43.胃薬
「もうよろしいでしょう。しばらくはまだ消化に良いものを召し上がっていただきますがこの薬湯は今日までで結構です。いやぁ、良く頑張られましたね」
緊急会議が開かれてから三日目。にこやかに笑う国王専属侍医アルジャーノンから、最後の薬湯が手渡される。今日も何とも言えないどことなく生臭いにおいにどろっとした見た目が食欲を減退させる。
「あー…長かったなぁ。あの人来なかったら飲まなくて済んだのになぁ」
「それは無いでしょう。どちらにしろ少なくとも三回は飲んでいただく予定でしたよ」
「あれ、そうなの!?」
「ええ。貴重な品なのでそうそう使わないのですが…折良くと申しますか、まとまった量が手に入りましたからね」
「へぇ……これ、そんな凄いのが入ってるのかぁ……」
最後だと思うと名残惜し…くは全く無いが何となくまじまじと見てしまう。いや、見なければ良かったと後悔しながらヴァージルは薬湯を一気に呷った。鼻に抜けるにおいが生臭く、そして青臭い。しびれるほど苦いよりはましだがそれにしても、だ。
「今日も素晴らしい勢いですね。こちらをどうぞ」
「あー……うん、どうも。この口直しのお茶が無かったらさすがに苦行だけどまぁ、最後だしねぇ」
「ええ。薬湯は最後ですね」
「あ、今度は別の何かがあるんだ」
「ええ。今後は薬湯ではなく丸薬になります。ですので飲み口は多少ましだと思いますよ」
「飲むのに失敗すると悶絶しそうだねぇ。丸薬にもその貴重なのが入ってるの?」
「ええ。一匹分、全て閣下に使うようにと指示されていますので」
「………一匹分?」
「ええ。小さい方ですけどね」
「小さい……方?」
ふと、ヴァージルの脳裏を銀色の何かが過る。そういえば最近、希少な薬の材料が王宮にもたらされたのでは無かったか。しかも、二匹。
今日もアルジャーノンの後ろに控えている医務官をちらりと見れば、心から同情するような視線と目が合った。いつもならヴァージルを嘲笑うかしかめ面になるかどや顔をするかどれかなのに。
「なるほど……いやぁ、新鮮なものが入るのは珍しいって聞きますよねぇ……?」
「ええ、そうなのですよ。しかも年を重ねた大型の個体ですので効能も高い。滋養強壮にも良いですからね。そのままでは刺激が強いので薬湯にしておりましたが閣下の消耗したお体を回復させるには実に良い薬です。丸ごと一匹分を閣下のために、とは……いやはや、閣下は愛されていらっしゃいますね」
にこにこと機嫌良さそうに「小さな邸なら建ちますよ」と笑うアルジャーノンにヴァージルは力無くへらりと笑った。
一応、ヴァージルの夕飯にも出たのだ。弾力のある魚の白身のようで添えられたハーブソースと良く合い美味しくいただいた。身は。
「肝かぁ……」
「肝ですね、生肝とまではいきませんでしたが。薬湯は半生です」
「なるほど、半生………」
フレデリックたちが冒険に出て遭遇し、ライオネルたちが仕留めた銀大蛇。ヴァージルも解体されて王宮の裏へ運ばれたものは見たが、まさかこのような形でまたも再会することになるとは思ってもみなかった。
「劣化が早いのでお飲みになる分だけ処方いたします。一匹分が無くなるまでは処方しますので、都度、数日分ずつお渡ししますね。必要が無くなればまた必要になるときまで王宮でしっかりと保存させていただきます」
「それはそれは……お手数をおかけします……」
「しっかり飲んでしっかり療養してくださいね。閣下の胃痛は我々王宮の医療関係者にとって永遠の懸念事項ですから」
「そうだよねぇ……お手数をおかけします……」
お手数をおかけします、としか言いようがない。国でも屈指のはずの王宮勤めの医者が治せないなど、それこそ本当は国内外に示しがつかないだろう。ヴァージルとしても申し訳なくは思うのだが、こればっかりはどうしようもない。
「閣下は我慢をし過ぎなのですよ」
飲み終わった口直しのカップを回収し、アルジャーノンが眉を下げた。
「そのつもりも無いんだけどねぇ」
「無いことが問題なのですよ」
聞き分けのない子供を諭すようにアルジャーノンが笑った。
「我慢強い方であることは分かっております。ですが……お気づきでしょう?あなたの『子どもたち』が今回のことでどれほど心を痛めたのか。あなたの子どもたちのためにも、どうかご自愛なさってください」
「あー……それを言われちゃうと弱いよねぇ……」
ヴァージルの手を握り涙したセシリアを思う。汗を流すほど急いでやってきてくれたライオネルを思う。ヴァージルが居なくなるのは嫌だと言ったウィルフレッドを思う。そういえば、グレアムは扉に思いっきりぶつかっていた気がするが大丈夫だったのだろうか。
ダレルも、ハリエットも、もちろんローレンスも、他にも幾人も。ヴァージルが守ろうと…盾になろうと決めた彼らの世代はいつの間にか頼もしい大人になった。
それでもまだ、ヴァージルを必要としてくれている。ヴァージルはまだ、本当の意味で倒れるわけにはいかないと今回のことで思い知った。
「うーん、あれだ。僕、あと十年は隠居できないんで。アルジャーノン殿も隠居は諦めてくださいねぇ」
「おや、私も巻き添えですか。ですがそれも、楽しいかもしれませんね。まだまだ弟子の育成も先が長そうですし」
ちらりと医務官の顔を見れば、不服そうな顔をしているのかと思いきや意外にもきゅっと唇を噛みしめて神妙な顔をしている。
彼もまたヴァージルが盾になろうと決めた世代と同じくらいだろう。小憎らしくはあるが、国王専属侍医の後継として育てられるくらいの矜持は持っているようだ。
「骨が折れるよねぇ。楽しみだけど」
「ええ。先は長そうです。楽しみですが」
倒れたあの日はそのまま死ぬかと思ったが、気が付けば長そうでいて過ぎればきっと長くはないだろう先行きに良き友人ができた。
窓辺で外を眺めていたアナベルを見ると、視線に気づいたアナベルがにこりと、笑って頷いた。




