一流の魔導師としてこの学校を卒業できるよう教えること、ここに約束しましょう。改めまして、皆さんよろしくお願いします」


 最初の挨拶ではほとんど起きなかった拍手が、先生への誠意を示すかのように起きている。それほどまでに、先生の行った授業はみんなに響いたんだろう。


「では、これにて授業を終わりにしましょう。皆さんは先に教室へ戻り、教卓にあるプリントを持っていくようにしてください。あと、ユウキ君とリディさん、それにソニアさん。少し確認したいことがあるので私のところまでお願いします」


 先生に呼ばれてしまった。しかも、メンツはリュカという人以外の試合組。あまりにもギリギリな成績を咎められるんだろうか。予想外の展開に怯えながら先生の元に向かった。


「まずはお2人。急な指名に応じて試合をしてくださってありがとうございました。おかげでいい授業を展開することができました」

「いえ、私としても自分の未熟さに気づくことが出来たいい機会でした」

「そう言っていただけると、講師として相手をした甲斐があったというものです。リディさん」


 リュカという人とは違い、すごく冷静で大人びた人だと思った。さっきまで、先生の話にキラキラ目を輝かせてた私とは大違いだった。


「ところで先生、僕たちを呼んだ理由ってなんですか?」

「そうでしたね。先ほど試合をしてくださった2人とソニアさんを交えて、少し試合をしてみた上で得た、あなたたちに関するデータを共有しようかと。まずはユウキ君とリディさん。あなたたちが使っていた魔法ですが、確か2人とも『炎の槍』を使っていましたよね」

「「はい」」

「実は、リディさんの『炎の槍』は正統なものなんですが、ユウキ君のは少し違うんです」

「えっ、違うんですか?」

「えぇ。具体的には、リディさんのが純粋な炎であるのに対し、ユウキ君のは電気によって生じる火花の集合体のようなものなんです。なので、ユウキ君の扱う魔法の方が、消費する魔素量がやや大きかったんです。あとで、2人の詠唱式の違いなども話し合ってみてくださいね」


 戦っている最中にも先生は、相手のことを分析しながら魔法の対処もしている。一体、私と先生の間にはどれほどの差があるのか。その差を埋めることは、きっと星を掴もうとするくらいに大変なことなんだろう。


「お話することはあと一つあります。実は、試合中に使った魔法というのは、あのファイアボールの他に2つあるのですが、それが何かは分かりますか?」

「…もしかして、試合中、私が詠唱している中でも先生の声がはっきり聞こえたのもそうですか?」

「その通りですよ、リディさん。あれは拡声魔法で、身体強化系の一種です。試合中の違和感を見逃さず、しっかりと捉えることが出来たようですね」

「いえ。ですが、あと一つがどうしても分かりません」

「僕もです。思い当たる節がありません…」


 2人が難しい顔をしている中、先生がこちらを見て微笑みかけてきた。イヤな予感がする。


「ソニアさんはとっくに気づいていましたよね?具体的には何か分かりますか?」

「うっ…。えっと、先生が授業を始めた直後、ほとんどの人に気づかれないように防御魔法をかけていたと思います。校長先生がかけた魔法に関しては、あくまである条件を満たした時に印が現れるように追加でかけただけ、だと、思い、ます」

「まさにその通り。しかも、あの場でそれに気づいたのはソニアさん1人だったんです」

「すごいよソニアさん!なんでそんなことに気づいたんだ?」


 初めて話しかけられてことに少しびっくりしてしまった。2人とも興味ありそうにこちらを見てくる。


「え、えっと。授業が始まった直後に、まるで私の周りの空気の流れが遮りられたような感覚がして、その感覚はすぐに消えていったんです。あまりにも印象に残らない感覚だったので、逆に違和感を覚えたんです」

「さすがですね。見直しました」


 リディさんのその言葉が、私の心に少しチクっときた。今までいろんな人に馬鹿にされてきて、今日初めて同じ年齢の人に賞賛されたというのに。


「ソニアさん。あなたはきっと、自身の今までの結果を引きずっていることでしょう。ですが、あなたには鋭い観察力に今まで蓄えられてきた豊富な知識があります。それらは、今までの魔素の量に依存した魔法教育よりも、知識と状況を把握できる力が役立つこれからの学習にこそ真価を発揮するものです。これからきっと、どんどん成長していくことでしょう。知識を求める歩みを止めないで、これからもぜひ頑張ってくださいね」

「…はい!」


 こんなにも嬉しい言葉は、故郷を離れるときにお母さんがくれた言葉以来だと思う。今までの努力が無駄じゃないって言ってくれたことが、何より嬉しかった。


「それでは3人とも、話はここまでとなります。先に教室に戻っていてくださいね」

「…先生!ありがとうございます!」


 そう言うと、先生は微笑み返してくれた。

 今日、ようやく私の魔導学園の生徒としての生活が始まった気がした。


「一つ言い忘れていました」


 先生のその言葉で、みんな振り返る。言い忘れたことってなんだろうか。


「3人とも、魔には呑まれないよう気をつけてくださいね。では」


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