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胃痛持ち宰相閣下の後継者探しと胃薬について  作者: あいの あお


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25.先王チャールズ 5

「い、た、いいいいいいいいいいい!」


 八つ当たりのようにヴァージルが大きな声を出すと、かちゃりと、先王が出て行ったのとは違う場所から音が鳴った。


「あなた」


 隣室との続き扉からアナベルが入って来た。それでも起き上がる気にならないヴァージルには、アナベルの表情も見えない。


「疲れた」

「ええ、そうですね」


 目元を片手で抑えたままむっつりと唇を尖らせると、アナベルが笑う気配がした。そのまま衣擦れの音と共にアナベルが寝台横の椅子に近づいて来たことに気づき、ヴァージルは「あ!」と、がばりと起き上がった。


「あなた?」

「駄目です、アナ!こんなばっちぃ椅子に座っては!!待っててください。今、綺麗に払いますからね!!」

「あなた……」


 脂汗を流しながらばふばふと椅子を払い始めたヴァージルを見てアナベルが何とも言えない顔でため息を吐いた。


「お医者様をお呼びしましょうね」

「うん、お願い。ちょっとね、結構痛い」

「ちょっとなのか結構なのか分かりませんね」


 寝台横の呼び出し紐を引けば、ヴァージルがばふばふと椅子を払っている間にメイドがひとりやって来た。アナベルに医者の手配を頼まれ、ちらりとヴァージルを見ると目を見開いて慌てたように部屋を出て行った。


「アナ、僕、そんなに酷いです?」

「そうね……生きていて良かったです」

「そんなに!?」


 確かに胃は酷く痛むし頭は痛むし何なら心も痛むし脂汗も止まらないがヴァージルは普通に会話ができる程度だ。


「あなたの我慢強さは知っていたつもりでしたけど……。仕方がないこととはいえ、さすがに私も我慢の限界でしたよ」

「う……だから図書館に行っておいでって言ったのに」

「嫌です。あの方とあなたをふたり切りで置いて行くなんて。……今日も一発、引っ叩いてやれれば良かったのに」


 ぎゅっと唇を噛みしめたアナベルに、若かりし頃のアナベルの面影を見る。

 浮気者の婚約者に暴言を吐かれて泣いてしまった令嬢を庇い、相手の男を思い切り引っ叩いたのも今はもう良い思い出…と、言い切れない程度にはアナベルは今も色々やっている。実力行使の仕方と相手が変わっただけだ。


「そうだね…でも先王陛下は君に引っ叩かれても理解できなかった人だからねぇ…」

「こぶしにすれば良かったですね」

「そこはね、ほら。まぁ……うん。一応、不敬だからね?」

「不問にされているのが私が間違っていなかった証拠です」

「アナ~……僕の胃が余計に痛くなるから」

「あら、良くやったとは言ってくださらないの?」

「内心は拍手喝采だけどね?」


 誰もが内心で拍手喝采をした。お陰で、アナベルは今ヴァージルの妻として隣にいる。そしてかつて泣いてしまった令嬢は……王太后フェリシアではない。


 そんな昔の思い出におかしいやら痛いやらでへらへらとしていると、外からばたばたと大きな足音が複数響いてきて、こここん!っと少々乱暴に叩かれた扉が返事も待たずにがちゃりと開いた。


「え、何でセシリア様」

「ごめんなさい、宰相!本当にごめんなさい!」

「ちょ、待って、待ってください!何で泣いてるんですか!?」

「ごめんなさい……ぅー……」


 部屋に飛び込んできたセシリアは周りの目も気にせずにぼろぼろと涙をこぼしながらヴァージルの寝台の横、アナベルの足元にぺしゃりと座り込んでヴァージルの手を握った。


「あーっと、アナ!!じゃない!そこの侍医見習い!!王妃殿下に椅子をお持ちして!!」

「え、あ、はい!?」


 セシリアの後ろから入って来た、繰り広げられるあまりの事態に呆然としていた国王専属侍医アルジャーノンとその後ろに控えていたいつもの医務官をヴァージルがばっと見ると、医務官が大慌てで寝台の反対側にあった椅子を持ち上げて運んだ。割と大きな椅子なのだが…意外と力持ちなのか火事場の馬鹿力というやつか。


 アナベルがそっとセシリアの手を取ると自分が座っていた椅子にセシリアを座らせ、自分は医務官が持って来た椅子に座り直した。


「宰相…死なないで……!」


 ぐずぐずと鼻を鳴らしながらヴァージルの手を握るセシリアに思わずアナベルと目を見合わせるとアナベルが困ったように微笑んだ。ヴァージルの顔色は相当よろしく無いらしい。


「えーっと、王妃殿下。御覧の通り息もしてますししゃべってますし息もしていますよ?」


 ヴァージル自身が思いのほか慌てているようで同じことを二度言った気がするが、可愛い子供のひとりに目の前で泣かれるのは非常に困る。どうして良いのかヴァージルにはさっぱりと分からない。

 へらりと笑ったヴァージルに、アルジャーノンが呆れたように「お飲みください」とどろりとしたどどめ色の少々生臭い液体の入ったカップを差し出した。


「え、毒です?ついに?」

「毒も薬です。良いからどうぞ」

「怒らないでアルジャーノン。今日のは私が悪いのよ」

「いやいやいや、王妃殿下のせいじゃないですよ!?」

「どちらでも良いので、飲んでください」


 呆れたように笑うアルジャーノンからカップを受け取ると、ヴァージルは迷わず思い切りカップを煽った。


「………迷いませんね」

「迷うと進めなくなるんで避けられないことは勢いが一番です」

「なるほど、深いですな」


 くつくつと楽しそうに笑いながら空になったカップを受け取ると、アルジャーノンは代わりに湯気の上がる別のカップをヴァージルに手渡した。


「口直しです、どうぞ」

「あー、沁みますー……」


 どろどろの液体も大して味自体は酷くなかったのだが、あの地獄のような時間の後では口直しの蜂蜜入りの薬草茶が妙に沁みた。


「宰相……」


 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら見守っていたセシリアが、ヴァージルが茶を飲み終わるのを待って声を上げた。


「はいはい、どうされました、王妃殿下」

「ごめんなさい、こちらの返事の手紙と同時に王都に入ったみたいで…根回しをする時間が無かったの」

「待たせちゃっても良かったんじゃないです?」

「ウィルにばれたら何が起こるか分からないじゃない」

「王妃殿下が泣きながらこの部屋に入ったなんて話が上がったらそれこそ大問題ですよ」

「そこはルイザが何とかするもの」


 ちらりと壁際を見れば、セシリアの専属侍女でありダレルの婚約者であるハリエットが赤の眉を下げて苦笑いをしていた。


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