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雪の王子と星の魔女の極秘の婚約 ~落ちこぼれ魔女、呪われた英雄王子を救いに押しかけ婚約者になる~  作者: 海野宵人


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遺品の整理

 翌日から、王都に行く前の生活に戻った。王都の大きなお屋敷で使用人に囲まれて、お姫さまのような生活をしていたなんて、まるで夢でも見ていたかのようだ。


 だけど、夢じゃない。それが証拠に、たびたびフリッツが訪ねてくる。その都度、食事や菓子類をバスケットに詰めて持ってくるおかげで、ベリンダはとんと料理をしなくなってしまったほどだ。何しろ、いただきものを食べきる前に、またたっぷりと持ってきてしまう。だからこの頃は、余らせることのないよう、村の知り合いに早めにお裾分けすることにしている。


 フリッツは食事を運んでくるだけで、あまり長居はしない。けれども、何度目かの訪問時に何げないふうを装って質問された。


「テオとけんかでもした?」

「けんかなんて、してませんよ」


 質問内容に驚いて、ベリンダは目をまたたく。けんかなんて、するわけがない。だって、する理由がない。ベリンダがアステリ山脈に帰ってきたのは、ただ単に、邪神討伐が終わったのに伴って彼女の役目が終わったというだけだ。そう説明しても、フリッツは「うーん」と納得がいっていない様子で渋い顔をするばかり。


 そして、隙あらば王都に戻らせようとする。


「ねえ、ベリンダ。王都に戻ってこない?」

「戻りません」


 恒例となりつつあるやり取りを繰り返しながら、ベリンダは苦笑いする。苦笑いだろうが何だろうが、フリッツのおかげで笑う余裕が出てきた。


 フリッツが最初に訪ねて来たときには、悲しみに暮れるあまりに放っておいてほしいと思い、そっけなくしてしまったものだ。でも彼は、全然めげなかった。今になって思えば、その打たれ強さに救われた気がする。


「婚約者がいなくなったら、テオのやつ、本当に死んじまうかもしれない」

「今なら選び放題でしょう? それも、ちゃんとした貴族のお嬢さんから」


 ベリンダがピシャリと返すと、やはりフリッツは「うーん」と渋い顔をした。そんな顔をされたって、ベリンダは直接テオドールからお役御免を言い渡された身なのだ。もう彼女にできることなど、何もない。


 以前、押しかけ婚約者になったのは、他になり手がいないとわかっていたからだ。だが、今はもう違う。テオドールは邪神を倒した英雄として、国内外の女性たちから引く手あまたなのだ。どんな美女でも、どんな才媛でも、選び放題である。そんなテオドールに対して自分を押し売りできるほど、ベリンダのつらの皮は厚くない。


 フリッツは明らかにまだ何か言い足りない顔をしていて、何か言いかけようとして口を開く。だが結局、何も言わずに口を閉じ、諦めたようにため息をついた。


「それじゃ、帰るわ。また来る」

「はあい。いつもお土産ありがとうって、お母さまによろしく」

「王都に戻って来れば、礼だって直接言えるぞ」

「戻りません」


 隙あらばちょくちょく「戻って来い」と言葉をはさむフリッツに、ベリンダは笑ってしまう。何度言われようと、答えは変わらないのだが。


 上の空で話を聞いているときにも容赦なく「戻って来い」を差し込んでくるので、うっかりうなずいてしまいそうになったこともある。まったく、油断も隙もない。しつこくならないギリギリを攻めてくるので、本当にたちが悪い。


 とはいえ、ときどきフリッツと話すおかげで気が紛れたのは確かだし、食事の差し入れはありがたかった。「お兄さま、またね」とベリンダが手を振れば、フリッツも手を振り返してから転移魔法で姿を消した。


 フリッツを見送った後、ベリンダは空を見上げて大きく深呼吸する。まだ傷心から完全に立ち直ったとは言えないかもしれないが、いつまでもめそめそしているわけにはいかない。このあたりで、しっかりと気持ちに整理をつけよう。


 気持ちに整理をつけるためには、物理的に片付けるのが一番の早道だ。よし、家の中を大々的に片付けよう。モイラが亡くなった後、モイラの私物には何ひとつ手をつけずにそのままにしてあったけれども、それもいい加減、整理をしよう。


 亡くなった直後は、とても手をつけられる気がしなかった。モイラのものを処分したら、大切な思い出までがなくなってしまいそうな気がしていたからだ。


 でも、今なら大丈夫。モイラとの思い出の品などひとつもない王都にいたときだって、思い出は何ひとつ失われたりしなかった。だから、大丈夫。いつまでも引きずっていないで、整理をしよう。


 ベリンダは気合いを込めて手をひとつ打ち鳴らしてから、まずは一階の居間とキッチンの戸棚という戸棚、および引き出しという引き出しから中身をすべて取り出した。そしてそれを、自分のひとり暮らしに必要なものと、不要になったものに分別する。


 ときどき「どうしてこんなものが、ここに……」と、びっくりするようなものが出てきた。たとえば調薬用のヘラが食器棚の中に紛れ込んでいたり、裁縫用のハサミが小麦粉の袋の下から出てきたり。


 きちんと整理されていると思っていた食料庫の戸棚でさえ、これだ。どちらもなくしたときには、モイラと一緒にずいぶん家中を探し回ったものだ。まさか、こんなところに隠れていたとは。道理で見つからないわけだ。


 二日ほどかけて一階すべての片付けを終え、二階に移る。せっかくなので、まずは自分の部屋のものも徹底的に整理した。


 するとまあ、出てくるわ、出てくるわ、いらないメモ用紙がわんさかと。もはや何のメモだったのかもわからないものが、ほとんどだ。意味のわからない紙切れを取っておいても仕方ないので、すべて処分することにする。


 それが終われば、最後にモイラの部屋。モイラの部屋は置き物が少なく、いつでもすっきり片付いていた。


 片付いてはいても、衣装ダンスの中身はもう着られることのないものだし、机の引き出しの中身には他人に見られたくないものだってあるに違いない。服のほうは、古着屋へ持っていけばよいだろう。整理が必要なのは、机の中身だ。


 机の引き出しには、主に家計の収支記録や、薬の取り引きの記録が入っていた。これは、このまま収納場所だけ変えて残しておこう。日記もあった。勝手に読むのははばかられるけれども、かといって処分する気にもならず、手をつけずに残しておくことにする。


 書類の整理を終えて筆記具の引き出しを開けると、そこには一通の手紙が入っていた。しっかり封をしてあるが、宛名はない。


 誰に宛てたものなのか、中身を確認しようか。散々迷った末、中身を読まずに処分することにした。他人の私信なんて、本人の了解なく読むものではない。たとえそれがすでに故人であったとしても。


 すべての片付けが終わった後、ベリンダは庭先でメモ類を燃やした。あかあかと燃える炎の中に、宛先不明の手紙を最後にくべる。


「せめてモイラの思いだけでも、相手に伝わりますように」


 祈るような気持ちでつぶやいて、ベリンダは手紙を火の中にくべた。ところが手紙はたき火の上に落ちていくことなく、風にあおられたかのように浮き上がり、どこかへ飛んで行こうとするではないか。


 あわてて手紙を捕まえようと手を伸ばしたが、手紙は彼女の手から逃れるように空中を滑る。そのままくるりと回転したかと思うと、小鳥に姿を変えて空高く飛んで行ってしまった。


 ベリンダはあっけにとられて、小鳥の姿が見えなくなるまで見送った。


 さすが、師匠モイラ。亡くなった後でも、かけられた魔法はきちんと発動するらしい。ベリンダは口もとに笑みを浮かべたまま、紙類が燃え尽きるのを待つ間、じっと空を見つめていた。


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