モイラの手紙 (2)
事情を説明し終わると、フリッツは手振りとともにベリンダをせき立てた。
「さあ、さあ。そういうわけで、早く王都に帰ろう」
「そんな急に言われても……」
「昼までに戻らないと、お父さまたちがこっちに向かって出発しちゃうよ。いいのか?」
「えっ」
フリッツの口からは、とんでもない脅し文句が飛び出してきた。動転したベリンダは「無理!」と悲鳴を上げる。今から出かけて王都に昼までに到着するなんて、絶対に無理だ。どう頑張ったところで、ホウキで三時間かかるのに。すでに昼までに二時間を切っている。
「すぐにホウキで追いかけますから、お兄さまだけ先に転移で戻ってください」
「一緒に戻って来いって、厳命されててさあ」
「そんな……」
ベリンダは頭を抱えた。詰んでいる。だが何とかしたくて、必死に頼み込んでみた。
「入れ違いになっちゃうから待っててくださいって、説得してくださいよ」
「うーん。ベリンダも一緒に転移すれば間に合うんじゃないかな」
「できないからお願いしてるんでしょ!」
のんきな声でフリッツがずれたことを言うので、思わずベリンダの声が上ずる。ベリンダには転移魔法が使えないことは、以前フリッツだってその場にいて見ていたはずなのに。だが彼は、いたって真剣な様子だ。
「できる、と思う。普通の転移じゃなくて、ベリンダ流の転移だけどね」
「どういうこと?」
意味がわからず、ベリンダが眉をひそめると、フリッツは「実はさ、スペシアの愛し子だった娘って、うちのご先祖さまなんだよね」と驚きの事実を暴露した。だから彼女の手記が屋敷に残っていて、彼女にどのような魔法が使えたのか知っているのだそうだ。
続いて彼は「失せ物探しの方位磁針はどこにある?」と尋ねた。自室の引き出しから取り出してきて、手のひらに載せて彼の前に差し出してみせる。それを見てフリッツはうなずくと、ベリンダに指示をした。
「それに『転移の扉』を探させてごらん」
知らない言葉が出てきて、ベリンダは首をかしげる。「転移の扉」とは何だろう。だがとりあえず、指示されたとおりに命令を発してみた。
「『転移の扉』の場所を教えて」
すると、方位磁針の針がくるりと回ってから方向を示すではないか。これは、命令されたものが見つかったときの動きだ。ベリンダは目をパチクリさせた。
だが、針の指す先に向かって歩いていくと、居間の中央付近で針がくるりと向きを変える。方位磁針が正しければ、その地点に「転移の扉」があるはずなのだが、何もない。
ベリンダの肩越しに方位磁針をのぞき込んでいたフリッツが、首をかしげた。
「二階かな」
「行ってみましょうか」
二人で階段を上り、針の指す先を探したところ、行き当たったのはモイラの部屋の入り口の扉だった。モイラの部屋の扉を開けたり閉めたりするたびに、針がくるりと向きを変える。
「この扉みたい」
「そうだね。じゃあ、『王都のリンツブルク公爵邸のベリンダの部屋へ』って命令してから扉を開いてみて」
座標も登録してないのに、飛べるわけがない。とは思ったものの、ベリンダはフリッツに言われたとおりに命令してみた。
「王都のリンツブルク公爵邸の、私の部屋へ」
そうして扉を開いてみたものの、中に見えるのはモイラの部屋だ。ベリンダは後ろにいるフリッツを振り返って、両手を広げてみせる。
「何も起きませんでしたよ」
「ちょっとそのまま、部屋の中に入ってみて」
がっかりした様子もなく、フリッツは次の指示を飛ばしてきた。ベリンダは肩をすくめたものの、言い返すことなく素直に入り口を抜けて部屋へ入る。
そして、呆然とした。
いきなり目の前の景色が変化したからだ。まばたきをしたら、部屋の風景が変わっていた。なんとベリンダが足を踏み入れたのはモイラの部屋ではなく、公爵邸でベリンダに与えられていた部屋だったのだ。あっけにとられて、彼女は思わず二度見してしまう。
驚きのあまり言葉も出ずにいると、すぐ後ろからフリッツの声がした。
「すごいな、この魔法は」
「お兄さま。他人のお部屋に転移座標を登録するなんて、マナー違反でしょ」
さすがにベリンダが眉をひそめると、フリッツは悪びれた様子もなく「してないよ」と首を横に振る。その反応に、ベリンダは眉間のしわを深くした。座標登録なしには転移できないのが、転移魔法ではなかったのか。
彼女の険のある表情に気づいたフリッツは、なだめるように両手を胸の前で振った。
「僕はベリンダの魔法に便乗しただけ。後ろからついて来ただけだよ」
なるほど。彼女があの扉を抜けてこの部屋へ来たのだから、一緒に抜ければ一緒にここに来たのも道理だ。納得して表情をやわらげたベリンダの肩を軽く叩いて、フリッツは声をかけた。
「よし、お父さまとお母さまに報告に行こう」
「はい」
公爵夫妻は、二人そろって書斎にいた。二人とも何やらそれぞれ忙しそうにしている。だがフリッツが扉を叩いて開いたとたん、ものすごい勢いで二人が振り返ったので、ベリンダは怖じ気づいた。そっとフリッツの背中に隠れようとしたのだが、フリッツはそれを許さない。背中に手を回して、彼女を両親の前に押し出した。
「ほら、ちゃんと連れて帰りましたよ」
「ああ。おかえり」
「おかえりなさい。よく戻って来てくれたわね」
公爵は優しく微笑みかけ、公爵夫人は声を詰まらせて涙を浮かべている。ベリンダは何と言ったらよいのかわからず、眉尻を下げた。困った顔のまま、おずおずと挨拶する。
「ええっと……、出戻ってまいりました」
「ええ、ええ。きっと帰ってくると、信じていたわ」
次の瞬間、ベリンダは公爵夫人にギュッと抱きしめられた。嗚咽をもらす公爵夫人の背中に、ベリンダもそっと手を回す。こんな人が本当にお母さまならいいのにと思っていたけれども、本当に本当のお母さまだった。何だか夢を見ているみたいだ。
しばらくそうして公爵夫人に抱きしめられた後、次は公爵と抱擁を交わす。公爵は「大きくなったねえ」と目を細めた。彼女がさらわれたのは二歳になったばかりの頃で、まだよちよち歩きをしていたそうだ。
ひとしきり挨拶が済んだ後は、居間に場所を移して話を続けた。




