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秘密のおまじない

 仲良くなりたい人の名前をばんそうこうの裏に書いて左手首に貼る。

 誰にもバレずに七日間過ごせたら、願いが叶う。




 その日、私はとても困っていた。

 国語のノートを使い切っていたのを忘れて、新しいノートを買ってもらうのを忘れてしまった。まだ三年生になって一か月しか経っていないのに、担任の佐倉先生が板書も宿題ももりだくさんだからだ。

これが二年生の時の担任の田村先生なら、ノートがありませんと正直に言えただろうし、そもそもこんなに早くノートがなくなることもなかったはずだ。

 でも、佐倉先生は怖い。

 質問に誰も手を上げないと、「皆さん、よく考えてください」と黒い靴をこつこつ鳴らしながら教室を行ったり来たりするし、問題に間違えると「お話を聞いてなかったの?」と叱られる。まだ先生がどんなことが好きなのか、どんなことで笑ってくれるのかもわからないのに、ノートを忘れたのでどうしたらいいですか、なんて聞くのは絶対に無理だった。かといって、クラス替えから一か月、元々仲の良かった二人とはクラスが離れてしまい、ノートを分けてほしいと頼める相手もいない。どうしようとノートをにらんでもページは増えない。裏表紙一ページにこの授業の内容をかききれるだろうかと不安になっていた、その時だった。

「ノート、なくなっちゃったの?」

 予想外の方向からかけられた声にびっくりして、私はほとんど椅子から立ち上がりかけた。

「木下さん」

「私、まだ少し余裕があるから、分けてあげる」

 前の席の木下さんは、自分のノートを二枚ちぎると、私の机の上に置いてくれた。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。木村さんちのお母さんは、今日お仕事?」

「ううん、お母さんはお仕事してないの」

「そう。じゃあ、今日新しいノートを買ってもらえるといいね」

 そういって笑う木下さんに私はくぎ付けになった。

「あ、ありがとう……」

 どうしてだかとてもはずかしくなって、お礼の声は小さくなってしまった。それでもちゃんと聞こえたのか、木下さんは軽く頷くとくるりと前を向いた。




 木下みやこさん。

 クラスで一番かわいい女の子。

 木下さんの後ろの席だとわかった時は、自分の名字が木村であることに感謝した。なんてことはない普通の名前であることに感謝する日が来るなんて。

 木下さんのお友達はみんな木下さんに負けないくらい可愛くて、地味で何のとりえもない自分が、一つ後ろの席に座っているからといって友達になれるなんて思っていないけれど、それでもなんとなく嬉しくなる。

 先ほどまでのブルーな気持ちはすっかりどこかに飛んでいって、私は今日って今年一番ラッキーな日なのかもしれない、とうきうきした気持ちで休み時間の終わりのチャイムを聞いた。




 その日の放課後、お母さんと一緒にノートを買いに本屋さんに出かけた私は、そこでまたしてもとても困っていた。

 ノートは問題なく買えたが、ふと「木下さんにお礼に何か渡したい」と思ったのだ。小さなものなら、事情を話せばお母さんは買ってくれると思う。

 でも、どんなものなら喜んでもらえるだろう?

 一番使うのは鉛筆だろうけれど、売っているのはたいてい十本入りの箱。ノート二枚のお礼に渡すには少し多すぎるような気がする。かといって、何本か渡すというのも使いかけを適当に持ってきたようで格好がつかない。かといって定規やハサミのような文房具は一つあれば十分だし、今持っていないということはないはず。

 さんざん悩んで私が手に取ったのは、かわいいピンク色の香り付き消しゴムだった。使えるかと言われると少し微妙かもしれない。でも、筆箱に入れておけば香りを楽しめるし、そんなに高くないから、という理由だ。

 喜んでくれるかな。

 少しドキドキしながら、お母さんのところへノートと消しゴムを持っていく。

「あやか、買うもの決まったの?」

「うん。あのねお母さん、この消しゴムも一緒に買ってもいい?今日、ノートがなくなっちゃったから、前の席の子がね――」




 次の日、教室に入ると、まだ木下さんはいなかった。私は朝結構早めに教室にいるタイプだ。そうすれば、朝読書の時間の前にもゆっくりと本が読める。早起きは得意ではないけれど、朝のこの時間が私は割と好きだった。

 でも、今日ばかりはそわそわしてしまう。机の中には、昨日事情を話して買ってもらったあの消しゴムが入っている。思った通り、お母さんは笑って「いいよ」と消しゴムを買ってくれて、さらに「渡すのにそのままじゃ可愛くないでしょ?」とピンク色の小さな封筒までくれた。出来る限り丁寧な文字で「木下さんへ」と書いたその封筒に消しゴムを入れて、自分が持っている一番かわいいシールを貼った。

どんな反応をするかな。張り切り過ぎていないだろうか。大げさだと嫌な顔をされないだろうか。喜んでくれたらいいな。

色々な気持ちが自分の中でぐるぐると渦巻いていて、いつもの学校の椅子なのにやけに座り心地が悪いような、身体を浮かせてしまうような、妙な気分だ。

どのくらい時間が経ったのかわからなくなった頃、教室のドアががらりと開いて、木下さんが入ってきた。

「木下さん、おはよう」

「おはよう」

 木下さんは人気者だから、みんなが声をかける。昨日まではその中に混ざる勇気もなかった私だけど、今日は違う。ひとつ息を吸い込んで、席に座ろうとしている木下さんに声をかけた。

「お、おはよう」

 ちょっと失敗した。思い切り裏返った声に顔が熱くなる。それでも木下さんは何もなかったかのような笑顔を向けてくれた。

「おはよう、木村さん」

 名前を呼んでくれた。恥ずかしさにうつむきそうになる心が、もう一度前を向く。

「あ、あのね、昨日は本当にありがとう。それでこれ、お礼に」

 ドキドキしながら、ピンクの封筒を差し出す。ちょっと早口になったかもしれない。でもちゃんと内容は伝わったはずだ。差し出す手が震えているような気がして逸らした視線が、木下さんとぶつかる。

 木下さんは、びっくりして目を丸くしていた。

 あ、だめかも、と思ったけれど、出してしまったものは戻せない。どうしよう、と今度こそうつむいてパニックで固まる私に、少し高い声が届いた。

「あ、ありがとう。わざわざそんな、よかったのに」

 その声は思ったよりも優しくて、あ、嫌じゃなかったんだ、とほっとした私は恐る恐る視線を上げた。木下さんはいつものかわいい笑顔になっていた。私の手からピンクの封筒を受け取る。

「これ、今開けてもいい?」

「うん、もちろん」

 意気込んで頷いて、木下さんがゆっくりと封筒を開けるのを見守る。ころりと出てきた香り付き消しゴムに、あ!と声を上げた。

「イチゴの消しゴム!」

 喜んでくれたことにほっとして、ようやく体の力が抜けた。

「この香り付き消しゴム、かわいいよね。私、買ったことなかったんだ」

「そうなの?イチゴの香り、いい香りだよ。よかったら使ってみて」

「ありがとう!」

 木下さんはかわいい笑顔のままぺこりとお辞儀をすると、自分の席に座った。私からは表情も手元も見えなくなってしまう。それを少し残念に思いながら、ずっと机の上に広げていた本に視線を落とすと、ぺりぺりという小さな音が聞こえてきた。あ、と思っているうちに音がやむ。それから一瞬間をおいて、くるりと木下さんが振り返ってきた。

「これ、すっごくいいにおい!」

 びっくりしたけれど、私はあわてて頷いた。

「でしょ?私も一つ持ってるんだけど、お気に入りなの」

「そうなんだ。ありがとう、大切に使うね」

「うん」

 木下さんに笑い返して、今度こそ本に目を落とす。ようやく物語の世界が目の前に浮かんできたけれど、心はまだどこかふわふわした気持ちだった。




 その日から、木下さんとは毎日挨拶をするようになった。

 給食班は分かれてしまうので、あまり話をすることはないけれど、それだけでもなんだか毎日が楽しみになった。クラス替えで仲のいい友達はみんな別のクラスになってしまったから、毎日挨拶ができる人自体がいなかったのだ。それなのに、今はあんなにかわいくて人気者の木下さんと毎日挨拶できる。なんだか夢みたいだなあ、と思った。周りに気の合う人がいないから、これまでは席替えが待ち遠しかったけれど、今度は席替えなんてしなくていいのにと思っている。

 そんなある日のことだった。図書室で借りた本を返して、次に借りる本を探している時に、ふととある本のタイトルが目に入った。

『みんなにはナイショ! 願いが叶うおまじない』

 新しく入った本なのか、カウンターに立てかけてある。表紙に小さく、『学校で』『友達づくりに』と書いてある。手に取ってパラパラと見てみると、『仲良くなりたい人がいるアナタへ!』と書かれたページが目に入った。私の頭に思い浮かぶのは木下さんの顔だ。もしかしたら、友達といえるくらい、仲良くなれるかもしれない。おまじないなんてバカバカしいと思う自分もいたけれど、なんとなく気になってその本を借りることにした。




 家に帰って、借りてきた本を開いてみる。

 『仲良くなりたい人がいるアナタへ!』。大きな文字で書かれたそのページに載っていたのはこんなおまじないだった。

『仲良くなりたい人の名前をばんそうこうの裏に書いて左手首に貼る。誰にもバレずに七日間過ごせたら、願いが叶う。』

 本当にこんなことで仲良くなれるの?と思って、すぐに本を閉じる。やっぱりこんなのバカバカしい。お母さんはおまじないなんて信じていないから、こんな本を見たら怒られるかも。そう思ったけれど、とりあえずランドセルに入れた巾着袋を取り出した。中にはハンカチやティッシュと一緒に、けがをしたとき用のばんそうこうが入っている。

 試すだけなら。

 どうせ何も起きないけど、試して何か悪いことが起こるわけじゃない。

 そう自分に言い聞かせて、油性ペンを手に取った。ばんそうこうの裏は、油性ペンがにじんでしまってうまく書けない。それでもなんとか読める程度に木下さんの名前を書いて、左手首に貼る。ほっと一息つくとなんだかとても恥ずかしくなって、あの本は明日図書室に返してしまおうと思った。




 おまじないをしたからといって、何が変わるわけでもない。

 そう思っていたのは正解だった。

 相変わらず、木下さんとは毎日挨拶をする。でも、ほとんどそれだけだ。おまじないなんてバカバカしいと思っていても、どこかで信じたい気持ちもあったのか、一日目はなんだかずっとドキドキしていた。木下さんはいつも通りの笑顔で挨拶をしてくれるし、プリントを回すときには「はい」「ありがとう」くらいのやりとりがたまにできる。

 それだけ。

 そんなもんでしょ、とどこかがっかりした気持ちは追い払って、それでもなんとなくもったいなくてばんそうこうは貼ったままにしていた。そのまま、おまじないのことを考えないようにしようと心に決めた。




 それは四日目のことだった。

 いつも通りおはようと挨拶してくれる木下さんに挨拶を返して、いつも通り私は読んでいた本に視線を戻す。

「それ、どんな本読んでるの?」

 前から聞こえた声が、最初は私にかけられたものだとは気づかなかった。けれど、朝のこの時間に本を読んでいるのは私くらいだ。もしかして、と顔を上げると、木下さんがこちらを振り返っていた。

「あ、えっとこれは、シャーロック・ホームズっていう探偵のお話」

「探偵?」

「そう。物がなくなったり、人が殺されたりした事件を解決するの」

 木下さんと挨拶以外の話をしている。本の説明は簡単だったけれど、なんだかやけにどぎまぎしてしまって頭は真っ白だ。

「そうなんだ。木村さんって、いつも本読んでるね。シャーロック・ホームズが好きなの?」

 すぐに終わるかと思いきや、木下さんはさらに本の話を続ける。珍しいな、と思った。木下さんが本を読んでいるのを見るのは朝読書の時間だけだ。休み時間も、他のかわいい子たちと何か話していることが多くて、ずっと本ばかり読んでいる私とは全然違う。

「今一番好きなのはシャーロック・ホームズ。でも、他の本も読むよ」

 頭は真っ白だけど、本の話ならすらすらと口から出てくる。なんで急に、木下さんと本の話なんてしているんだろう?

「よく図書室に行ってるもんね。すごいね、木村さん」

「そんな、すごくなんかないよ」

 このまま、ずっと話が続けばいいのにと思うときほど、時間が経つのは早い。そこで鳴った朝のチャイムに私は口をつぐみ、木下さんも前へ向き直る。

 筆箱を出そうと机に入れた手にあるばんそうこうを思い出して、私ははっとした。

 もしかして、おまじないが効いてきた?

 もしそうなら、とまたドキドキが始まる。

 木下さんと、友達になれるかもしれない。




 次の日も、木下さんは挨拶の後、私に話しかけてくれた。

「木村さんが面白いと思う本ってどんなのがある?」

「面白い本?」

 首を傾げた私に、木下さんは大まじめな顔で頷いた。

「どうしても、本を読むのってあんまり楽しくないっていうか。木村さんみたいに、ずっと本を読むのって、私、絶対無理だと思う。でも、もしかしたら、木村さんが面白いと思う本なら、私も木村さんみたいに読めるのかなって思って」

 思わぬ話に、私の頭の中に今まで読んだ本がずらっと並び始める。木下さんが面白いって読める本?何かあるだろうか、何か――必死に頭を捻っていたら、とあることを思いついた。いつまでも慣れない心臓のドキドキとともに、ようやく言葉を絞りだす。

「そ、それなら、今日の昼休みに一緒に図書室に行ってみない?」

 そう言って、おそるおそる木下さんの顔を見る。ちょっとだけびっくりしたような木下さんは、すぐに笑顔になった。

「いいの?ありがとう!」

 ほっとして私はため息をついた。

「それじゃあ、また昼休みに」

「うん」

 そう言って、チャイムはまだだったけれど、木下さんは前に向き直った。私も手元の本に目を落とす。本の中では名探偵がこれから謎解きを始める場面だったけれど、しばらく話の内容はさっぱり頭に入ってこなかった。




 昼休み、図書室に行くのはいつものことなのに、隣に誰かがいるというだけでなんだか不思議な気分になった。前のクラスで仲の良かった友達とも、図書室に一緒に行くことはあまりなかった。朝読書の時間と休み時間で、私が必死に考えた計画を頭の中で繰り返す。

 昼休みの図書室はいつもそこそこ人がたくさんいる。その中で、私は木下さんにどこにどんな物語があるかを説明して回った。その中でも木下さんが興味をもったのは、私が読んでいたシャーロック・ホームズと、忍者の男の子の話、それから色々な色が出てくる冒険物語だった。どれにしようか悩む木下さんの隣で、私はシャーロック・ホームズの続きの本を手に取って、一足先にカウンターに向かう。少し遅れて、一番文章の少ない忍者の本を持って木下さんが私の後ろに並んだ。

 一緒に図書室に来るって、なんか友達っぽいかもしれない。本当におまじないが効いたのかも、とカウンターを見てみたが、誰かが借りていったのか、おまじないの本はそこにはなかった。




 それから三日間かけて、木下さんは朝読書の時間で借りた本を読んだ。なんでわかるかというと、毎日一時間目の後の休み時間に朝読んだところを私に聞かせてくれたからだ。ここが面白かった、ドキドキした、という話を聞いていると、私も自分が読んでいた時のワクワクした気持ちを思い出して、たくさん話をした。そして、また別の本を借りようと、今日の昼休みも一緒に図書室に行く約束をした。

「あのお話が好きだったら、たぶんあれも好きじゃないかな」

 私が指さした本は、運悪く棚の一番上にあった。台を持ってきて、木下さんがその本に両手を伸ばす。

 その時、シャツの袖がするっと下がって、木下さんの手首にばんそうこうが貼ってあるのが目に入った。

 左手首のばんそうこう。

 自分の手首にも貼ってあるそれに、ドキリとした。

「これ?確かに、表紙もかわいくて面白そうかも!」

 明るい声で本を見せる木下さんに、私は頑張って笑って頷いた。

 木下さんも、仲良くなりたい人がいるんだ。

 いつも話している子たちともっと仲良くなりたいのかな。それとも他の子なのかな。私から見ると、木下さんは友達がたくさんいるように見えたけど、そんなおまじないをするくらい仲良くなりたい子がいるのかな。

「……ごめん、ちょっとトイレ行きたくなっちゃったから、先にトイレ寄ってそのまま教室帰るね」

 どうしてかとても落ち着かない気分になって、私は珍しく、新しい本を借りるのをやめて図書室を後にした。

 いつの間にかカウンターに戻っていたおまじないの本が、なんだか急に憎らしく思えた。




 落ち着かない気分のまま残りの昼休みを過ごしているうちに、だんだんと頭は落ち着いてきた。木下さんは昼休みが終わる直前に戻ってきたから、すぐに話をすることができなかった。けれど、思い切って帰りの会の後、木下さんの友達が来る前に声をかけてみる。

「木下さん」

 私から声をかけるのは珍しい。木下さんは少しびっくりしたみたいだったけれど、笑顔で振り向いた。

「どうしたの?」

「あのね、その手首の――」

 言いかけて、私ははっとした。木下さんの顔が見る見るうちに強張っていく。あ、だめだ、と私はようやく気付いた。

 『誰にもバレずに』。そう書いてあったのに、まだ七日経っているのかわからないのに。言ってはいけなかったんだ。

 気まずい沈黙が流れる。

 しばらくして、口を開いたのはほとんど同時だった。

「ごめんなさ――」

「あの、実は――」

 お互いびっくりして、また言葉が止まる。止まった隙を逃さず、私は勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい!あの、おまじないをダメにしようと思ったわけじゃないの、ただちょっと気になっちゃって」

 頭を下げながら、私はどうしよう、どうしようと必死に考え続けた。考えて、考えて、考えてひらめいた。

「あのね、私も同じおまじないしてたの。ごめんね」

 唐突な告白に、木下さんはさらに目を丸くした。

「おまじない、本当にごめんね。でもこれで私のもダメだから、おあいこってことにできないかな?」

 そう言って、私は袖をまくって貼っていたばんそうこうを見せると、思い切ってそれをはがした。それを見ていた木下さんが、小さな声でつぶやく。

「――私の、名前?」

 その声に、私は固まった。そうだ、目の前ではがしたりしたら名前が見えてしまうなんて当たり前なのに。つぐつぐ自分のバカさ加減に腹が立つ。なんて言ったらいいんだろう。頭の中はもうめちゃくちゃで、勝手に涙が出そうになる。まずいと思って慌てて下を向いた、

「……あの、実はね、私も一緒だったの」

 ふと、聞こえた声に思わず顔を上げる。木下さんも、私と同じように袖をまくって、ばんそうこうをはがしていた。そこに書いてあったのは――『木村あやか』。

 私の、名前?

 信じられなくて、木下さんの顔をまじまじと見る。

「……私?」

「うん。木村さん、いつも先生の質問にきちんと答えてるし、掃除とかもきっちりやってて、すごいなあって思ってたの。でも、いつも本を読んでいるから、声をかけてみてもいいのかなあってずっと迷ってたんだ」

 照れたように笑って話す木下さんはとてもかわいかった。

「だから、木村さんがよく行ってる図書室に私も行ってみて、木村さんが読んでる本を探してみようと思ったんだけど、全然わからなかった。でもそこでおまじないの本を見つけて。これで仲良くなれるかもしれないって思って、頑張って声をかけてみれたの」

 あの日のことだ、とすぐにピンときた。返事をする声が上ずる。

「……すごく、嬉しかった。話しかけてくれて」

 うん、と木下さんがうなずく。

「えっと、そうしたら、友達になってくれるってことでいいのかな……あやかちゃん?」

 さっきまでの落ち込んだ気持ちが嘘みたいに、心臓はまたいつものドキドキが戻ってきている。

「うん!……ありがとう、みやこちゃん」

 その言葉に帰ってきたみやこちゃんの笑顔は、いつも通りすごくかわいかった。

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