19.王太子フレデリック 1
贅沢を言うようだが、見舞いも嬉しい見舞いと嬉しくない見舞いがある。
ヴァージルにとって可愛い我が子にも等しいライオネルたちの来訪は嬉しいが、もっと嬉しいのは孫にも等しいフレデリック第一王子殿下の来訪だ。
「すまない、宰相。きっととても心配を掛けてしまったのだな…」
しょんぼりと肩を落とす九歳の王子殿下は実に愛らしい。このくらいの頃の王弟ライオネルも思わず二度見をするほど美しく愛らしかったが、それとはまた違う愛らしさだ。
ちなみに、フレデリックと色彩以外良く似た国王ウィルフレッドはこの頃にはすでに…いや違う。出会った頃にはすでに愛らしさなど欠片も無かった。生まれつき無かったとも言えるわけだが。
「殿下のせいではありませんよ。もちろんとても心配しましたが…我が国の王族の男性が無茶をするのは今に始まったことではありませんからね」
ヴァージルがにっこりと笑って見せればフレデリックは更に辛そうに眉を下げ背を丸めてしまった。
「う…王族が代々本当にすまない……」
確かに今回は肝が冷えた。どうせライオネルが何とかするだろうとたかを括っていたが、何とも引きの強いことに保護対象級の大型の銀大蛇とばっちり出会うとは。しかも二匹。
いかなライオネルでも三十メートル級ではさすがに手こずったかと思ったが、第一騎士団のジャック・タイラー曰く行動開始から対象の沈黙まで三分もかかっていないと言う。
冗談かと思ったが、リンドグレン侯爵令息もスペンサー侯爵令息もライオネルたちが森を出てから銀大蛇が倒れるまで一分もかかっていなかったと言う。
いくら王国屈指の剣士である護衛のジェサイア・オルムステッドのとふたりだったとは言え正直、異常だ。目撃者全員の証言がほぼ数分だった、で一致したのを聞いた時、ヴァージルは顔に出さずに心底引いた。
それと同時に、そうならねば生き抜けなかったライオネルたちの過去を思いこっそり泣きそうになった。
「宰相、痛むか?」
あの頃を思い出し眉根にしわが寄ってしまっていたようだ。視線を落としたヴァージルを覗き込み、フレデリックが心配そうに眉を下げた。
「いいえ、もうほとんど痛まないのですよ。ただ、まだ普通の食事がとれないのと定期的に医者にかからないといけないのでお休みをさせていただいているだけなんですよ」
「そうなのか?とても辛そうな顔をしていた」
「あー、殿下たちが全員五体満足で帰って来てくださって本当に良かったなと、思っていたんですよ」
「そうか……本当にすまない。僕はいつも間違えてばかりだな」
しょんぼりと肩を落とすフレデリックにヴァージルは笑った。後ろに控えるグレアムが微笑むばかりで何も言わないのでヴァージルもあえて強くは言わないが、こんなにも王族が謝ってはこちらの立つ瀬がないというものだ。
「殿下、謝罪は受け取りますがあまり謝るのは感心しませんよ」
「うっ、そうだな、すまな……いや、気を付ける」
「ははは、はい。そうしてください。私も妻も恐縮してしまいますよ」
「すま……あー………夫人、来てくれて本当にありがとう」
「まぁ…ふふふ。わたくしの方こそ丁寧なお手紙とお花を本当にありがとうございました。お気遣いに感謝申し上げます」
フレデリックが座るのとは寝台を挟んで反対側の椅子に座っていたアナベルが立ち上がると微笑み、片手を胸に当てて軽くカーテシーをした。
「ああ。あなたと同じアナベルという花なんだ。その……花言葉は『ひたむきな愛情』らしい。宰相がいつもあなたに会いたがっているのがとても申し訳なくて……」
「ふふふ、夫はとても幸せでございますね。こんなにも王子殿下に思っていただけているのですもの」
「いや、思うだけでは駄目なんだ。僕はもっと見る目を養い知恵をつけなければ」
「殿下は努力家でいらっしゃるのですね」
「そうありたいと、願っているところだ」
にっこりと微笑んだアナベルに、フレデリックは照れくさそうに目元を染めて微笑んだ。
これがライオネルたちだったらヴァージルも「きー!」っとなるところなのだが、フレデリックだとほっこりと心が温かくなるから不思議なものだ。年齢だろうか。
昨日ライオネルが持って来てくれた調書は確認した。第一騎士団所属の騎士が幼馴染の文官から頼まれフレデリックとの接点を持てるように取り計らっていたらしい。
文官には悪意があったわけではなく単にフレデリックの側近のひとりとして取り立てられることを夢見ていただけだったが、これが悪意のある者や、それこそあと数年もして下心のある令嬢だったりしたらどうなっていたか。
文官の方はまったく王宮勤めに向いていないということで実家の家業を手伝うよう促し自主的に退官させて自領に帰らせたが騎士の方はそうはいかない。
王族の予定を漏らすなど完全な背信行為であり、下手をすれば命にかかわる事態に陥っただろうことから家に厳重注意と過料を課し、本人は騎士爵をはく奪の上王都への出入りを禁ずる…予定だったらしいが、ライオネルが待ったをかけた。
この騎士は第一騎士団の騎士であり少々目に余る行動もあったが、たとえ金品を差し出されても誰彼構わずフレデリックに近づけたわけでは無いことも調べで分かっている。
幼馴染のために背信行為を犯しはしたが王族に対する忠誠は確かなようで、フレデリックに近づけてはまずい相手はむしろ自分の悪評で釣って実家の権力でこっそり排除していたらしい。幼馴染のことさえなければある意味で惜しい人材だったとも言える。
『こいつは使いようだな。こってりと絞った上でカーティスに使わせる』
調書に書き足された走り書きを見た時ヴァージルは半笑いになった。どんな使われ方をするのか……残念だが、相手が悪かったと観念して欲しい。第一騎士団副団長補佐カーティス・ラトリッジにすれば良い迷惑だろうが、そちらもライオネルの信頼を勝ち得てしまっているのだから仕方が無い。
「殿下」
「うん、なんだ宰相」
「楽しかったですか?」
ヴァージルがにっこりと笑うとフレデリックは「え?」と大きく目を見開き、ぱちくりと瞬きを繰り返すとふわりと、頬を染めて嬉しそうに笑った。
「ああ、怖かったし、痛かったし、色々思うところはあったが………全てにおいて、とても楽しかった」
「それはよろしゅうございました。これからもたまには羽目を外しても良いのですよ」
「だが、その度に宰相が倒れると思うと……」
「そうそう倒れはいたしませんよ。しっかりと治して殿下の立太子を見守らねばなりませんから」
「そうだな、僕の立太子の儀には必ず出席して欲しい。宰相は間違いなく父上の御代を守る大切なひとりだからな。次代である僕たちのこともどうか見守って欲しい」
「もったいないお言葉です」
きゅっと唇を引き結び真剣な顔でヴァージルを見て頷いたフレデリックにヴァージルの目尻が溶けたかと思うほど下がった。ちらりとアナベルを振り返ればアナベルもまた嬉しそうに眦を下げている。
「あの…宰相」
「なんでございましょう?」
「その……あのな?」
言いにくそうに口ごもり、何度も後ろに立つグレアムを振り返るフレデリックにヴァージルは首を傾げた。もしや、すでに次の羽目を外す計画が持ち上がっているのだろうか。
それはそれで構わないが、できればヴァージルが復活するまでもう少し待って欲しい。そんな思いを込めてグレアムを見れば、違いますよとばかりにグレアムはふっと、楽しそうに口角を上げて肩を竦めた。




