41.緊急招集 4
「………あー……そうですね。上位貴族は少なくとも三分の一は何らかの働きかけが必要です。五大公爵家については……ドラモンド公爵家は閣下ですから問題なし。イーグルトン公爵家とフェアフィールド公爵家はまずは反対せず中立で様子を見て下さると思います。順当に考えればティンバーレイク公爵家とブラッドフォード公爵家が障害になるかと」
「うち?」
「ええ。今のオリヴィア殿下では将来性を鑑みたとしても人望も経験もまだまだ天秤の傾きが足りません。たとえ王妃殿下が良しとしても『王国の天秤』は血で動きませんからね。複数いる候補のひとり、ならまだしも後継指名となると弱いでしょう」
「そうね……。そこはローレンスとの婚姻で何とかならないかしら?」
「公子様がドラモンド公爵家の継嗣であればまた違ったでしょうがそれもありません。芸術面での名と財は十分ですが、社交でも政治でも表舞台に立つことがありませんでしたのでそちらの実績が全く足りません」
「ブラッドフォードは?」
「ブラッドフォード公爵家は先代次第、でしょう。先代公爵は今でもブラッドフォード公爵家の一番の権力者でいらっしゃいます。あの通りの方ですからオリヴィア殿下の若さと女性であることを嫌がるでしょう。先代はオリヴィア殿下のおじい様でいらっしゃいますが…血縁だからこそ、厳しいはずです……って、私が言わなくても分かっておられますよね」
ベンジャミンが半目になってため息を吐いた。
もちろん、分かっている。伯爵家の令息でしかなく本人も子爵位しか持たないベンジャミンが知ることのできる情報であれば当然ヴァージルも分かっているしセシリアも分かっている。本来なら、だが。
「一応ね、あなたの見解を聞いておきたいじゃない?」
「私の知れる範囲などとうにご存知でしょう」
「無いわね」
「ありませんね」
「お前の情報網、謎だからなぁ……」
ベンジャミンの情報網は本当に謎だ。ライオネルの側近であり深いところまで知っていることは納得できる。だが、同じ情報を得るにしてもあまりに速度が速いのだ。そして精度も高い。王家の影や草が追い付けないなど、本来であればあり得ない。
以前、不思議に思ってライオネルにも聞いてみたのだがライオネルも良く知らないという。いわく、あいつがどこで何をしようと俺にとって良くないことは絶対にしないから放置してる、らしい。ライオネルの笑顔が眩しかった。
「あの……」
「何かしら、ハリエット」
「申し訳ありません、どうしても気になってしまって。オリヴィア殿下はどこまでご存知なのでしょう?」
「どこまで、というと?」
「その……ローレンス様の、………薔薇の、名前ですとか」
ハリエットがどことなく悲しそうに視線を下げた。
ローレンスが最も大切にする薔薇。ローレンスの『薔薇と結婚している』が冗談にならない理由。その真実を知るのは国でも一握りだ。けれど、今ここにいる者は皆知っている。
「そこも、ちゃんと話すと思うよ。不器用な子だからねぇ…誤魔化すとか黙ってるとか、できないからねぇ、うちの長男」
「そう、ですか………」
祈るように、ハリエットがぎゅっと両手を組んで目を閉じた。
「大丈夫よ、ハリエット。オリヴィアはレオに良く似てるから」
「おい待て。どういう意味だよ」
「そういう意味よ」
「答えになってねえぞ」
むっとしたように眉間を寄せて腕を組んだライオネルが、何かを思い出したようにぱっと表情を変えた。
「あー、そうだな。まぁ、ティンバーレイクは大丈夫だと思うぞ」
「あらレオ、何かあるの?」
「ああ。あー……ベンジャミン」
「私が説明するんですか?」
「頼む」
すっと、ライオネルが目を逸らした。これはまた何かやらかしたのだなと思いセシリアを見ると、セシリアも何かを察したらしく若干、目を細めている。ベンジャミンは苦笑すると「そうですね」と頷いた。
「レオと隣国…宝石の国の王太子殿下が懇意なのはご存知ですね?」
「ええ、知ってるわ。かなり仲良しよね」
宝石の国とはベルトルトの国の通称だ。国土は大変に小さいのに様々な宝石が産出されることでそう呼ばれている。
国際交流ということでライオネルとは何度か会っており、政治に関わらない個人的なやり取りがあることはヴァージルも知っている。
「はい。実は昨日、お手紙が参りまして」
「レオ個人に?」
「はい。えー……『国王主催剣術大会が見たいから弟の未来の花嫁はこちらまで挨拶に来させなくて良いよ。俺がそっちに行くから。よろしくな!』とのことで………」
「………宰相」
「はい」
「胃は無事?」
「すいません、どうしようかな。頓服飲んじゃう?」
まさかの、とんでもない内容の手紙だった。よろしくな!とは何と言う軽さだろう。やはり類は友を呼ぶのかもしれない。
「ねえ、レオ。なぜその内容が国じゃなくて個人に来るのかしら?」
「あー……一応、国にも来る予定だ、非公式のやつ」
「急すぎるでしょ!?剣術大会まで一ヶ月もないわよ!?こちらとしても色々準備をしてしまってるのに!」
「一応お忍び予定だからそんなに準備はいらないぞ?」
「そういう問題じゃないのよ!」
「だが少なくとも、モニカが行かずに済む」
「それはそうだけど……」
学園の夏休み、つまり一ヶ月後の剣術大会の頃にモニカと共に行く予定にしていた非公式な使節団の編成などもすでに進んでいる。日程も本決まりになり、宿などの手配も進めているところだったのだ。
「まぁ…せっかくなので、来賓としてお呼びします…?」
「今更が過ぎるのよ……」
元々剣術大会のせいで王都の警備の強化が必要であり、そちらに人員がかなり必要なのでモニカの隣国訪問には少しばかり不安はあったのだ。行かなくて済むのなら無理に人員を裂く必要もなく、それに越したことは無い。
そもそも絶対に顔合わせが必要かと言えばそうではない。ベルトルトが急遽こちらに留学することが決まったために、それならばと均衡を図るために公式訪問ではなく個人的な訪問として設定したものだ。
場所も隣国との国境の予定であったのがこの国の王都になり、個人的な訪問がお忍び訪問になるだけだ。いや、だいぶ違うが。




