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胃痛持ち宰相閣下の後継者探しと胃薬について  作者: あいの あお


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30/42

30.王妹オリヴィア 1

 グローリアの来訪から二日後。

 少しだけ開いた窓からは王宮楽団の奏でるワルツの音が遠くに聞こえている。


「ごめんね、アナ。顔だけはちゃんと出すつもりだったんだけど余計なのが来たせいで悪化したからって顔出しまで却下されちゃった」

「出ればまた面倒ごとばかり押し付けられるのですから今くらいはしっかり休んでください」

「そうなんだけどねー、ローレンスに任せておくと社交って言葉の意味が分からなくなっちゃうからさ」

「ニールを領から動かすわけにはいきませんからね。自由を許している分たまにはローレンスにも役に立ってもらえば良いのです」


 淡々と言ったアナベルにヴァージルは「そうなんだけどねぇ…」とへらりと笑った。


 今日は国王ウィルフレッドの誕生記念夜会が開かれている。

 あのウィルフレッドが昼間にふらりとやって来て「今日は僕、ファーストダンス以外は玉座に座って笑ってるだけにするから寝てて良いよ」とだけ言って去って行った。


「まさか陛下よりローレンスの心配する日が来るとは思ってなかった………」

「そうですね。無いと思っていましたけど…本当に変わられたんですね、陛下は」

「僕、全然気づいてなかったけどねー……」


 まだ紅茶やアルコールなどの刺激のあるものの許可は下りないが、一部のハーブティーなどは許されるようになった。今はカモミールティーを飲みつつ流れて来る音楽にアナベルとふたりで耳を傾けていたところだ。

 ヴァージルは特に社交が好きなわけでは無いが、アナベルのエスコートとダンスは至福なので夜会は嫌いではない。


 とはいえ、本来であれば長子ローレンスのエスコートで公爵夫人であるアナベルを参加させるべきなのだが、妻大好きなヴァージルの胃が悪化する可能性を考慮して満場一致でそれは無くなった。

 王宮主催の公式行事でありローレンスひとりで参加させるわけにはいかないので、外務部所属の夫が国外出張中の姪…つまりローレンスの従妹が伴侶も婚約者も恋人もいないローレンスの相手役を務めてくれている。


 こういうのんびりした時間も悪くないとアナベルの手を取りつつ上機嫌で目を閉じていると、とととん、と扉が叩かれる音がした。


「あれ?誰か来る予定あった?」

「いえ、今日は夜会ですから特に…夜会に参加した方が寄ってくださったのかしら?」


 先ぶれさえない訪問に、不思議そうに首を傾げながらアナベルが扉の外に声を掛けると意外な人物の返事があった。

 驚いたように数度瞬いたアナベルが扉を開けると、するりと、豪奢なドレスに身を包んだ美しい妙齢の女性が部屋に滑り込んできた。


「宰相……どう?」


 王妹オリヴィア。国王ウィルフレッドと王弟ライオネルの少し年の離れた妹。紫眼を持つとして王位継承権も持っているが、こうして目の前にいるオリヴィアは蜜色の髪に赤の瞳だ。薄っすらと、紫を感じないことも無い、くらい。


「おや、オリヴィア様……もうだいぶ良いですよ。今日も夜会には挨拶の時だけでも顔を出そうと思っていたのにさっぱりと許してもらえなくて」


 今のところは家にも帰れませんよ~とヴァージルがへらりと笑いつつため息を吐くと、隣に控えていたアナベルが困ったように笑った。


「あなたのだいぶ良いは信用ならないものね。夫人も…ごめんなさいね、王宮に詰めさせることになってしまったわ」

「どうかお気になさらずに。禁第一区画までの王宮図書館の使用無制限だなんて、私にとってはむしろここは楽園ですわ」

「ああ、そう言えば夫人は本がとてもお好きだったわね」

「はい、夫にお願いしても忙しいだのなんだの中々許可を取ってくれませんでしたから……」


 美しいアナベルをヴァージルが共にいない時に衆目にさらしたくなかったのが八割、アナベルのこぶしが唸るかもしれない心配二割だ。

 どんな状況でも絶対にアナベルに非が無いことは分かっている。そうではなく、これ以上アナベルの非公式ファンが増えることがヴァージルとしては問題なのだ。

 なので、このように恨めしそうに流し目を送られてもヴァージルはへらりと笑って誤魔化すことしかできない。


「それは良かったわ。でも、ご子息たちは心配しているのではなくて?」

「どちらもすでに成人しておりますし次男夫妻は領地へ守りとして残しております。ローレンスは今日の夜会に出ていたはずなのですが…お会いになりませんでしたか?」

「ローレンス、来ていたの?私も色々煩わしくて始めのウィル兄様の挨拶以外逃げ回っていたから分からないのよね」

「まぁ……また追いかけられましたか」

「対象外の方ばかりで困るわね」


 肩を竦めたオリヴィアを見てアナベルが笑みを深くした。


「そうですわ。私、図書館で借りたい本があったのです。オリヴィア様、しばらく夫をお願いしてもよろしいですか?」

「ええ、もちろん。ゆっくり選んできて。一時間くらいならここに居られるように調整してきたから。図書館の大扉は閉まっている時間だけど、許可札があれば大扉前の回廊を先に進んだ庭園側の扉からは入れるわ」

「まぁ、そうでしたのね」

「第一の騎士をふたり外で待たせているから、ひとり連れて行ってちょうだい。夫人に何かあれば宰相がどうなるか分からないわ。……言っとくけど、女騎士よ、宰相」

「お気遣い痛み入ります」

「あはは、ばれました?」


 呆れたように半目でヴァージルを見たオリヴィアにヴァージルはまたへらりと笑って見せた。愛するアナベルも間違いなく呆れ顔だが、気にしない。


「それでは行ってまいります」

「ええ」

「十~~~~分に、気を付けてくださいねアナ!」

「…………」


 アナベルはオリヴィアににこりと笑って軽く膝を折り、ヴァージルを振り返ることなく侍女を伴って部屋を後にした。


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