9.国王ウィルフレッド 2
「ダレルは来年、結婚しますよね?」
「うん、セシリアのお気に入りとね」
「ええ、結婚してもダレルは今のままでは夫婦として共に過ごせません」
「どうして?」
「侍従がダレルひとりではダレルは毎日朝から晩まで陛下のお世話をするために家に帰れません。新妻と夫婦の時間が取れないんです。陛下はセシリア様に会えなくて平気ですか?」
「え、やだよ」
「ダレルだってそうです。ダレルだって夫人と一緒に過ごす時間が欲しいんですよ。本来であれば王宮の官吏には結婚休暇が与えられるんです。でもダレルは休暇じゃなくてせめて家に帰りたいって言ってました。分かります?今のままではダレルは大切な妻と過ごすほんのちょっとの時間も取れないと分かってるんです。休みは無理でもせめて夫婦の時間をとりたいって、そんな細やかな願いを口にすることしかできないんです。陛下がダレルしか受け入れないから」
「そんなの、ふたりとも侍従と侍女なんだから王宮で一緒にいればいいでしょ」
「では王宮に一室夫婦の部屋を与えますか?」
「え?」
「ダレルもハリエットもいつも陛下や王妃殿下と一緒にいるのにどうやってふたりで夫婦として過ごすんです?陛下にもセシリア様とふたりだけの夫婦のお部屋があって、そこで夫婦として過ごすでしょう?」
ウィルフレッドはじっと、考えるように視線を下げて布団を睨みつけている。
一応、ダレル以外にも国王ではなく内宮付きとして侍従は存在しているのだ。ただウィルフレッドがダレル以外を寄せ付けないので本当にウィルフレッドに直接関わらずにできることしかしていない。ウィルフレッドと関わる必要があることは全てダレルが請け負っている。
「別に、ダレル以外の人間をいつもそばに置けと言っているわけでは無いんです。せめてダレルも少しくらい休みを取れるように、その間だけ誰かを側に置いていただきたい、ということなんです。それ以外の時間は今まで通りダレルを側に置けば良い。そのためにも今のうちに誰かを側において、仕事を覚えていただかないといけないんです」
「休みって、どれくらい必要?」
「王宮の官吏は通常、結婚休暇は二週間です。ダレル以外の侍従や侍女は月に五日以上の休みが与えられていますし、一日の勤務時間も交代制で決められています」
「……ダレルが休んでいるところを見たことがないね。用事がある時以外」
「でしょうね」
結局、なんだかんだ言ってもダレルが今の今まで独身だったのはこの辺りも原因のひとつだろう。結婚したところで家にも帰れず妻にも中々会うこともできない。ヴァージルもたいがいだが、それでも忙しい時期以外はちゃんと休みの日は家に帰っているし、極力王宮に泊まりこむこともしないようにしている。今は少々、色々立て込んでいて帰れていないが。
「何人?」
「できれば最低ふたり」
「………人間は信用できない」
「知っていますよ。信用できる人間というのは、誰かを信じようと思えた者しか得られないものですから」
周りにどんな人間がいようと、本人が信じようと思えなければ何をしても何をされても意味が無い。信じるか信じないかは相手ではなく自分が決めることだ。
「信じなくても良いなら、受け入れる」
「構いませんよ。信頼関係というのは一昼夜でどうにかなるものではありません。なのでまぁ…嫌でもすぐに辞めさせず三ヶ月は様子を見て下さいね」
「どうしても嫌いなやつは?」
「辞めさせる前に私か妃殿下かライオネル殿下に相談してくださいね」
「馬鹿は嫌いだよ」
「ははは、それも知ってますよ」
嫌そうに唇を尖らせ眉間にしわを寄せるウィルフレッドにヴァージルは笑った。ウィルフレッドにとってはさぞかし不満なことだろう。ウィルフレッドは特定の人物以外が側に寄ることを極端に嫌う。だからこそ、今までダレルひとりだったのだから。
「宰相」
「はい、なんでしょう?」
「ダレル、嬉しいかな」
嫌そうに、けれども不安そうにウィルフレッドが眉を下げた。ダレルにもいなくなって欲しくない、その言葉に嘘が無いからこその譲歩であり不安なのだろう。
人に興味の無かった今までのウィルフレッドにとって相手がどう思うのかなど考える必要も無かった。ただ、セシリアとライオネルがどう思うかだけ考えていれば良かった。
ウィルフレッド自身に自覚があるかどうかは分からないが、ウィルフレッドにはきっと本人が思う以上に大切なものが増えている。
「もちろんです。ダレルはきっととても喜びますよ。ダレルが喜べば妻になるハリエットが喜びます。ハリエットが喜んで幸せになるとハリエットを大切にしている妃殿下も間違いなく喜びますよ」
「セシリアが?」
「ええ。ハリエットを友人だと認めているライオネル殿下もそれはもう、きっと喜ぶでしょうね」
「侍従………三人候補選んで良いよ」
「ありがとうございます。妃殿下とライオネル殿下とダレルと早急に候補を選びますね」
ヴァージルはにっこりと、心から笑った。胃の辺りがぽっと温かい。
こういうのを、孫の成長を目の当たりにしたような気分とでも言うのだろうか。自分の子供ほどの責任が無いのでただただその成長をまっすぐに受け止め喜ぶことができる。
孫はフレデリックだと思っていたが、どうもヴァージルはウィルフレッドのこともそんな風に思っているらしい。
「うん……。宰相」
「何でしょう?」
視線を上げて相変わらずの無表情でヴァージルを見ると、ウィルフレッドは一度考えるように下を向き、それからまたヴァージルをじっと見た。
「宰相も、嬉しい?」
ヴァージルは目を丸くした。まさかヴァージルにまで聞いてもらえるとは思わなかった。ヴァージルがどう思うかなど今まで一度も聞かれたことなどなかったのに。
「ええ、嬉しいです。陛下のその御心が、私も心の底から嬉しいですよ」
ウィルフレッドの口から他者を思いやる言葉が出るようになったことが嬉しい。ウィルフレッドが外に目を向けるようになったことが嬉しい。
奇行は相変わらずだとしてもほんの少しだけ行動が読みやすくなるし、何よりきっとウィルフレッド自身が自分の行動を考える時の歯止めになり得るかもしれない。
「そっか……三ヶ月…いや、まずは六ヶ月頑張ってみる」
「素晴らしいですね。私も陛下のお気に召す侍従をご用意できるように努力しますよ」
「うん…ありがたいけど、まずは休んだ方が良いと思うよ」
「あああ!やっぱり育ってる!!!!」
ヴァージルはまたも両手で顔を覆って天を仰いだ。聞いただろうか。面倒ごとばかりヴァージルに押し付けるウィルフレッドがヴァージルに休めと言ったのだ。何という奇跡。むしろいつもなら休みの日でも構わず呼ぶくらいなのに。
「僕の誕生記念祭は何とかするからフレッドの立太子には間に合わせてよね。フレッド、責任を感じちゃうから」
「もちろんですよ。お爺ちゃんとしては孫の雄姿はしっかりと見ないと…」
「ああ、そうだね。血のつながったじじいより僕も宰相の方に見て欲しいな」
「光栄ですが、複雑ですね」
「うん、大丈夫。ちゃんと血がつながった方も呼ぶから」
ウィルフレッドの顔から表情が抜け落ちた。無表情ではなく、無。ウィルフレッドに先王陛下と王太后の話は禁句なのだ。
「あー…妃殿下とライオネル殿下は…?」
「大丈夫。接触させる気はないから」
「念のために配置の再確認をしておきますね」
頷いたヴァージルに、無だったウィルフレッドに表情が戻り困ったように眉が下がった。
「うん、ありがたいけど休んでね。何かこれ以上ここにいると休んでくれなそうだから今日は帰るね」
「ええ。あ!妃殿下が探してると思いますよ!」
「え、セシリアが?いつ?」
「陛下がいらっしゃる少し前にせっきょ…見舞いに来て下さって。陛下の所へ行くと言って戻られたんですよ」
「あー…ひとりで来ちゃったから誰もここにいるって知らないんだよね」
「内宮の厨房が知ってますよ」
「あ、そうだった。とにかく僕は戻るね」
「はい。真っ直ぐ戻られてくださいね」
「さすがにしばらくは大人しくしてるよ」
「せめて私が動けるようになるまではよろしくお願いしますね」
ヴァージルが笑顔で釘をさすと、ウィルフレッドはいつも通り穏やかに微笑んで頷いた。
「うん、早く良くなってよね」
「ええ、ありがとうございます」
「うん、じゃあね」
「はい」
足取りも軽く扉を出て行ったウィルフレッドを見送ると、ヴァージルはぽふりと積まれた枕に背中を預けた。
「あー……育ってるなぁ……」
変わることは無いだろうと思われていたウィルフレッドだったが、確実に変わっている。しかも良い方に。
「あー……うん。でもちょっと無理しすぎたかも……」
喜ばしいことなのだが目が覚めてすぐに王妃と国王の見舞いは重かったらしい。胃が痛い。割と、それなりに。
寝台横に置かれていた棚から頓服薬を取ると大量の水で飲みこみ、ヴァージルはごろりと横になった。
「あー……痛いー。でも良い夢見れそー」
もうひと眠りすればきっと愛しのアナベルも到着するだろう。
今日はもう誰も来ませんように…そう静かに祈りつつヴァージルは横向きにお腹を抱えて目を閉じた。




