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雪の王子と星の魔女の極秘の婚約 ~落ちこぼれ魔女、呪われた英雄王子を救いに押しかけ婚約者になる~  作者: 海野宵人


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忌み地の地図 (2)

 フリッツと一緒にいるわけでないのに、なぜイリーネはわざわざベリンダに近づいてきて声をかけたのだろうか。用件に見当がつかず、ベリンダは首をかしげた。ベリンダのきょとんとした様子が気に入らないのか、イリーネは険しい顔でかみついてくる。


「いったいどなたの許可を得て、ここにいるの? 王宮は、あなたのような下賤の者がうろうろしてよい場所ではないのよ」


 誰の許可を得たかと言えば、王太子テオドールの許可である。そのテオドール本人がベリンダのすぐ隣にいるというのに、そんな質問をする理由がわからない。いったいイリーネは、どんな答えを期待しているのだろう。ベリンダは首をかしげたまま眉根をよせ、目をまたたく。


 困惑しているベリンダに苛立ったのか、イリーネはツンとあごを上げて目を細め、鋭い声で命令した。


「わたくしが質問しているのよ。答えなさい!」

「ええっと、許可をくださったのはテオドール殿下ですけど……」


 自信なさげな声で答えながら、思わずベリンダはテオドールの顔を見上げた。王子も困ったような顔をして、肩をすくめてみせる。


 ベリンダの様子に、イリーネは「まあ。言うにことかいて、殿下ですって?」とまなじりをつり上げた。「言うにことかいて」も何も、実際にテオドールと同行しているわけで、ベリンダにはイリーネが何に腹を立てているのかさっぱりわからない。けれども次の瞬間、イリーネはフンと鼻を鳴らして、意地の悪い笑みを浮かべた。


「ああ、平民の魔女なんて、あのアザラシ王子とお似合いですものね。だからといって勝手にお名前を使うだなんて、とんでもないことだわ」

「アザラシ……」


 さすがにこの発言には、ベリンダも呆然とする。再びテオドールの顔を見上げたついでに、正直な感想が口をついて出てしまった。


「アザラシ王子ですって。ずいぶんかわいいあだ名がついてるんですね」

「いえ、アザラシは初めて聞きました。陰でトドとかブタとか言われていたのなら、知ってますけど」

「そんなこと言う人、いたんですか……」


 テオドールから真顔で返された言葉に、ベリンダは体から力が抜けてため息がこぼれそうになる。そんな陰口を言うのもどうかと思うし、言うにしてもせめて本人の耳に入らないように細心の注意を払った上で言ってほしい。というか、そもそも言わないでほしい。


 目の前で交わされる、テオドールとベリンダの気の抜けたやり取りに、イリーネはいきり立った。


「殿下のお名前を勝手に使う不届き者は、即刻ここから出てお行きなさい!」

「いえ、お名前を勝手に使ったりはしていませんよ」


 ベリンダはテオドールを見上げて小首をかしげ、「ね?」と確認をとった。テオドールもそれに応えて「はい」とうなずく。すると今度は、イリーネの矛先がテオドールに向かった。彼女は王子をにらみ据えて、次のように吐き捨てた。


「だいたい、この者は何なのですか。高貴なるかたのお住まいである王宮を、そのように薄汚れたなりでうろつくなど、あってはならぬことです。フリードリッヒさまに媚びを売るだけでは飽き足らず、見目がよいだけの野蛮な者を侍らせるとは、下賤なばかりか、なんというあばずれなの」


 ここまでくると、もはやベリンダには返す言葉が見つからない。何というか、言葉はわかるのに、意味がわからない。ベリンダがフリッツに媚びを売ったことなんてないし、テオドールを侍らせたりもしていない。


 そもそも王子が一緒にいるからといって「侍らせている」と表現すること自体が、とんでもなく失礼だ。どこから指摘したらよいものやら、めまいがしそう。


 しかしここで、それまで口出しせずに静かにしていたテオドールが、不機嫌そうにスッと目を細めた。初めて見る表情にベリンダが目を丸くしていると、テオドールは彼女が震え上がりそうなほど低く響き渡る声を出した。


「イリーネ嬢、いい加減にしてください」


 イリーネはテオドールの剣幕にひるんだようにわずかに後ずさったものの、「何よ」と強気にテオドールをにらみつけた。そこへテオドールが畳みかける。


「彼女をあしざまに言うことは許しません」

「何の権限があって、そのようなことを申すのです。無礼者!」


 いやいや、本当の無礼者はあなただから──と思ったベリンダだが、あまりにもかみ合わないイリーネとの会話に、思うところがあった。だがテオドールがイリーネの相手をしているのに、横から口をはさむわけにもいかない。


 ベリンダはテオドールの腕を軽く叩き、問いかけるように王子を見上げてみる。それに気づくと、テオドールは眉を上げてから小さくうなずいた。王子の同意を得て、ベリンダは口を開く。


「もしかしてイリーネさまは、テオさまが誰だかわかってないんじゃありませんか」


 テオドールは小首をひねってから、おもむろに「なるほど」とうなずいた。そしてイリーネに向き直って、静かな声で告げた。


「権限と言うなら、王太子権限ですかね」

「え、うそ……」


 ここへ来てやっと、目の前の人物が誰だかイリーネにも思い当たったようだ。驚愕の表情でテオドールを見つめ、目を見開く。


「だって全然違う……」

「彼女の指導のおかげで、健康的になりましたから。さて、お帰りはあちらです」


 イリーネは急に顔色を失って、勢いよく頭を下げた。


「大変失礼をいたしました。お詫び申し上げます!」

「私への謝罪は結構です。私のことは、アザラシでも野蛮人でも、好きなように呼べばいい。でも私の恩人である彼女への中傷は、聞き流すことができません。この件に関しては、あなたの父上に正式に苦情を申し入れることにしますよ」


 テオドールはなおも「さあ」と手で玄関の方角を示して、イリーネを追い出そうとする。イリーネはぎこちなく頭を上げるも、テオドールのとりつく島もない態度に唇をかみ、お辞儀をしてから「失礼いたします」と言って、くるりと背中を向けた。これだけはっきりと叱責されたにもかかわらず、振り返りざまにベリンダを憎々しげににらみつけていく。


 かけらも反省の色の見られないイリーネの態度に、ベリンダは思わずため息が出た。なんて自分中心で、子どもっぽい人なんだろう。


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