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雪の王子と星の魔女の極秘の婚約 ~落ちこぼれ魔女、呪われた英雄王子を救いに押しかけ婚約者になる~  作者: 海野宵人


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忌み地の地図 (4)

 三階に上がり、テオドールは方位磁針を手にして、迷いのない足取りで歩いていく。ベリンダはその後ろを、おっかなびっくり付いて行った。ある程度は外部の者にも解放されている一階や二階ならともかく、王族の私室がある三階に入り込むのは、何とも言えない後ろめたさがある。


「ここです」


 国王の私室は、豪華というよりは、落ち着いた雰囲気の部屋だった。方位磁針が示す先は、王妃の部屋との間にある壁だ。家具も何も置かれていない。テオドールが壁を叩いて確認するが、特に何か仕掛けがあるわけでもなさそうだ。


 念のため、王妃の部屋の側からも確認した。やはり何も置かれていない。何度も行ったり来たりした挙げ句、二人は顔を見合わせてため息をついた。「やっぱり、図書室なんでしょうか」と肩を落とすベリンダの前で、テオドールはあごに手をあてて「うーん」と首をひねる。そのまましばらく何やら考え込んだ末、とんでもないことを言い出した。


「ちょっと壁紙でも剥がしてみますか」

「えっ」


 ギョッとしたベリンダが止める間もなく、テオドールは壁に掛かっている大きな絵画を取り外してしまう。


「待って。テオさま、ちょっと待って」


 どこからか小型のナイフを取り出して壁に突き立てようとしているテオドールを、ベリンダはあわてて止めた。壁紙を剥がす前に、もっと調べられることがあるはずだ。そう考えれば、取り外した絵が怪しく思えてくる。


「絵の裏板を外してみたら、中に何か入っていたりしませんか」

「ああ、確かに。どれどれ」


 テオドールはテキパキと額縁の裏側の留め金を外してから、裏板を外した。果たしてそこには、折りたたまれた地図が入っていたのだった。


 部屋のテーブルの上で、取り出した地図を傷つけることのないよう慎重に広げる。それは国全体の地図だった。紙の古びた様子からも、相当な年代物であることがわかる。そして、現在の地図であれば「忌み地」として空白となっている部分にも、他の部分と同じように地形が書き込まれていた。


 これだ。まさにこれが、求めていた地図だ。


 使えそうな地図が見つかったことに、ベリンダは心の底からホッとした。


「これですね」

「うん、ありがとう。本当にありがとう!」


 テオドールは感極まったようにベリンダをその腕の中にギュッと抱きしめ、礼の言葉を繰り返した。突然のことに、彼女はびっくりして固まってしまう。


 普段はフリッツと違って落ち着いているだけに、こんなふうに感情にまかせた行動は初めて見た気がした。固まっていながらも、ベリンダの心臓は口から飛び出しそうなほどドキドキと早鐘のように鳴っている。こんなにドキドキするのは、たぶん驚いたからというだけではない。


 硬直していたベリンダは、ややあってから自分の体に回されたテオドールの腕をおずおずと叩いた。


「あの、テオさま」

「あ。すみません」


 ハッと我に返ったらしき王子は、あわててベリンダを抱きしめる腕を放した。顔が真っ赤だ。それが伝染したかのように、ベリンダの頬も紅潮する。二人とも照れたように視線をさまよわせていたが、しばらくするとテオドールは彼女の手をとってまっすぐに見つめた。


「いつもいつも、肝心なところで助けてくれるあなたは、私の女神です」


 とんでもなく大げさな褒め言葉に、ベリンダは何と返したらよいのかわからず、目をまたたいた。言葉を失った彼女に、王子は顔を赤らめたまま、ぎこちなく微笑みかける。おかげで、ベリンダの赤く染まった頬からは熱が引かない。彼女は落ち着かない気持ちで、頬に手を当てた。


 テオドールは少しの間、笑みを浮かべたまま彼女をじっと見つめていたが、不意に表情を引き締めて真顔になる。そして咳払いしてから、言葉を続けた。


「邪神を討伐できたら、お話ししたいことがあります。待っていてくださいますか」


 いつになく真剣なテオドールの表情に、ベリンダは戸惑う。いったいどんな話だろう。いぶかしくは思うものの、尋ねてよい雰囲気でないことだけは察した。だから彼女は神妙に「はい」と返事をして、うなずいた。


 テオドールは「ありがとう」と微笑んでから、ホッとしたように大きく息を吐き出す。その後はもう、不思議なほどいつもどおりの王子だ。


 テオドールとベリンダは、地図が隠されていた絵画をさらに詳しく調べてみた。この絵は、神殿の塔の上から王都全体を見渡す景色を描いたものだ。


 古い時代のものらしく、王都の景色も今とは違う。絵の中にある王宮は、ベリンダが知っているものよりも少し小さかった。こうした絵には、たいてい右下か左下に画家のサインがあるものだが、なぜかこれにはサインがない。


 いぶかしく思って裏側を調べてみると、右下に小さく「愛する妹へ」という文字とともに数字が記されていた。記された数字が制作年だとすると、六百年ほども前に作成されたものということになる。


 その下に制作者のサインとおぼしきものもあるのだが、そこだけ文字がかすれてしまっていて判読できない。「愛する妹へ」という文言から、ベリンダは伝説の姉妹を思い出した。もし伝説に出てくる姉娘がこの絵の制作者だとするなら、つまり女神がこの絵と地図を残したということになる。


 ベリンダはテオドールと一緒になって裏側をのぞき込みながら、感慨深く推測を口にした。


「女神さまにゆかりの絵かもしれませんね」

「うん。そんなものがここにあるとは、全然知りませんでしたよ」


 テオドールは裏板をはめ直してから、絵を丁寧に壁に戻した。地図が見つかったからには、ベリンダの王宮での用事はこれでおしまいだ。


 そのとき、不意に背後から聞き慣れた声が聞こえた気がした。


『人の命は儚いものよ。大事に生きて、しあわせにおなりなさい。愛してるわ』


 テオドールから聞いた伝説に出てくる、女神の生まれ変わりが妹に残したという言葉だ。だがその言葉を口にしている声は、懐かしいモイラのものだった。思わずベリンダは国王の居室を振り返ってしまう。もちろん、そこには誰もいない。ただ古い絵が壁に掛かっているだけだ。


 足を止めた彼女に合わせて足を止め、不思議そうに首を傾げた王子に、彼女は苦笑して弁解した。


「ごめんなさい、何でもありません。空耳が聞こえてしまいました」


 そのままテオドールに見送られ、馬車で公爵邸へ戻ったのだった。


 と言っても、テオドールと別れていたのはわずかな時間にすぎない。地図探しに午後いっぱいかかったから、そろそろ夕食の時間が近かったのだ。彼女が公爵邸に戻って、フリッツと公爵夫妻に結果を報告し終わった頃には、テオドールが転移で公爵邸にやってきた。


 夕食のときも、地図の話でもちきりだ。昼前の疲れ切った表情とは違い、テオドールもフリッツも希望で目を輝かせている。二人の話によれば、地形から判断して、すでに道のりは半分を超えているらしい。


 どこまで進んでいるのか、まったく先が見えない状況と、具体的な進み具合がはっきりと把握できているのとでは、心理的な負担がまったく違う。しかも、二人が想像していたよりも、だいぶ先まで進めていたのだ。二人の表情が明るくなるのも、当然というものだった。


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