夏至の夜会 (1)
こうして迎えた夜会の当日、邪神の討伐祝賀会のときより一段と熱のこもった侍女たちにより、ベリンダは徹底的に磨き上げられた。何しろ彼女たちに指示をする公爵夫人が、誰よりも熱が入っているのだ。熱がこもらないわけがない。
ちょうど仕上がった頃に、夫人が様子を見に来た。ベリンダの姿をじっくりと眺め、夫人は満足そうに微笑んだ。
「きれいよ、ベリンダ」
「ありがとうございます」
ベリンダがフリッツに連れられて公爵邸を訪れた最初のときから、公爵夫人はベリンダに甘かった。けれども実の娘とわかってからは親馬鹿がそこに加わって、甘さが天井知らずになっている。ちなみに公爵は一見そこまで甘くはないようでいて、妻の暴走を止める意思を見せない時点で同類である。
ベリンダのエスコートは、今回もフリッツだ。
控えの間で公爵夫妻とフリッツには、入れ替わり立ち替わり人々が挨拶に訪れる。フリッツは公爵家の嫡男というだけでなく、邪神を討伐した英雄のひとりでもあるので、以前にも増して若い女性たちから熱い視線を浴びている様子だ。
まだリンツブルク公爵家の娘としてはお披露目をしていないベリンダは、彼らの邪魔にならないよう、少し距離をとった場所に控えている。もしもフリッツがまたイリーネに狙われるようなことがあれば、そのときはすぐ助けに入ろう。──そう思っていたのだが、この日、不思議とイリーネはフリッツに近づこうとするそぶりを見せなかった。そして相変わらず、貴族の少女たちの輪の中心にいる。
何となく眺めていたら、イリーネと目が合ってしまった。するとイリーネはツンとあごを上げて、意地の悪い笑みを浮かべ、周囲の少女たちに話題を振った。
「あら、あそこにいるのは、平民の魔女じゃなくて?」
「そうなの? 平民なのに、よくドレスなんて持ってらしたわね」
「身の程もわきまえずに、ゴテゴテと着飾っておいでだわ」
くすくすと笑い声が広がるのを聞きながら、げんなりしてベリンダは視線をそらした。本当に彼女たちは相変わらずだ。ゴテゴテと着飾らせたのは、公爵夫人なんですが、と心の中でだけつぶやく。そのセリフは、ぜひともそのままの言葉で母に聞かせていただきたい。「身の程をわきまえずに」という部分も決して省略せずに。
「まさか、王太子殿下にすり寄るおつもりなのかしら」
「フリードリッヒさまにもベタベタしてらしたじゃない?」
「さすが下賤な生まれのかたは、節操をお持ちではないのね」
聞けば聞くほど、うんざりする。テオドールには魔女がお似合いだと以前は言っていたくせに、と思うと腹立たしくもある。邪神が討伐されたとたんに手のひらを返すなんて。もう彼女たちの姿を視界に入れるのもしゃくだ。
窓の外へ視線を向けていると、ひととおり挨拶を終えたらしいフリッツが戻ってきた。すっかり嫌気の差しているベリンダの表情に気づいて、「どうしたの?」と尋ねる。「何でもありません」と答えたものの、ついチラリと少女たちの輪のほうを見て、ため息がこぼれてしまった。
それだけで、フリッツにはすぐピンときたようだ。「ああ……」と苦笑いして、妹の肩を軽く叩く。
「だいたい想像がつくけど、もう少しだけ辛抱して」
「はい」
やがて王宮の侍従が姿を見せ、招待客の名を呼び始めた。この日も、ベリンダたちは最初に名前が呼ばれた。
「リンツブルク公爵ご夫妻ならびにご子息フリードリッヒさまと、星の魔女ベリンダさま」
まだ公爵家の娘としてはお披露目していないので、ベリンダの呼び名は前回と一緒だ。
夜会ホールの入り口には、国王夫妻とテオドールが出迎えに立っていた。テオドールはベリンダを見て、目を見開いている。まさか夜会に参加するとは、思ってもいなかったのだろう。彼女がアステリ山脈から王都に戻ってきていることは、知らないはずだから。
王子の呆けたような表情に、ベリンダは少しだけ胸のすく思いがした。淑女らしくお辞儀をし、何食わぬ顔をして挨拶をした。
会場に入った後も、テオドールはときどきベリンダを目で追っている。それに気づいてはいたが、彼女はあえてテオドールのほうに視線を向けることはしなかった。
だって、ベリンダはちょっと腹を立てていたのだ。テオドールが彼女に何も相談することなく、ひとりで考えて勝手に決めて、彼女をアステリ山脈へ追い払ったことに。
やがて招待客の入場が終わり、全員に乾杯用のグラスが配られた。グラスの中身は、淡い琥珀色の酒だ。国王は短い挨拶をしてから、グラスを掲げて乾杯の音頭をとる。
「この酒は『癒やしの花』を漬けて作られているそうだ。提供してくれたリンツブルク公爵家に感謝して、乾杯!」
国王のこの言葉に、ホール内の招待客の間にはざわめきが広がった。だがそのざわめきはすぐに消え、人々はそれぞれが手にしているグラスを飲み干す。
するとホール内のあちこちで、不思議な光景が見られた。グラスの酒を飲み干したとたんに、体全体がほんのりとした光で包まれるのだ。これには再びどよめきがわき起こる。
しかも、ただ光るだけではない人も多い。半数以上の人々は、ほんのりとした光に包まれた後に、その上から光の粒がキラキラと降りそそいだ。光の粒が降りそそいだのは、ほとんどが年長者たちだ。国王夫妻も例外ではない。
やっとだ。やっとこれで、呪いが解けた。
ベリンダが笑顔になってフリッツを見上げると、彼もうれしそうに笑みを浮かべて親指を立ててみせた。実はキラキラした光の粒は、「癒やしの花」により呪いが解けたときに現れる現象なのだ。だから、もう一度同じ酒を飲んだとしても、もうあの光の粒は現れない。
乾杯後のどよめきが落ち着いてきた頃を見計らい、リンツブルク公爵が国王に声をかけた。
「陛下。今日は我が家での大変めでたい出来事について、ご報告があります」
「おや。何があった?」
「娘が、見つかりました」
「本当か⁉」
国王が大きな声を出したとたん、ホール内はしんと静まり返った。




