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胃痛持ち宰相閣下の後継者探しと胃薬について  作者: あいの あお


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44.盾になる

 倒れてから十八日。予定よりも長くなってしまったが帰宅が許されヴァージルはアナベルと共に一度ドラモンド公爵家のタウンハウスへと戻った。

 アナベルは王宮図書館が大変名残惜しかったようだが、王妃セシリアの「その許可証、永久保証よ」とのひと言でヴァージルですらそうそう見ることのできない満面の笑みになっていた。悔しい。


 家に帰れば普段はどこにいるのか分からないローレンスが若干背を丸めながらも玄関で使用人たちと共に迎えてくれたが、その最初のひと言でヴァージルの口がぱっかりと開いた。


「父上、母上、結婚します」

「え!?もう見合いしたの!?」

「はい。薔薇が見苦しくなる前にと、言いました」


 確かに言っていた。言っていたが、その話をしてからまだ一週間足らずだ。ふらふらしているローレンスは問題ないだろうがしっかり公務をこなしているオリヴィアはそれほど暇ではない。

 しかもローレンスが王宮に行くならまだしもオリヴィアにドラモンドのタウンハウスへ来てもらうとなれば警備の関係もあるし調整にはそれなりの時間が必要なはずだ。


「大丈夫だったの…?」

「セシリアが調整しました。非公式訪問ですし護衛はレオと側近で」

「そうきたか!!」


 王妃が調整するなら動かせない予定などない。ライオネルが友人であるローレンスを訪問するなら周囲から見ても何の不思議も無いし特に根回しも要らない。護衛はジェサイアで十分だし、そもそも下手な騎士よりライオネルの方が強い。

 そこにオリヴィアが乗っかってくればいいだけ。見事なくらい最短で最善だ。


 それは良いのだが、せめて家主であるヴァージルにくらい言っておいて欲しかったところだ。

 ちらりとアナベルを見ればアナベルはまったく驚いていない。「知ってたの?」と問えば、とても良い笑顔で「もちろんです」と頷かれた。アナベルが知っているなら良し、だ。

 恐らくヴァージルが騒がないように胃を悪化させないように配慮されたのだろう。たぶん。


「オリヴィアがまず大公として立つか最初から別で新しく家を興すか…そのあたりはフレデリック殿下の立太子までにある程度は決められればと」

「そこまで話が…ていうか、え、もう呼び捨てなの?」

「オリヴィアが、そう呼べと」

「それで素直に呼ぶ君もすごいよ、ローレンス」

「ウィルはウィルで、セシリアはセシリアで、レオはレオですから」

「ああ、そうだね。その並びなら普通だね……そういえばうちの子、公子様だったね」

「父上は公爵ですね」

「うん、そうだったね……」


 誰も彼も仕事が早い。ヴァージルが遠い目になりかけていると、アナベルがそっとヴァージルの手を取った。


「入りましょう。詳しいお話は中で」

「うん、そうだね。立ち話をする内容じゃないね」

「あの」


 アナベルの手を取り中へ入ろうとするとローレンスに呼び止められた。


「うん?どうしたの?」

「すいません、夜でも良いですか?」

「え、良いけど。何々?」

「王宮へ行ってきます。オリヴィアに呼ばれたので」

「今から!?」


 よく見ればいつもの汚れても良いシャツとトラウザーズではなく、華美ではないがしっかりと外出着を着こんでいる。髪に櫛も通っているし無精ひげも無い。


「はい。父上が帰ってくるのを見届けたら来いと」

「あ、一応出迎えの時間は配慮してくれたんだね」

「はい。ちゃんとおかえりと言えと……あ、おかえりなさいませ、父上、母上」

「うん、ただいまローレンス」

「ふふふ、戻ったわ、ローレンス」


 ヴァージルは苦笑した。八つも年下の未来の婚約者にすでにしっかりと尻に敷かれているようだ。だからこそのローレンスなわけだが。


「徐々にだけど、明後日には僕も復帰だから。そしたら本格的に進めるよ」

「はい、よろしくお願いします」


 小さく頭を下げたローレンスに、ヴァージルはもう一度だけ聞いた。


「良いんだね?ローレンス」


 じっと、ローレンスの翡翠の瞳を見つめれば、ローレンスもしっかりとヴァージルの目を見て頷いた。


「僕はもう、失うわけにはいかないんです」

「………うん。そうだね」


 視線をそらさないローレンスにヴァージルは笑った。そうでなければ泣いてしまいそうだ。

 元々それほど感情を表に出す子供ではなかったが、十一年前のあの日から、いつも俯いて、目が合っているようで合わなくて、気が付けばぼんやりとどこか遠くを見ていた息子。ドラモンド公爵家を継ぐには心が弱すぎる息子。


「行っておいで、ローレンス。君は君らしく、盾になりなさい」


 ヴァージルも同じだ。怖くて、選べなくて、だからいつも目を背けて逃げ回って、手遅れになってからやっと気づく。気づいても腹を決めても全然駄目で、盾なのに槍や剣が降ってきたらヴァージルひとりでは守れない。せいぜい、雨の日に傘になるのが精いっぱいだ。

 それでもヴァージルに守れたものがあるのだから、ローレンスにも必ず守れるものがある。アナベルの血も引いているのだ。きっとヴァージルより、ずっと大きくて強い盾になれる。


「行ってきます、父上、母上」


 頷いたローレンスの表情を見てヴァージルは目をまんまるにして息を飲んだ。


「っ、ああ、行っておいで」

「行ってらっしゃい、ローレンス」


 照れくさそうに眉を下げて扉を出て行くローレンスの後姿を見送り、ヴァージルはアナベルの肩を引き寄せた。


「うちの子、あんな顔で笑えるんだねぇ……」

「小さいときからあまり表情の変わらない子でしたけど…これからはもう少し、笑うかもしれませんね。公子としての作り笑顔ではなく」


 時間は決して全てを良いようには変えてくれない。けれど時間と共に良い方へ変わっていくこともまたある。


「そうだねぇ…」


 ヴァージルが噛みしめるように呟くと、アナベルがヴァージルの手を握る手に少しだけ力を入れて「お茶にしましょう」と微笑んだ。


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