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夜会 (2)

 あまり気持ちよく聞けない話が続くなら、貴族の少女たちの会話が聞こえない場所に移動しよう。そう考えて足を踏み出しかけた彼女の後ろで、少女たちの会話は続く。


「殿下はきっと、身分にもこだわりをお持ちではないと思うわ」

「そうね。わたくしたち貴族の娘よりも、魔女のほうがお似合いかもしれないわね」

「ええ、きっとそう」


 話している内容自体は特に失礼とは言えないものなのに、なぜか声音に嘲りを帯びている。それがどうにも不愉快だ。自分たちを救ってくれた英雄に対して、なんと失礼な態度だろう。ああ、気分が悪い。ベリンダは顔をしかめて首を振り、その場を離れた。


 とはいえ、これといって行きたい場所があるわけでもない。


 少女たちから少し距離をとって、周囲を見回していると、壁際に置かれた細長いテーブルが目に入った。そこでは、食前酒が振る舞われている。


 興味はあるけれども、誰にでも振る舞うものなのかが判断がつかなかった。それで少し距離をとりつつ様子を眺めていると、若い男に横から声をかけられた。


「魔女のお嬢さん、こんばんは」

「こんばんは」


 声をかけてきた青年は、ローブ姿ではなかった。仕立てのよい藍色の夜会服を身にまとい、食前酒の入ったグラスを手にしている。貴族のようだ。


 背は低くはないが大男というほどでもなく、平均より少しだけ高いくらい。年齢は、ベリンダよりは年上に見えた。彼の人なつこい笑顔に、緊張でガチガチになっていたベリンダの気持ちがほぐれる。


「おひとりですか?」

「はい」


 問いかけに対してうなずくと、青年はにこやかに自己紹介した。


「フリードリッヒ・リンツブルクです。どうぞフリッツと呼んでください」

「私はベリンダです。どうぞベリンダとお呼びください」


 青年が名乗ったので、ベリンダも名を告げる。


 フリッツはチラリと横目で何かを確認してから、ベリンダに微笑みかけて飲み物を勧めた。飲み物の置かれたテーブルのほうへ、彼女を誘導する。


「飲み物はいかが? いろいろありますよ」


 さきほどのフリッツの視線が気になり、ベリンダはさりげなくそちらに目を向けた。視界に映るのは、さきほど彼女が逃げてきた、貴族の娘たちが輪になって話している姿だ。


 その中で、ひとり輪から抜けてこちらへ歩み寄ろうとしている少女がいた。フリッツに声をかけようとしたのか、片手を上げかけている。あれは確か「王子には貴族の娘より魔女がお似合い」と言っていた少女だ。あのときそう言いながら、ベリンダのほうへ流し目をくれていたのを覚えている。何となく、感じの悪い人だなあ、と思ったので記憶に残っていたのだ。


 おやおや、とベリンダは思った。どうやら彼女は、虫除けに利用されたようだ。

 もっとも、そう気づいたからといって、別に腹は立たない。むしろ親近感がわいた。


 フリッツは、いかにもあの少女たちのお眼鏡にかないそうな人物に見える。家柄はわからないけれども、すらりとしてほどほどに背が高く、整った顔立ちには人好きのする笑顔を浮かべている。いかにも彼女たちの言うところの「見目麗しい殿方」に当たりそうだ。


 とは言えベリンダにとっては、その顔かたちよりも表情のほうがよほど意味があったのだけれども。端正であろうとなかろうと、彼の温かく気さくな笑顔は好ましい。少々利用されても、全然気にならない程度には。


 何しろ彼女自身、あのおしゃべりの声から逃げてきたのだから。そういう意味では、仲間である。フリッツが逃げるのを自発的ではないにせよ手伝った形なのだから、もはや同志と言ってもよい。


 フリッツは飲み物にどんなものが用意されているのか、種類を挙げながら説明してくれる。どうやら招待客であれば誰でも、好きなものを注文して飲めるらしい。フリッツが挙げた中からベリンダがレモネードを選ぶと、彼は給仕に声をかけてベリンダの分を注文してくれた。手渡されたグラスを、礼を言って受け取る。


 ベリンダが勝手に親近感を募らせていると、フリッツは如才なく無難な話題を振ってきた。


「お嬢さんは、どちらからいらしたんですか」

「アステリ山脈の麓からまいりました」

「アステリ山脈──ということは、星の魔女どのかな?」

「はい」


 出身地を告げただけで通り名を言い当てられ、ベリンダは驚きで目をパチパチさせる。


 フリッツはフリッツで、ベリンダが「星の魔女」であることに驚いた様子だ。


「こんなに若いお嬢さんだったのか」

「いえ、私が星の魔女を名乗るようになったのは、つい最近なんです」


 昨年末に育ての親の師匠が亡くなり、後を継いだばかりなのだ、と説明すると、フリッツは納得したようにうなずいた。そしてフリッツは、なぜ「星の魔女」と聞いて驚いたのかを説明してくれた。


 これまで「星の魔女」は、王宮からの招待に応えたことが一度もないそうだ。それで、どんな人物なのだろうかと、人々は興味津々だったというわけだった。フリッツの家、リンツブルク家は魔法使いの家系なので、公の場に姿を現さない謎めいた魔女にはどうしても興味が引かれたらしい。


 言われてみれば確かに、師匠モイラは泊まりがけで家を空けたことがない。いつだって日が暮れる前には家に帰ってきていた。


「たぶん、師匠も今回はご招待に応じる予定だったと思います」

「そうなの?」

「はい。私が十六歳になったらお披露目をすると言っていましたから」


 モイラはベリンダのお披露目をとても楽しみにしていた。それを思い出すと、鼻の奥が少しツンとする。「あなたにもローブを作らないといけないわね」とよく言っていたのに、そうする前に亡くなってしまったのだ。


 モイラの思い出につい涙があふれそうになり、上を見上げて目をしばたたく。フリッツはベリンダが師匠の思い出を語る声には耳を傾けながらも、彼女の涙ぐんだ様子は見て見ぬ振りをして、周囲の人々に視線を向けていた。


 話し終わると、二人の間の会話がしばし途切れる。

 ベリンダの気持ちが落ち着いてきた頃、フリッツがその沈黙を破った。


「それでは、今回が星の魔女どのの初めての夜会ということだね。かわいらしい魔女どの、あなたをエスコートする栄誉を、どうか僕に与えてくださいませんか」

「ぜひ。よろしくお願いします」


 ベリンダは微笑んで、フリッツの差し出す腕に手をかけた。


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