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第20話 揺れる嘘――人の心を読む統合視

昨日の公開棚での対峙を経て、エルが初めて“自分の言葉が村を動かした”と実感する回です。

ステータスの成長、スキルの精度向上、リナとの温かいやり取り、

そして仲間たちと共に練り上げた作戦計画。


この章は戦闘はありませんが、

エルが“参謀”として村に根を下ろしていく描写をじっくり描きました。


次は川沿いの踏査――外輪の残党との正面衝突に備えた、最後の準備回です。

◆夜明けの村――紙に残った言葉、空気に残った熱


夜明けの光が屋根瓦を淡く洗い、露が石畳に細い線を描いていた。

昨日の騒ぎが嘘だったかのように、村は静かだ。けれどその静けさは、昨日までの濁った停滞とは違う。胸の奥で“次へ行く”合図のような熱が、薄く、長く、続いている。


支部の前で深く息を吸う。墨の匂い。木と紙の、乾いた匂い。

公開棚の三重封――縁は昨夜のまま。写しと名簿は上段で朝日を浴び、村の視線が今日もやわらかくそこに集まる。


(昨日の俺は“言った”。そして、言葉は紙に残った。

 残ったものは、動かせる。動かせるなら、前に行ける)


胸の内の歯車がひとつ噛み合う音がして、自然と深呼吸が長くなった。


◆ステータス――微細な伸び、確かな変化


意識を沈めると、淡い光が視野の端で帯になり、文字が滲むように立ち上がる。


【ステータス】

名前:エル・アナシスタ/年齢:10

称号:公開棚の参謀(仮)

スキル:

・《革新の書》Lv2 解析速度+5%、並列思考スロット+1、誤差推定の精度↑

・《過集中》Lv1 持続時間+微、反動(頭痛・吐き気)-微、クールダウン短縮

・《議場展開》Lv1 論点クラスタの自動生成、対立軸の可視タグ

・《真理の目》Lv1 発話意図の“濁り”検知感度↑、視線微動の追跡安定

・《縁紡ぎ》発動中 行商人マルコ:リンク安定/応答遅延低下


(数値で見ると“微々たる”伸びだ。でも、使い心地ははっきり違う。

 昨日は終わってから視界が暗くなった。今朝は、軽い)


背伸びをすると、背中で小さく骨が鳴った。十歳の体は軽い。軽いのに、覚悟だけがやけに重い。


◆糸鈴の朝点検――リナの手、揺れる金属音


裏庭の作業台で糸鈴を並べると、リナが手早くほどいては結び直す。

細い指が糸を摘むたび、金属が朝の光を集めて“カラン”と澄む。


「おはよう、エル。……昨日の、すごかったね」


「すごい、って評価は、まだ怖いな」

「怖くて正しいでしょ」リナは笑う。「昨日のあなた、怖いくらい落ち着いてた」

「膝は震えてたよ。外套の影が近づくたびに」

「震えながら前に出た。だからみんな、拍手した」


リナは結び目をぎゅっと締め、端を歯で軽く整えた。

「今日は川沿いだよね」

「別線の踏査。通り道を“路”ごと塞ぐ」

「帰ってきたら、鈴の音、また聞かせて」

「……約束する」


“約束”という言葉は、十歳の体だと、胸の真ん中でまっすぐ響いた。


◆“名前を書く”小さな教室――書かれる目、刻まれる証


広場の片隅。昨日、約束した“名前の書き方”を子どもたちに教える。

炭筆で土に線を引き、肩ごと動かすように文字の形をなぞる。


「こう。腕じゃなくて肩から」

「むずかしい!」

「難しいほど、残ったときに強い」


昨日、老婆が言っていた。“見守るのも手順”。

“見る目”を“書かれる目”にする――それを、子どもたちは遊びのように覚えていく。


(公開棚の鍵を村へ。名簿と時間で縛る。

 “見る”は武器じゃなく、盾だ――昨日の自分の結論は、やっぱり正しい)


指に黒い粉がつく。十歳の指は、汚れるのが早い。でも、気にならない。

どれもこれも“前へ進む汚れ”だから。


◆支部の現状整理――《議場展開》が描く透明な盤


臨検官、レオン、カリム。地図、墨、木釘、封用の紙片。

机に広げた瞬間、頭の中で《議場展開》がゆっくり次元を開いた。


——論点クラスタ:

【路の封鎖】/【人員配置】/【証拠化】/【敵の反応】/【代替ルートの検知】

——対立軸:

迅速性↔確実性/露出度↔秘匿/局所封鎖↔広域牽制


透明な盤上に小さな札が並び、糸のような光が相互を結ぶ。

(昨日より“絡まない”。考えるより先に、ほどける)


「封鎖地点は二箇所。倉の影と畦道の合流点、それから川筋の浅瀬」

「同時にやるなら鈴は最低五。高さ違いを三段、風向き補正を入れて七が理想だ」レオンが指で弾く。

「立会い三名は必須。俺と臨検官、それに第三者。……マルコに頼む」カリムが即答する。


「帳の狂いは? 重いはずの袋を軽くする案は生きてる」

「生きてる。計量台、こちらが“正しい軽さ”で先に狂わせる」

臨検官が筆を止め、短く言った。「狂った帳は正面へ出てくる」


《真理の目》が微かに反応する。

臨検官の声は、迷いがない――奥に硬い決意。

レオンの調子は、いつもより軽いけど“軽さ”は緊張の裏返し。

カリムの眼光は、過去の悔いで磨かれている。嘘がない。


(この盤は、俺ひとりじゃ作れない。だから、強い)


「決定。今日、踏査。日没前に仕掛け。夜明けに確認。

 公開棚には“踏査の出立と帰還時刻”を追記。鈴の音は……」

「私が鳴らす」扉の陰にいたリナが言った。「風の帯は、私の役目」


三人の視線が自然とリナに寄る。

《議場展開》の盤上で“風向・風帯”の札がリナの名に吸い寄せられ、そこだけ色が濃くなる。


(“適材がある”ときは、盤が勝手に最短を示す。……助かる)


◆《過集中》の再訓練――一秒の刃、余白の呼吸


裏庭、木杭を四本。糸鈴を三段。

足場を刻み、呼吸を数える。吸って四、止めて二、吐いて六。

《過集中》を“切りつける”みたいに短く起動してはすぐ切る、を繰り返した。


(一秒。世界が遅くなる。線が立つ。

 切る。余白。頭痛の波が来る前に呼吸で散らす)


額に汗。手足が軽く震える。でも、昨日より回復が早い。

“強くなった”ではない。“扱いが一歩うまくなった”。その違いが嬉しい。


「やり過ぎると吐くからね」いつの間にかリナが見ていた。

「見てたのか」

「見張ってたの。倒れたら担ぐから」

「担がれるのは、ちょっと格好がつかないな」

「倒れなければいいでしょ?」


笑って、もう一度だけ起動する。

一秒の刃。視界の端で光が裂け、“鈴の揺れ”と“風の帯”が重なる瞬間が静止画みたいに鮮明に見えた。

(……これなら、鈴の高さの誤差を“音”で補正できる)


切る。呼吸。まだ行ける。


◆“縁”の振動――遠くから届く荷車の音


《縁紡ぎ》の糸が胸の奥で微かに震え、指先が勝手に東の空を指す。

ほどなく、荷車の軋む音。マルコの商隊が小さな砂煙を上げて現れた。


「支部長! エル!」

マルコは大声で笑い、肩で息をしながら荷を降ろす。

「封用の紙と墨、それから鈴の予備だ。ついでに蜂蜜も」


「助かる。立会を頼みたい。夕刻、川沿い」

「もちろんだとも。昨日の拍手、俺も混ざりたかったくらいだ」


《真理の目》が、マルコの笑みに“濁り”がないことを知らせる。

ただの商売ではない。彼にとってもこれは、“返礼”だ。


「商路も守りたいんだ」マルコは小声で付け加えた。「輪が太ると、細い路が死ぬ」

「細い路は、村の血管だ。詰めさせない」


言ってから、自分でも驚いた。十歳の口から自然に出た比喩。

三十の思考と十の声が、たまにぴたりと重なる。


◆昼餉――強張りをほどく、塩と甘味


女将の店。

薄いスープに刻んだタマネギ、固い黒パン、蜂蜜を垂らした山羊乳。

“怖さを一回り小さくする甘さ”は、確かに理にかなっていた。


「昨日の言葉、紙に残ってよかったねぇ」

女将は湯気越しに目を細める。「紙は火で燃えちまうけど、記録は火より速く広がるからね」

「……紙より、目のほうが強いときもある」

「そうさ。誰かが見た、って言ってくれればね」


リナが山羊乳を飲み干し、口元を拭った。

「帰ってきたら、子どもたちの名前の“二文字目”ね」

「今日は曲線だから、昨日より難しいぞ」

「難しいほど、残ったときに強いんでしょ?」


言い返せずに笑う。

(こういう会話が、燃えやすい自分の心をゆるやかに冷ましてくれる)


◆臨検官の“重さ”――王都へ伸びる影の話


出立の前、臨検官が短く告げた。

「王都から“照会の照会”が来た。封に関して、だ。監督役は……たぶん、“報告を正しく書かない”方法を選ぶ」

「書かない記録は、紙よりタチが悪い」

「だから俺たちは“書く”。踏査の出立時刻、帰還時刻、立会、封の文言、鈴の設置位置。全部」


臨検官は少しだけ目を細めた。

「怖いか?」

「怖い。ちゃんと怖い」

「なら、量は測れる」


短いやりとりの中に、昨日と今日をつなぐ強度が育っていた。


◆作戦の肉付け――小さな失敗を、あらかじめ織り込む


倉の影――死角。畦道――踏み分け道。浅瀬――音が吸われる場所。

地図の上で線を引き、現地の風向と地形の粗さを“仮の誤差”として書き込む。


「鈴は三段。下段は子どもの胸。中段は青年の腰。上段は大人の肩」

「風で鳴る方向と、人が触れて鳴る方向。音色が違う」リナが鈴を揺らしてみせる。

「泥板を二枚。跡を拾う。足跡の深さで荷の重さが推測できる」

「足幅と歩調で三人分は割れる。昨日の“逆流”の袋をラベル替えで紛れ込ませる。……“帳”は必ず狂う」


俺は盤に、太字で一行を書いた。

【小さな失敗を織り込む】

「鈴は一つ、風で鳴りやすい角度に“わざとズラす”。敵が“雑”なら嬉しい誤検知。敵が“賢い”なら、ズレに気づいて近寄る」

「近寄ったところを、泥板で拾う」レオンの口角が上がる。「釣り針だな」

「釣り針を飲むか、避けるか。どっちに転んでも“記録”が残る」


《議場展開》の盤上で【露出度↔秘匿】の軸が、わずかに“露出寄り”へ傾く。

(怖い選択。でも、必要な選択)


◆《統合視》の伸び――“嘘の揺れ”は、風の波紋に似て


人の声。靴音。紙をめくる指の湿り。

《統合視》は、これらの“揺れ”を網にかけ、重さと温度で整える。

昨日は“嘘”が“濁り”として見えただけ。今朝は“波紋”の広がりで嘘の種類が薄く分かる。


(“怖がって言えない嘘”、 “隠して得をする嘘”、 “守るための嘘”――波紋の周径と速度が違う)


まだ荒い。けれど、昨日より一段深い層が見えている。

(王都の影は“守るための嘘”じゃない。波紋が硬い。止水に落ちる石みたいだ)


自分の中の怖さが、形を得ていく。形があれば、対処できる。


◆夕刻――出立のとき


荷を背負う。糸鈴、杭、泥板、封用の紙、墨。

小さな刃物。干し肉と水。蜂蜜はリナが小袋に分けてくれた。


「エル」

リナが走ってきて、俺の肩紐を一度だけ締め直す。

「重さ、左右で違ってた。こうすると、背中の真ん中に落ちる」

「助かる」

「帰ってきたら、鈴。……二回鳴らす。約束」


「約束」


手短な言葉で、長い意味を交わす。

“帰ってくる”は誓いだ。十歳の舌で誓いを言うのは、妙に照れくさい。でも気持ちがいい。


広間の前。臨検官が名簿に時間を記す。

「出立、刻の六。立会:臨検官・商人マルコ・村見張りリナ。参謀:エル・アナシスタ」

墨の点が紙の上で乾き、今日という日の端に黒い小さな楔が打たれる。


マルコが荷車の背で親指を立てる。「道は俺が知ってる。鈴の位置、風と相談しよう」

レオンが軽口を飛ばす。「怖くなったら蜂蜜を舐めろ。世界が甘く見える」

「甘くなりすぎないように見張るのが俺の役目だ」臨検官は口端だけで笑った。


(怖い。けど、今は怖さの奥が温かい。

 昨日の拍手がまだ、背中に残ってる)


村の東――川沿いへ。

空は青から橙へ、橙から群青へ。風は昼より重い。鈴の音は、夜に近いほどよく伸びる。


俺は背負い紐を握り直し、一歩、前に出た。


次回:「川沿い踏査――残党と罠の影」

第20話は、いわば物語の中間地点への助走でした。

昨日までの恐怖が“形”になり、エルがそれを言葉と行動で扱えるようになった。

ステータスウィンドウや議場展開の描写を強めることで、

読者にも「ちゃんと成長している」という実感を持ってもらえたはずです。


リナとの絆も少しずつ深まり、村の人たちも“エルが前に出ること”を当然として受け入れ始めています。

この変化が、次回以降の戦いや心理戦に重みを与える伏線になります。


次回はいよいよ川沿い踏査編――

敵との初めての知略勝負と、仕掛けた罠がどう機能するかをお楽しみに!

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