45.宰相、復帰する(終)
最終話です。
結局、ヴァージルの療養は予定していた二週間よりも少し長く、ライオネル希望の一ヶ月よりは少し短く三週間で終了となった。
たまにはもっと長く休んでいろと多方面から言われたのだが、荷物を取りに行って覗いた宰相室の部下たちの顔が倒れた時のヴァージルと大差ない土気色に見えたので早々に復帰をすることにした。
「閣下……!!休んでくださいって言いたいけどお待ちしてました……!!」
今の宰相室では一番の古株である補佐官が目の下を真っ黒にして滂沱の涙を流したのはつい、三日前のことだ。
とはいえ、この三週間の間は本当にウィルフレッドは問題をほぼ起こしていなかった。起きそうな様子はあったようだがウィルフレッドが意図しない問題だったりセシリアとライオネルで事前になんとかできる程度だったようだ。
報告書の山を処理しながら、ヴァージルは感慨深く何度も何度も頷いた。
「でもね、ベンジャミン君」
「なんでしょう、閣下。レオのおやつがあるので手短にお願いします」
「うん、今日もぶれないね!?」
ヴァージルは復帰直後でありオリヴィアとローレンスの件も含めて大変だろうからと、根回しの手伝いということでライオネルがベンジャミンを貸し出してくれているのだがそこはベンジャミン。仕事はしてくれるがライオネルの午前と午後の茶の時間には絶対に王弟執務室に帰っていく。もちろんその後はまた宰相室に来てくれるのだが。
宰相室には現在、ヴァージルとベンジャミンのふたりのみ。宰相室の面々にはひとりずつ休みを取らせているのと、出勤の者には『ベンジャミンの』一存で小休憩を取らせている。ちょうど話があるので良いのだが。
「で、何でしょう?」
するりと、ヴァージルの手元に湯気の上がるカップが置かれる。何だかんだでヴァージルの茶の準備もさらりとやってくれるのが心憎い。
「ありがと、君の淹れるお茶ってほんと、美味しいよねぇ…」
「光栄です。それで?」
「うん……あー、うん。何だろうな。これが僕だけに冷たいんなら凹むんだけど、君、ライオネル殿下にもそれだもんねぇ」
「優しい私に対応されたいですか?」
「いやだ。それ、絶対嫌われてるもん」
「いえ、嫌っているというよりどうでもいい?」
「余計にいや……」
「はい、で、何です。いい加減続きをどうぞ」
自分にも茶を用意すると、ベンジャミンは手近な椅子を執務机の前に持って来て流れるように座った。
初めてライオネルが「俺の従者」とベンジャミンを連れて来た時にはこれほど頼りになるとは思ってもみなかった。当時のベンジャミンはこう……ぱっとしないと言うか、垢が抜けないと言うか、フェネリーだから使えないことはないだろうけど何で突然に従者?官吏じゃないの?と内心疑問符が沢山飛んだものだった。
まぁ、中身は今も昔も変わらずベンジャミン。そんな第一印象など三日も経たずに吹き飛んだが。
「ああ、うん。えっとね。何て言うかさ、陛下、問題起こしてないじゃない?」
「ええ。さすがに陛下も思うところがおありだったのでしょう。生誕記念夜会での徹底ぶりは中々見物でいらっしゃいましたよ」
「言い方不敬だけどすっごい気になるね!?」
「ええ。ダレルさんが詳しいですよ。逆に頭を抱えていましたので」
「う、ん、後で聞いてみようかなぁ……?あ、それでね」
「はい」
「これだけ陛下が何もしてないのに僕がいないと回らないようじゃ弱いじゃない?だから宰相室にはちょっと、梃入れって言うか再教育が必要かなって……」
「…………………………ふぅ」
「何でため息つくの!?」
思わず乗り出したヴァージルをちらりと見ると、ベンジャミンがもう一度「ふぅ」とため息を吐いてから真顔で背筋を正した。
「閣下はもう少し、御自身を正当に評価なさるのがよろしいと思いますよ」
「うん?どういう意味?」
「たとえばですが……」
「うん?」
「レオが抜けて陛下の周囲が回らなくなったら、周囲が駄目なんだ!って閣下は言います?」
「言わないでしょ。無理だもん、普通の人には」
「そういうことですよ」
「どういうこと?」
今度は「はぁ…」とため息を吐いてベンジャミンが呆れたようにヴァージルを見た。
「あのですね、閣下。教育云々の前に人を増やすことをお勧めします」
「え?どうして?」
「そもそも、閣下が働き過ぎなんですよ。お陰で国は回りますが閣下が休まないせいで周囲も休めない。休めないから頭が冴えない。冴えないから能率が落ちる。誰もが閣下のように馬車馬の如く働けるわけじゃ無いんです。閣下もレオや陛下や王妃殿下と同じ…『普通の人』じゃないんですよ。抜ければそれは回らなくなります。私たち『普通の人』をあなた方と同じ感覚で考えないでください」
「君は絶対違うでしょ!?」
ヴァージルは目を剝いたがベンジャミンは澄ました顔でカップを傾けている。
「それは良いんです」
「良いんだ、いや良くないよね!?」
「はい、ともかく」
言い募るヴァージルなどどこ吹く風で、ベンジャミンは茶を飲み干すと小さく口角を上げた。
「剣術大会が終われば登用試験が始まります。新人を宰相室に入れるわけにはいきませんから各部署でめぼしい人員には目を付けておかれると良いでしょう。慎重に選ばなくてはいけませんが、それがひいてはオリヴィア殿下のためにもなります。各部署の後釜は新人で良い」
「ん-………まぁ、そうだねぇ。今回のことでかなり無理させちゃったからねぇ…。増員は真面目に考えるよ」
「そうしてください。私もあまりレオから離れたくないので」
「そこが本音だよね!?」
ふふふ、とおかしそうに笑うとベンジャミンは立ち上がりヴァージルのカップにおかわりを注いだ。
「では行きますね。また後程戻ります」
「うー……何かこう、納得いかないけど分かったよ」
「しばらくはお手伝いしますから。ご安心ください」
「うん、ありがとね」
ベンジャミンは自分のカップを下げ盆に置くと扉へと向かい、ふと、思い出したように振り返った。
「そうだ閣下」
「うん?どうしたの?」
「剣術大会ですが……たぶんアニーが暴走します」
「へ?」
「それと、例の第二騎士団への嫌がらせと同時に動いていた帝国の件、少し動きがあるかもしれません」
「は!?」
「帝国に関してはまだ私の勘の域を出ませんが…アニーはほぼ確定なので、よろしくお願いしますね」
「え、待って?よろしくって何!?」
「では、レオのおやつの時間なので。失礼します」
「待って!いや、待ってるから!!ちゃんと説明してね!?」
それでは、とにっこりととても良い笑顔を残して扉を出て行ったベンジャミンを追い掛けるように、宰相室から「絶対だよ~~~!?」と大きな声が廊下まで響いていた。
王宮は今日も平和で、けれどやっぱり少しだけ…いや、だいぶ不穏だった。
ヴァージルの胃痛が無くなる日はまだ先になりそうだ。
今回も少々長めとなりました。
このシリーズについては長くないものを書ける気がしなくなってきました…。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
リアクション、評価等、本当にありがとうございます!
また次のお話でもお会いできれば幸いです。




