酒好きの男
酒好きの男がいた。今日も男は昼間から家で酒を飲んでいる。仕事が休みの日はいつもこうだ。昨夜も十分飲んだのに、目を覚ますと、また酒を飲み始めた。
一人暮らしなので、もんくをいう家族もいない。以前は妻も子もあったが、男がこういう生活をするもんだから、妻は子を連れて出ていってしまったのだ。
「ああ、酒がなくなった」
男は空になったビールの缶をその辺に放り投げていった。
「買いにいくか」
男は酒屋に向かった。ちどり足で鼻歌を歌いながら歩いていると、
「こんにちは」
知らない男があいさつをしてきた。白髪まじりの初老の男で、グレーのカーデガンをはおり、上品そうな男だ。
「こんにちは」
男はごきげんであいさつを返した。
「おさんぽですか?」
「ええ、ちっとそこまで」
初老の男は、男と並んで歩きだした。
「フフフ、飲んでいらっしゃるんですね」
初老の男は笑っていった。
「エヘヘ、はい」
男も笑って答えた。
「私もこれから家で飲もうと思って、酒を買ってきたんですよ。一人で飲んでもつまらないし、もう少しお飲みになるのなら、ごいっしょにいかがですか?」
初老の男はビニール袋を持ち上げていった。
「ええ? そんな、初めて会った方のお家にお邪魔するなんて、悪いですよ」
「いえいえ、あなたとは話しが合いそうだ。ぜひ、いっしょに飲みたいのですよ」
初老の男は、男に近づいていった。
不思議なことに、男の方も何となく、初老の男と話しがしたい気がした。つい、今しがた会ったばかりの相手なのに、どうしてだろう。
「そうですか。それじゃあ、お言葉にあまえて、お邪魔しようかな」
男は初老の男についていった。細い路地をいくつも通る。
(へえ~、こんなところに道が続いていたんだ)
男が感心してキョロキョロしていると、
「ここですよ」
初老の男が立ち止まっていった。こじんまりした同じような家が並んでいて、その中の一軒の家だ。
「まあ、どうぞ、一人暮らしできれいにしていませんが」
小さな玄関から入って、家の中に通された。部屋はきれいに整頓されている。
「気楽にしてくださいよ」
初老の男がテーブルの上に缶ビールを置いた。
「前は妻も娘もいたんですけどね。私がのんべえなもんで、二人で出ていってしまいまして」
初老の男は缶ビールの、ふたを開けていった。
「ええ! そうなんですか。おれと同じだ」
男は驚いていったけれど、初老の男はにっこりとほほえんだ。
「どうぞ、どうぞ、飲んでください。たくさんありますから」
「ありがとうございます。では、いただきます。ええっと、こちらにはずっとお住まいなんですか?」
男がビールを飲みながらきいた。
「二十年ぐらい前から住んでいます。妻子が出て行った後、一度家を出たんですが、また、戻ってきました。未練がありましてね。情けないことですが、一人になって考えるのは妻と娘のことばかりです」
初老の男が笑っていった。
「わかりますよ。一人でいるとねえ、考えますよ。今頃どうしているのかなあって」
「うん、うん。でも、あなたはまだお若い。やり直せる。生きていればまた、奥さんや子供さんと暮らせますよ」
初老の男はビールを飲み干していった。それから二人は、お互いのことをいろいろ語り合って、楽しい時間を過ごした。
ドカドカと歩く足音で、男は目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていたようだ。男が薄目を開けた時、まぶしい光に照らされた。
「おい、何をしている?」
光の向こうから声がした。あたりは真っ暗で声を出した男が、こちらに懐中電灯を向けているのがわかった。
「何をって、二人でビールを飲んでいたんだよ」
男は手で光をさえぎりながらいった。
「他にもだれかいるのか? 近所の人が空き家から声がすると言うので見に来たのだが」
(警官なのか? けれど、空き家なんて何をいっているんだろう)
男は思った。
警官が部屋の中を懐中電灯で、ぐるりと照らした。さっきとは家の中の様子がちがっていた。カーテンは破れているし、そこいらじゅうにいろんな物が散らばっている。そして、初老の男の姿がない。
「あっ」
警官が声をあげた。床に向けられた懐中電灯が照らしていたのは、ボロボロのグレーのカーデガンを着た、白骨化した人間の亡骸だった。




