40.緊急招集 3
そうこうしている内にハリエットがワゴンを引いてやって来た。「大変お待たせいたしました」と淑女の笑みで入って来たハリエットはぎぃ、と鳴るドアをちらりと見ると「庁番が歪んでる…工具…足りないわね」と隠しポケットに手を添えて呟いた。
「お手伝いします、ハリエットさん」
「ありがとうございます、ベンジャミンさん」
ハリエットの手からワゴンを受け取るとベンジャミンが部屋の中まで運び入れた。そのまま並んで茶と菓子の用意を始める。
赤の髪と赤褐色の髪。同じ、青灰の瞳。色彩以外全く容姿が似ていないふたりのメイウェザーをそれぞれの主たちが何も言わずにじっと見つめている。先に口を開いたのはセシリアだった。
「ハリエット。六人分よ」
「あとおふたりは遅れていらっしゃるご予定ですか?」
「いや、お前とベンジャミンだろ?」
「え?」
驚いたように手を止めたハリエットの前に当然のように六つのカップが用意された。
「名指しでここに呼ばれた時点で逃げられませんよ、ハリエットさん」
「え……お茶の準備と聞いて来たんですが……?」
「途中で指示が変わったでしょう?」
「ええ、そうですが……」
困惑したように眉を下げたハリエットはそれでも茶の準備を再開した。ベンジャミンは菓子をテーブルに並べていく。
「閣下はこちらです。この程度なら良いと侍医にも確認済みです」
「ああ、厨房で渡されたそのミルクゼリー、ベンジャミンさんの手配だったんですね」
「え、ベンジャミン君、いつ用意したの?」
「さて、いつでしょう」
セシリアに謁見の申し込みをしたのは今朝だ。ライオネルを呼ぼうとなったのは朝食後だ。ゼリーはそんなに簡単に用意できるものだっただろうか。
にこりと微笑んだベンジャミンにヴァージルはうすら寒いものを感じたが、ヴァージルは「ありがとね」と、またもへらりと笑っておいた。
渋るハリエットとベンジャミンを無理やり席に着かせたところでセシリアが「さて」とひとつ手を叩いた。
「話してちょうだい。詳しく」
「そうですね。昨日の夜会中に、オリヴィア様がいらっしゃいました。要件は結婚相手の選定と僕の後任として宰相を継ぐこと。そのために僕の下で学びたい、という要請でした」
「そう……それで求婚状につながるわけね」
「待て待て待て、何だ求婚状って。話が見えねえぞ」
「今朝、宰相から謁見依頼を貰ったのよ。ちょうど少し空きがあったから朝食後に来たんだけど、求婚状の準備が間に合わなかったって言われたのよ」
「誰へのだよ」
「オリヴィアに決まってるでしょう」
「誰からだ?」
「ローレンスよ」
「却下だ」
「なんで!?」
ヴァージルの叫びと共にばっと全員がライオネルを見ると、ライオネルは何とも言えない顔で目を逸らした。
「いや、却下っつうか……あー……大丈夫、なのか?」
ライオネルが苦虫を噛みつぶしたような顔で首を撫でた。
「えーっと、どの辺ですかね?」
「いやもう……全体的にだな。主にローレンスの心情」
「見合いの設定はローレンス自身でやるそうですよ」
「まじか…………」
ライオネルはじっと茶のカップを見つめると、おもむろに掴んで一気に飲み干した。そうしてカップをソーサーに戻すとため息を吐いた。
「オリヴィアも、良いんだな?」
「ええ。宰相の後任はオリヴィア様の希望ですし、オリヴィア様もローレンスが嫌でないのなら、と」
「ローレンスは嫌がらなかったんだな?」
「ライオネル殿下が反対しないなら、と」
「俺か」
「はい、ライオネル殿下」
「あいつら自身が嫌じゃねえなら俺が反対する理由がねえだろうが。何で俺次第なんだよ…」
ライオネルが口元を引きつらせながらソファの背もたれにどさりともたれると、セシリアが首を傾げた。
「あら、皆同じこと言うわよ。レオ次第って。ハリエットだって気になったでしょ?」
「そうですね。そもそも婚姻の意志が無かったですが、万が一結婚するなら私もライ…オネル殿下が伴侶を決めた後かと思っていました」
「そうよねぇ」
「何でだよ、おい」
いつの間にか立ち上がっていたベンジャミンがライオネルのカップに茶のおかわりを注いでいる。
「ベンジャミンだってそうでしょう?」
「私はレオ様の従者ですので最優先はレオ様です。レオ様がどうあれ女性とのご縁を繋ぐ気がありませんね」
茶のポットを置くとベンジャミンがソファに戻った。
ベンジャミンをじっと目で追いながら非常に難しい顔をしていたセシリアが小さくため息を吐いて首を横に振った。
「ベンジャミン、ごめんなさい。実はあなたの口から『レオ様』って聞くの気持ち悪いのよね。ハリエットもいつも通りで良いのよ。ふたりとも、自由な発言を許可するわ」
「気持ち悪い………」
「あの…ルイザ様には……」
「あら、いけない。夫人、こんな感じだけど許してね?」
「ふふふ、存じておりますので問題ありません」
アナベルは笑いながら頷くと、微妙な顔をしている赤髪の侍女と赤褐色の髪の従者にも頷いた。
「まぁ、そうね。そういうわけだから。良いわよね?レオ」
「反対するところがねえよ。あー……本当に、大丈夫、なんだよな?」
「ええ。あの子自身がオリヴィア様の盾になると、自分で選びました。婚姻はまぁ、どうなるかはこれからですけどね」
「そうか……ローレンスが………そうか………」
ヴァージルが頷くと、ライオネルの眉が下がり嬉しそうな、切なそうな、何とも言えない笑顔になった。
「と、いうことでよ」
ぱちり、と仕切り直すようにセシリアが手を叩いた。
「ベンジャミン、敵はどれくらいいそう?」
「おや、それを私に聞かれるのですか?」
「だいたい把握してるでしょう?」
「まさか。私が王妃殿下や宰相閣下より詳しいところを存じているわけが」
「で?どれくらい?」
にっこりと笑って言葉を遮ったセシリアに、ベンジャミンは苦虫を噛んだように顔を顰めている。顰めたままでライオネルをちらりと見たが、ライオネルが苦笑しながらも頷いたのでベンジャミンはため息をついて諦めたように頷いた。




