21.先王チャールズ 1
見舞いも嬉しい見舞いと嬉しくない見舞いがあり、ライオネルやフレデリックの来訪は非常に嬉しいわけだが、当然、嬉しくない見舞いもある。
見舞いと言うかそれ仕事の話だよね?という来訪もあれば、完全な冷やかしなんかもある。そういう見舞いは王妃セシリアからゆっくりするよう言われているのでと早々に退出願うわけだが…。
追い返すわけにもいかず、さりとて全く嬉しくない見舞い、というのもやはり稀にある。
ヴァージルが倒れてから六日目。午前の茶の時間を過ぎた頃、セシリアの侍女長ルイザが先ぶれとしてやってきた。何とも言えない顔をした完璧な淑女ことルイザにおや、珍しいな?と思ったが、来訪者を聞いてヴァージルも何とも言えない顔になった。
ルイザに是と応えて十分ほど、その人物は控えめなノックの音と共にヴァージルの部屋へとやって来た。もちろん、アナベルは隣室に下がらせた。色々な理由で。
「まさかあなたがいらっしゃるとは思いませんでしたよ――――先王陛下」
ヴァージルは寝台の上で真っ直ぐに背を伸ばして先王を迎えた。本来であれば寝台から降りて恭しく迎えるべき相手ではあるがあえて頭を下げることもしなかった。
そう言えば現国王ウィルフレッドも寝台の上でだらりと迎えたのだったが、あれは目が覚めたばかりだったから仕方がない、ということにしておきたい。
「宰相。久しいな」
「ええ、お久しぶりでございます。……よく、国王陛下が許しましたね」
「ああ、セシリアの口添えだよ」
「なるほど………。陛下、大変申し訳ないのですが、王妃殿下とお呼び願えますか?お名前を口にしないでいただきたい」
口角だけを少し上げ淡々と言ったヴァージルに、先王チャールズは苦く笑った。
「ああ、すまない。王妃の口添えだ」
「そうですか。あなたが直接なさったことではありませんが……申し訳ありません、私はあの子たちが可愛いので」
「分かっている。すまない」
不敬だと怒っても良いはずなのに、先王は寝台から数歩離れた場所で立ち止まり素直に謝った。そのまま困ったように、どこか諦めたように微笑む先王に「ここ、どうぞ」と寝台横の椅子を勧めるとヴァージルはため息を吐きむっつりと唇を尖らせた。
「はー、謝らなくて結構です。どうやっても許せないですので。僕の胃痛が悪化したらどうしてくださるのです」
「倒れるほど頑張らなくても良かったのだぞ」
「頑張るに決まってるでしょうが。可愛い彼らがどんな思いでここまで来たと思ってるんです。誰のせいで頑張らなくてはいけなかったと思ってるんです」
「我々、大人のせいだな」
「そうですよ、私と陛下を含めたジジイどものせいです。もっと違う形で渡してあげたかったのに……まだ十年近くは猶予をあげられたはずだったのに……」
現国王ウィルフレッドが王位を継いだのは七年前、まだ二十七歳であり、王妃セシリアもまだ二十五歳だった。先王は十年前に病を得て療養をしていたが三年経っても回復の見込みが無いので退位しウィルフレッドが若くしてその後を継いだ…ということになっているが、実際は王太后ともども離宮へ半幽閉だ。
本来であれば年齢的にもちょうど今年。王子フレデリックの立太子と共にウィルフレッドへ王位を譲るのが正しい道筋だった。
「そうだな…私はあの頃、守るべきものを間違えていたのだろうな」
「守るべきは正しくご存知だったのにご自分たちの欲求を優先しただけでしょう」
「そうか…もう十一年になるのに、いまだに私は理解ができていないのだな」
「できないでしょう。あなたは自分たちが間違ったなんてこれっぽっちも思ってないんだから」
「手厳しいな」
はは、と困ったように笑うと先王は前かがみになって両肘を膝について俯き、そうして一度目を閉じるとウィルフレッドに良く似た顔だけをヴァージルに向けた。
「どうだろう、お前の目から見てウィルフレッドは…」
「見ての通りですよ」
「難しいことを言う。私たちの耳にも目にも何も入らないようにしているのはお前やウィルフレッドだろう」
現在、先王と王太后は王都から馬車で三時間ほどの場所にある離宮で暮らしている。決して不自由するようなことはないだろうが、離宮にもたらされる情報は規制しているし外出や来客も監視している。セシリアとライオネルがではなく、ヴァージルと国王が、だ。あのふたりは表に見えている顔よりもどちらもずっと、優しすぎる。
優しくないヴァージルは当然だが宮中のことを話してやる必要は無いと思っているが、今回の件についてはむしろ一泡吹かせるには教えてやる方が良い。
ヴァージルはひとつ肩を竦めると、ヴァージルを見上げる先王の青みがかった紫の瞳を見下ろし、鼻で笑った。
「相変わらずの滅茶苦茶ですよ。暴走するわ脱走するわ気分で御璽押さないわ良く考えずに御璽押すわ…。分かってましたが滅茶苦茶です。相変わらず周りの人間にも国にも興味ありませんし」
「そう、か………それでもお前は私たちが間違っていたと?」
「ええ、断言します。あなたたちの間違いだったと。あの子たちの望む未来は今にある」
「望む未来、か」
「ええ、望む未来です」
噛みしめるように言って視線を逸らしまた俯いた先王を見つめ、ヴァージルは小さくため息を吐いた。
「………ウィルフレッド陛下が、見舞いに来ましたよ」
「見舞いに?あの子が?何と引き換えに?」
「ただの見舞いです。私がいなくなるのが嫌だと思ったんだそうです」
「は………どういうことだ?」
ヴァージルの言葉に先王がかばりと体を起こした。困惑したように瞳を揺らす先王に、ヴァージルは表情を変えず淡々と続けた。ヴァージルもあの時は先王と似たような心境ではあったが、それを伝えてやる義理は無い。
「妻が嬉しいと私が嬉しいだろうからと、妻に内宮の菓子職人が焼いた焼き菓子が届けられました。『宰相をよろしく』と直筆のカード付きで」
「誰の差し金だ?」
「ウィルフレッド陛下御自身の意志です」
「………は、まさか」
今度は先王が鼻で笑った。あのウィルフレッドがそんなことをするはずがない…そういう笑いだ。話に聞くだけならきっとヴァージルも同じ反応をしたかもしれない。だがこれはヴァージルが直接聞いて直接体験したこと、間違いはない。それに、だ。
「ああ、そうそう。陛下が脱走しました」
「小耳には挟んだよ」
「原因は聞きましたか?」
「いや、詳しくは聞いていないな。情報が入らないのもあるが…あの子が脱走するのは今に始まったことではないだろう」
肩を竦めた先王に、ヴァージルはにやりと、口の端を上げた。存分に困惑すれば良い。聞いて驚け。
「ええ、そうですね。ですが今回は御身が危ないかもしれないと心配で…『フレデリック殿下の』元へ駆け付けたんです」
「ほう………王妃でも、ライオネルでも無くか?」
「ええ、フレデリック第一王子殿下です」
「なぜだ?」
「ですから、心配で」
「あり得ないだろう!?」
「今のウィルフレッド陛下ならあり得るんですよ」
「今のウィルフレッド、なら、だと?」
「そうです。今のウィルフレッド陛下なら、です」
愕然とした顔でヴァージルを見つめる先王に、ヴァージルは胸を張り勝ち誇ったようににっこりと大変良い顔で笑った。




