夏至の夜会 (4)
話を聞き終わったテオドールは、不機嫌そうに眉をひそめている。口もとをキュッと引き結んでから、険しい視線をベリンダに向けた。
「どうして事前に相談してくれなかったんですか」
「はい?」
テオドールの問いに、ベリンダはきょとんとした。それからじわじわと怒りがこみ上げてくる。その質問の理不尽さに、彼女は目を据わらせた。
「それ、テオさまがおっしゃいます?」
「え?」
ドスの効いた低い声で問い返すベリンダのあまりの迫力に、テオドールは気圧されたように少しあごを引いた。
「ねえ、それ、テオさまが言っちゃいます? だけど、先に何も相談せずに勝手に決めたのは、テオさまのほうじゃありませんでしたっけ?」
ここまで言われて、やっとテオドールもベリンダが怒っていることに気づいたようだ。不機嫌顔から一転させて、眉尻を下げる。
「それは……。それは、すみませんでした」
「すまなかったって、何のことをおっしゃってます?」
テオドールから謝罪の言葉を引き出しても、まだベリンダは収まらない。目を据わらせたまま、ずいっと詰め寄ると、ぐっと王子は言葉を詰まらせた。
だが、ベリンダはまだ許さない。視線を合わせたまま、そのままじっと見つめ続けた。しばらくどちらも口を開かずにいたが、にらみ合いに負けたのはテオドールだ。王子はひとつため息をついて、視線をそらした。
「だから、黒い薔薇の髪飾りの件を、あなたに相談しなかったことです……」
「そうですよね! 相談がなかったのは、私じゃなくてテオさまでしたよね!」
勝ち誇って言い募るベリンダを横目でチラリと見てから、テオドールは小さく吹き出した。笑われて、ベリンダはムッとする。
「何がおかしいんですか?」
「いや。ばかだったなあ、と思って」
「どういうことですか?」
しみじみとした声で返すテオドールに、ベリンダはいくらか機嫌を直す。彼女が重ねて尋ねると、王子は柔らかく笑って答えた。
「私の婚約者はこんなに頼りになるのに、相談せずに自分ひとりで抱え込もうとしたなんて、本当に愚かだったな、と」
いや、ベリンダは、そこまで言ったつもりはない。ただ単に、相談しなかったと言うなら、それはテオドールが先だったと、わかってほしかっただけだ。テオドールの側から関係を絶ってしまったから、ベリンダは単独で動くほかなかったのだ。ちゃんとそこさえわかってくれたなら、それだけでいい。
なのに、なぜかテオドールは、彼女にとろけるような笑みを向けている。その表情の甘さに、思わずベリンダは赤面した。いささかいたたまれない気持ちになって、彼女が視線をさまよわせていると、テオドールが口を開く。
「それでは、どうやってイリーネ嬢が犯人だと突き止めたのか、種明かしをしてくださいませんか?」
「とっても簡単でしたよ。失せ物探しの方位磁針を使っただけです」
簡単に答えられる質問だったことに安堵して、あっさりとベリンダが答えると、テオドールはあっけに取られたような顔をした。そして「なるほど……」とつぶやいてから、脱力したように乾いた笑いをこぼす。
だがベリンダには、どうしてテオドールが笑っているのかがわからない。困惑して首をかしげていると、目が合ったテオドールが笑みを深くした。そしてまるで彼女の疑問の声が聞こえたかのように、こんなふうに返す。
「いや、だってもう、簡単すぎて、笑うしかないでしょう」
そう言ってなおも笑うので、つられてベリンダも笑ってしまう。テオドールはくすくす笑いながら星空を見上げてから、「ああ、本当にばかだったなあ」と深くため息をついた。
それからベリンダは、黒い薔薇の髪飾りをイリーネが手配して送りつけてきた件の証拠をどのように集めたか、テオドールに問われるがままに説明した。
どうやらイリーネは、「恋のおまじない」として邪教の隠し神殿を詣でていたらしい。自分が祈りを捧げた相手が邪神だとは、おそらく知らなかったのではないかと思われる。単なるおまじないだと、心から信じていたのだろう。
彼女の祈りを受けて、邪神から「黒い薔薇の髪飾りをテオドールからと偽って、祝賀会の前日にベリンダに贈れば、恋が成就する」と夢で神託を下された。そして愚かにも、それを実行してしまったというわけだった。髪飾りの発注は、邪神が討伐される直前のことだったと言う。倒されることを予見した邪神の、最後の悪あがきだったようだ。
こうした事情は、証拠固めのために聞き取り調査を進める中で、いろいろな人たちの話をつなげて判明したことだ。調査の中で隠し神殿の所在も明らかになったので、フリッツが潰している。
神殿と呼べる規模ではなかったのだが、逆にそのせいで発見が難しかった上、気軽におまじない感覚で詣でる者が出てしまうらしかった。おそらく他にも似たような隠し神殿が残っていると思われるので、これから探して潰していく予定だ。
話を聞き終わると、テオドールは再び深くため息をついた。
「私が手をこまぬいている間に、すべて解決してしまっていたんですね」
「うふふ。そうみたいですね」
テオドールの落ち込んだ様子を少し気の毒に思いながらも、ベリンダは得意げな表情を隠しきれなかった。楽しそうに笑うベリンダを、王子は淡く微笑んだまま見つめている。しばらく言葉が途切れた後、テオドールは意を決したように背筋を居住まいを正した。
「前回の夜会で言えなかった言葉を、今日こそきちんと言わせてください」
「なんですか?」
笑顔のままテオドールを見上げたベリンダは、彼の真剣な表情に、思わず自分も笑みを消して背筋を伸ばす。月明かりに照らされて、彼の若草色の瞳は宝石のようにきらめいていた。その瞳にじっと射るように見つめられて、ベリンダの心臓は痛いほど大きく高鳴る。そして次の瞬間、今度は早鐘のようにドキドキし始めた。
テオドールの口からつむがれたのは、あの日、ベリンダが期待したとおりの言葉だった。
「口約束の婚約者ではなくて、本当の婚約者になってくださいますか」
ああ、ベリンダの勘違いなんかじゃなかった。あの日も、本当はこう言ってくれるつもりだったのだ。そう思ったら胸のうちが温かくなり、自然と頬がゆるんで笑顔になる。
もっとも、今となってはテオドールの申し入れには意味がない。なぜなら、そもそも最初からずっと婚約した状態だったからだ。あの口約束だって、意味のないままごとみたいな約束にすぎないわけなのだが、それは口にせずに胸にしまっておいた。テオドールに対しては、ただ「はい」とだけ返事をする。
ただし、ひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあった。テオドールの目をじっと見つめて、真剣に訴える。
「でもね、これからは大事なことはちゃんと相談してください。勝手に決めないでください」
「うん、そうですね。約束します」
テオドールはそう言って苦笑し、ベリンダの手を取ってギュッと握った。温かく、大きな手だ。ベリンダの心臓は、またひとつ大きく跳ねた。言いたいことを言えて満足したが、今度は気恥ずかしくて、どんな顔をしたらよいのかわからない。
視線を落としてさまよわせていると、カサリと落ち葉を踏みしだく音がした。顔を上げてみれば、少し離れた場所に立っているのはフリッツだった。
「邪魔しちゃったかな……?」
遠慮がちな質問に、テオドールが「いや」と答える。邪魔かどうかで言えば、決して邪魔ではない。でも「邪魔か」と聞かれる状況にあること自体が、ベリンダには恥ずかしかった。頬に急速に熱が集まってくるのを感じる。
どうやらフリッツは、二人をホールに呼び戻しに来たらしい。今日の主役とも言える二人が、いつまでも会場から姿を消しているのは具合が悪い。それで頃合いを見計らって、声をかけに来たというわけだった。
テオドールとベリンダはベンチから立ち上がり、フリッツとともにホールへと戻った。




