23.先王チャールズ 3
ふぅ、とヴァージルは小さくひとつ息を吐いた。頓服薬を飲みたいところだが先王の前で弱いところを見せるのはヴァージルの矜持が許さない。心配など、絶対にされたくない。
じくじくと強い痛みを訴える胃を『良いから耐えろ』と心の内で一喝し、ヴァージルは大きく息を吸い込むと、深く、深くため息を吐いた。
「はぁぁぁぁ………あんた本当に、何しに来たんですか。ぐちゃぐちゃにするだけしといてさっさとぽっくり逝ったイタチじじいの代わりに私の胃痛を冷やかしにでも来たんですか?それともそろそろ宰相引けって言いに来た?お生憎様、私に代わってあの子たちを支える素晴らしい人材を探してる真っ最中ですぅ~」
嫌味たらしく唇を尖らせて伸ばしてやる。探している最中と言っている時点でさっぱり前進していないと宣言してしまっているわけだがそんなことはどうでも良い。ヴァージルが引く気も無ければ先王たちを今も認めないという気持ちが伝わればそれで良いのだ。
せっかく落ち着いていたはずの胃が悲鳴を上げ続けている。これは間違いなく後で侍医に怒られるだろう。だが原因を作ったのはセシリアだ、説教は受け付けない。と言うか、ヴァージルはそこまでたぶん耐えられない。
「………謝りに来た」
先王は俯いてぽそぽそと言い訳がましく言った。膝の上で組んだ手指を手遊びをする子供のようにせわしなく動かし、その手をじっと見つめたまま視線を上げようともしない。
「何を」
「やり方を、間違えたことを」
「誰に」
「ウィルフレッドと、ライオネルと、セシリアと……お前に」
「だけですか?」
「多すぎて、誰に謝れば良いか分からん」
「だったら謝罪なんぞいらないです」
冷や汗というより脂汗がヴァージルの額から流れ落ちていくが、額に手を当てて聞いていられないと首を横に振るふりをして、ヴァージルは額の汗をぬぐった。
「あんた、楽になりたいだけでしょう。謝って許されたいだけでしょう。さっきも言いましたけどね、謝られても許せませんし許す気もありません。許すかどうか決めるのはこちらです。分かってます?」
「分かっては、いる。だが…そうだな。それでも、許されたいんだと思う」
「無理ですね」
「それも、分かってる」
「じゃ、何です」
「……………フェリシアが、もう、長くない」
「……へぇ~」
素っ気なく、興味もなさそうに適当な返事を返したがヴァージルは内心、ひどく動じた。
ヴァージルは先王より年下だ。そしてそのヴァージルより、王太后フェリシアは更に年下…まだ五十代前半のはずだ。
「何だってまた」
「なぜ、だろうな」
俯いたまま、先王は「はは…」と乾いた笑い声をあげた。
ヴァージル達は先王と王太后を半幽閉している、それは間違いない。だが王都への…特に王宮への立ち入りは厳しく制限しているがそれ以外は報告さえあれば特に規制していないし、王宮に居た頃と遜色ないとは言わないが、決して不便を感じるような生活はさせていない。
先王たちの行いは公には秘匿されているため強く制限を掛けることが難しいこともあるのだが。
「許されないのは分かっている。ただ……一度でも良い、最期に、あの子たちの顔を少しでも見せてやれればと、思った」
どこか諦めたように首を横に振り笑った先王に、ヴァージルはちっ、とはっきりと分かるように舌打ちをした。
「それでセシリア様に手紙を書いて僕の所に来るのがほんと、いやらしいですよねぇ。ライオネル殿下の所に直接行かなかったのだけは褒めて差し上げますが」
「………使えるものは使うだけだ」
「使われる気はさらさら無いですよ」
万が一先王がヴァージルの元に来る前にライオネルとの接触をはかろうとしていたなら…ウィルフレッドは今度こそ黙っていなかっただろう。
連絡手段は手紙以外は許していない。どんな手紙がセシリアに届いたかは病床にあったヴァージルには分からないが、セシリアにこの男と直接やりとりをさせるよりはここでヴァージルが胃痛を耐える方がずっと良い。
「ご自身でウィルフレッド陛下と話すことです。たとえセシリア様やライオネル殿下が是と言ってもウィルフレッド陛下が許さなければどなたとも面会はありえません。いつも通り挨拶や報告の手紙で終わりです」
「分かっている」
「どうだか」
ヴァージルは今も傷を抱えたまま、それでも前へ進もうともがき続ける可愛い子供たちを思い、そうしてため息を吐いた。
「なんだかんだであのふたりは今も昔も甘いですからね…腹立たしい。何も悪くないのに今でもずっと自分を責めている。分かります?だからこそ僕がいるんですよ。僕は一切協力しませんし大いに止めます。あんたらがまともに反省もしてないのに会わせてやる必要は無い。あんた、あの子たちを殺しかけたって、ちゃんと理解してます?」
「そのつもりは」
「無かったとしてもそうなるかもしれないことくらいは理解できたでしょう。それすら分かんないくらいの阿保でしたか、あんたら」
心も、体も。文字通り彼らは失いかけた。幸い体は五体満足で今も残っているが、大きく損ねた心は十一年経った今も完全に癒えることは無い。
「そんなつもりじゃ無かった、なんて言って良いのはせいぜい下位貴族くらいまでです。高位の者がその言葉を使ったら、簡単に人は死ぬし戦争は起こるし下手すりゃ国が亡びます。あんたら王族でしょ?無責任にもほどがあるんですよ」
「分かって…」
「分かってたんならあんたら何やってんです」
「………」
また俯き、黙ってしまった先王にヴァージルは疲れたようにぼふり、と正していた背を後ろの枕の山に預けた。
「陛下」
「ああ」
「陛下が、フェリシア様に負い目があるのは分かります。どれもこれも結局、あんたの浅くて軽い頭と下半身のせいですけどね?」
「返す言葉もない」
「そこは身体的接触は無かったとか、言い訳しても良いんですよ」
「身体的な接触が有ろうと無かろうと、あの頃の私が彼女を追い詰めたのは事実だ」
「はぁ……何だろうな。ちょっと疲れたんでもう良いですかね?」
「………っ、すまない」
大量の枕に埋もれたまま目元を片手で覆ったヴァージルを見て先王もヴァージルが病人であることを思い出したのだろう。
慌てたような声と共にがたりと、椅子が鳴った。




