第14話 古堂の取引――三重の輪と取次役
第14話は、村の古堂での取引シーンを中心に描きました。
初めて登場した“取次役”レオンが、王都の裏流通と貴族の影をはっきりと匂わせます。
エルの直球の質問と、レオンの冷たい警告。静かなやり取りの中に、強烈な緊張を入れました。
夜を越えた朝。村の空気はどこか張りつめていた。
扉を開けると、昨日までの沈黙とは違い、農具を担いだ男や水を汲む女たちの姿がある。
だが――彼らの視線は、俺たちを素通りしない。ちらりと一瞥し、すぐに逸らす。
(……見ている。だが“関わりたくない”目だ。村全体が、何かを恐れている)
「古堂は村の中央、井戸のすぐ横だ」商人カリムが案内しながら、声を低くする。
「今日の取引には、王都の“取次役”が来るはずだ。奴がいれば、盗賊や昨夜の影の意味もはっきりする」
村の中央に立つ古堂は、灰色の石で作られた簡素な建物だった。
祈りの場であり、村の倉庫でもある。
だが今日は、扉の前に二人の見張りが立ち、腰に剣を差していた。村人には似つかわしくない、王都風の武装だ。
「……武装した見張り?」リナが小声で言う。
「あれは村の人間じゃない。動きが軍のそれだ」俺は観察する。
立ち姿、視線の配り方、剣の角度――王都で訓練を受けた兵士と同じだ。
扉が開き、中へ通される。
古堂の中は薄暗く、燭台の炎がわずかに石壁を照らしている。
中央に置かれた長机の向こうに、二人の人物が座っていた。
一人は村長。髭を蓄えた白髪の老人で、目を伏せたまま落ち着かない手を組んでいる。
もう一人――。
「遠路ご苦労」
そう言った男は、三十代ほどの壮年。
黒の外套に金糸の刺繍を施した服。腰には細身の剣、胸元には王都の紋章を模した銀の飾り。
目は笑っているが、その奥には冷たさが潜んでいた。
「私はレオン・ド・カルト。王都から派遣された“取次役”だ。今日の品の受け渡しを確認させてもらう」
村長が慌てて頭を下げる。
「お、お頼み申し上げます」
カリムが荷車から樽と袋を運び込み、机の上に並べる。
蓋を開けると、乾いた草の香りが漂った。薬草を乾燥させたものだ。
レオンは白手袋をはめた手で、草を一つまみ取り、鼻に近づける。
「確かに。質は良いな」
彼はうっすら笑い、懐から小さな印を取り出した。
――三重の輪。
昨日、俺たちに差し込まれた紙片と同じ印。
(やはり……これが“裏の商流”の証。公的な組合印ではなく、王都の一部商家が独占のために使う標だ)
「代価は王都を通じて支払われる。……ただし、村が余計なことをせぬ限り、だ」
レオンの声は柔らかかったが、その言葉には刃が含まれていた。
村長は怯えたように肩をすくめる。
俺は一歩前に出た。
「質問をしても?」
レオンの視線が俺に移る。
「ほう……十歳の小僧が護衛に? だが目が子どものものではないな。いいだろう。言ってみろ」
「なぜ組合印を使わず、この印で流通させるのですか」
堂内の空気が一瞬で凍った。
村長が蒼白になり、カリムが咄嗟に俺の袖を掴む。
「エル!」
レオンは笑みを崩さなかった。
だがその笑みは、薄氷のように冷たい。
「……護衛風情が、随分と突っ込んだことを聞くな」
「護衛だからこそ知る必要がある。命を賭けて守る荷が、何を意味するのかを」
リナが横で短剣の柄に指をかけた。
緊張が走る。
レオンはやがて笑い、椅子に深くもたれた。
「ふむ……理屈は悪くない。だが答えは簡単だ。この印の下にある品は、“表に出してはならぬ”と決まっている。それだけのことだ」
「表に出せば困る人間がいる――そういうことですね」
「……坊主、頭が回りすぎるな」
レオンの瞳が鋭く光った。
「だが口は慎め。王都には“余計なことを知りすぎた者”を処理する仕組みがある」
その言葉は警告であり、脅しだった。
だが、確信も得た。
(王都の裏商流。古参冒険者の視線。盗賊の偵察。……全てが“この輪”に繋がっている)
その時、外から村人の叫び声が響いた。
「火だ! 東の柵だ!」
レオンは眉をひそめ、立ち上がる。
「……話は終わりだ。護衛の小僧、次は余計な口を開かぬことだ」
燭台の火が揺れ、三重の輪の印が赤く照らされた。
俺は拳を握り、唇を固く結ぶ。
(必ず、この輪を断ち切る――いつか必ず)
次回:「炎の村外れ――盗賊の再襲撃」
お読みいただきありがとうございます!
この回で「三重の輪=裏流通標」が確定し、王都と村の関係が一気に現実味を帯びてきました。
次回は東の柵から火が上がり、盗賊が再び登場します。戦闘と陰謀が重なる“動の回”です。
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