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第11話 古参の影――不穏な視線と新たな依頼

第11話では、古参冒険者ダリオの意地悪を通じて「ただの嫌がらせではない影」を描きました。

王都の貴族が関わる依頼、古参の奇妙な言動――小さな不穏が今後の大きな陰謀へと繋がっていきます。

◆小依頼の日々と広がる名


猫探し、荷運び、迷子の保護、薬草採取……。

目立たない小さな依頼を、俺は一つひとつ丁寧に片付けていった。

ただの雑用と笑う者もいたが、俺にとっては経験と信用を積み上げる大切な仕事だった。


《革新の書》が描き出す最短ルートをなぞり、荷車を回す順番や寄る店を組み替える。

昼のうちに三件、夕方までに四件と、効率は日に日に上がっていった。

一日の終わり、ギルドで報告を済ませると、受付嬢マリアが少し驚いたように微笑む。


「本当に全部片付きましたね、エルくん。助かります」


そう言われると、不思議と胸が温かくなる。

前の世界では、こんな風に直接「ありがとう」をもらうことは少なかった。


次第に街の人々が俺の名前を口にするようになる。


「おい、あの子に頼めば早いぞ」

「十歳の戦術屋だろ? 頭は大人顔負けらしい」


市場では商人が余った果物を手渡してくれたり、

パン屋の少年が「こないだの迷子、見つけてくれてありがとう」と駆け寄ってきたりする。

ギルドの掲示板には俺の受ける依頼が張り出されると、

「じゃあ任せて安心だな」という声が背中に届くようになった。


(……悪くない。この街でやっと呼吸ができる)


ギルドの窓から見える夕暮れが、ほんの少しだけやさしい色に見えた。

だが、全員がそれを快く思うわけではなかった。




◆ギルドの影と古参の視線


ギルドの扉を開けると、いつもの木の匂いと酒場の匂いが混ざった空気が押し寄せた。

だが今日は、少し違う。

カウンターに並ぶ視線が、一斉にこちらを向いた気がした。


「おい、また小僧が依頼を受けてるぞ」

「猫探しで人気者気取りか?」

「十歳にしては頭が回るらしいが、どうせ長くはもたねえ」


ギルドの一角から投げられる声が、木壁に反響して広間全体に染みわたる。

耳に入る言葉が、氷の粒みたいに皮膚を打った。


視線を向けると、そこにいたのはグレゴールの取り巻きのひとり――ダリオ。

蛇のように細い目、無駄に装飾の多い革鎧、指先で揺れる銀の指輪。

一歩踏み出すたびに床板がきしみ、その音が妙に大きく響いた。


「戦術屋の坊主、ねぇ……」

口の端を歪めながら、わざとらしく笑う。

「そんなあだ名がつくなんて、この街も落ちたもんだ」


声は広間全体に届くほど大きく、わざと他の冒険者にも聞かせるように響かせている。

依頼票を見ていた若手たちが一斉に顔を上げ、ざわりとした空気が広がった。

酒をあおっていた男が「おもしれえ」と呟き、別の女冒険者が興味深そうにこちらを見やる。


リナが剣の柄に手をかけかけたが、俺は軽く首を振る。

(ここで剣を抜いたら、奴の思うつぼだ)


一歩前に出て、真正面からダリオを見据えた。


「ダリオさん。俺の実力が気になるなら、依頼の結果を見ればいい」


その瞬間、広間が一瞬だけ静まった。

酒の匂いと木の香りだけが鼻に残る。


「……なんだと?」

ダリオの目が細くなる。


「俺が成功すれば本物。失敗すればただのガキ。それだけです」


一拍の沈黙。

次の瞬間、あちこちから押し殺した笑い声が漏れる。

十歳の少年が正面から挑発を受け止め、冷静に返したことに驚きと嘲笑が入り混じった空気が広がった。


ダリオはゆっくりと口角を上げ、銀の指輪をくるりと回した。

「はは……いい度胸だ。だがな、見ているのは俺だけじゃない」


その言葉に、背筋を冷たいものが這った。

周囲を見回すと、壁際に座っていた見知らぬ男が、じっとこちらを見ているのが目に入る。

フードの影で顔はよく見えないが、目だけがやけに光っていた。


(俺だけじゃない……誰が見てる? 王都か、それとも……)


背中を汗が伝い、手のひらがじっとりと湿る。

けれど足は後退らなかった。



◆新しい依頼と広がる不穏


そのとき、受付嬢マリアが新しい依頼書を掲示板に貼り出した。

羊皮紙の端がぱたりと揺れ、ギルドの空気が一瞬張り詰める。


――「辺境の村の護衛」。


報酬は高め、危険度も高め。

小声の噂話がすぐに広まり、あちこちから耳に届く。


「村の行き来か……最近、盗賊が出るって話だろ?」

「いや、それだけじゃない。王都の連中が絡んでるらしいぞ」


ひそひそ声が、まるで火が燃え広がるみたいに広間全体に走った。


ダリオがゆっくりと立ち上がり、にやりと笑った。

「おい坊主、お前にぴったりの依頼が出たぞ。護衛だ」

わざとらしく声を張り上げる。

「村の行き来は危険だし……失敗すりゃ信用は地に落ちる」


周囲の視線が一斉に俺に集まる。

食堂席でスープを飲んでいた冒険者がスプーンを止め、

掲示板の前の若手が一歩下がって様子をうかがう。

広間のざわつきは、期待と嘲笑が入り混じったざわめきへと変わった。


リナが小さく舌打ちし、囁くように言った。

「完全に試されてるわね……受けるの?」


俺は依頼書を手に取り、しばし黙って眺める。

心臓の鼓動が耳に響くほど大きくなる。

(ここで引けば、俺はただの子どもだ)


ゆっくりと依頼書を掲げ、ギルド全体に見えるようにした。

「もちろん。俺は依頼から逃げない」


広間の空気が一瞬張り詰め、次の瞬間ざわつきが爆発した。

「マジかよ」「やるじゃねえか」そんな声が飛ぶ。

ダリオの笑みがさらに深くなり、影のような気配がその背後に立ったように見えた。


その瞳には、ただの嫌味ではない、もっと大きな何か――

王都の影を思わせる光が宿っていた。


(偶然じゃない。何かが動き出してる)


胸の奥に冷たい火が灯り、背筋がぞくりとする。

この瞬間から、ただの依頼は「試練」に変わった。




◆夜の決意


その晩、宿の部屋で依頼書を机に置いたまま、しばらく動けなかった。

蝋燭の炎が揺れ、羊皮紙に影が落ちる。

昼間のざわめきが耳に残っていて、ギルドのざらついた空気まで思い出せる気がする。


心臓はまだ速く打っている。

だが、不思議と手は震えていなかった。

怖さは消えていないのに、視界はやけに澄んでいる。


(逃げないと決めた瞬間、景色がはっきり見える)

(怖いけど……怖いからこそやるしかない)


窓を開けると、夜風がひやりと頬をなでた。

遠くで鈴の音が鳴り、村の方から犬の遠吠えが聞こえる。

世界が静かすぎて、自分の鼓動だけがやけに大きい。


「俺は……もう、逃げない」


声に出すと、胸の奥で何かが決まったように思えた。

それは、過去の俺が何度も言えなかった言葉――

会社を守ろうと必死だったあの頃、

誰にも弱音を吐けなかった夜に飲み込んだ言葉だ。


(あのときは守るものが大きすぎて、潰された。

でも今は違う。守りたいものは、目の前にある)


机の上の依頼書に指先で触れる。

羊皮紙は冷たいが、心は熱い。


窓の外、夜風が鈴を揺らす。

その音が、戦いの始まりを告げる鐘のように聞こえた。




次回:「村の護衛依頼――不安な道行き」

お読みいただきありがとうございます!

ここからは「街の日常」から「王都の影」へと物語が広がっていきます。

古参の視線は単なる意地悪ではなく、やがて王国を揺るがす大きな流れに繋がります。

次回は村の護衛依頼。エルとリナが初めて「貴族の影」と接触する場面を描きます。

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