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邪神探索 (2)

 筋の通った、実効性のある提案をしたつもりなのに、頭から否定されてベリンダは少しムッとする。彼女のその顔を見て、テオドールは表情をやわらげた。


「気持ちはありがたいと思いますが、それでは婚約を秘密にした意味がなくなってしまいます」


 テオドールからそう説明されて、やっとベリンダも合点がいった。そうだった、邪神に婚約者が誰か悟られないようにするために、婚約を秘密にしたのだった。探索に付き添うだけなら大丈夫そうな気もするが、「なるべく接点があることを知られないほうがよい」とテオドールから説得されれば、納得するよりほかない。


 フリッツとテオドールは結局、ホウキを置いて出かけて行った。つまり、徒歩での探索となる。もっとも忌み地の入り口までは転移で行けるので、実際に徒歩で探索するのは忌み地に入った後のことだ。


 やきもきしながら待っていたが、午後は途中から公爵夫人に捕まってしまった。


「さあ、礼儀作法のお勉強をしましょう」

「はい、公爵夫人」


 素直に返事をして夫人の後ろをついて行こうとしたが、夫人はぴたりと足をとめて振り返り、片眉を上げてベリンダの顔をじっと見つめた。


「『公爵夫人』?」

「あ」


 なんとも言えず既視感のある夫人の反応に、思わずベリンダは間抜けな声をもらす。そう言えば昼食の前に、フリッツからまったく同じことをとがめられたばかりだった。学習しない自分に苦笑がこぼれる。上目遣いにそっと夫人を見つめてみたが、フリッツ同様、見逃してくれる気配はなかった。


 仕方なく、ベリンダは言い直す。


「はい、お母さま」


 夫人は満足げに微笑んで、再び歩き始めた。


 前回の「お勉強」は、ただひたすらドレスを試着することだったが、どうやら今回は違うらしい。連れて行かれた先は、応接室だった。そこには、お茶の準備が整えられていた。


 ベリンダと夫人が着席すると、執事がワゴンを押して入ってくる。ベリンダは夫人に手招きされるがままに、夫人の隣に腰を下ろした。執事が紅茶椀に紅茶をそそぐと、夫人はベリンダに微笑みかけてから、テーブルの上の菓子と紅茶を手で示す。


「さあ、いただきましょう」

「はい、お母さま」


 礼儀作法の勉強と言う割には、夫人は特に何も指導せず、注意もしない。ただ普通に、何げない口調で世間話が始まった。


「先日の夜会では、フリッツの他にはどなたかとお知り合いになれて?」

「いいえ。──あ、いえ、テオさまとお話ししました」

「ああ、そうだったわね。でももしかして、その二人だけ?」

「はい」


 ベリンダはそう返事をしてから、少し首をかしげた。強いて挙げれば、もうひとりいる、ような気がする。「知り合い」に数えてよいのか、わからないけど。一応、フリッツから名前を教えられて顔を覚えた、という意味では「知り合った」とは言えるだろう。ベリンダは慎重に言葉を選びながら、夫人にそれを伝えた。


「きちんと紹介されたわけではないので、知り合いには数えられないかもしれませんが、お兄さまからイリーネ嬢の名前は教わりました」


 それを聞いたとたん、夫人はわずかに口をへの字に曲げて、くるりと目を回す。


「イリーネ嬢、ねえ。フリッツは、まだあの娘に煩わされているのね」


 煩わされている、という言い方に、イリーネに対する夫人の評価が察せられる。けれども陰口は言いたくないので、ベリンダは苦笑いしただけで、コメントは差し控えた。イリーネに関してはどんなことを口にしても、告げ口か陰口になってしまいそうだから。


 もっとも、ベリンダが何を言っても言わなくても、夫人はフリッツがイリーネに手を焼いている状況は十分に把握しているようだった。


 それから夫人は、イリーネをとっかかりとして、リンツブルク家と関わりのある貴族たちについて話して聞かせた。体験談を織り交ぜながら語られるその論評は、客観的だ。にもかかわらず、ただの噂話のような気安さで面白おかしく話して聞かせるので、ベリンダは少しも退屈することなく、興味深く耳を傾けた。


 ただし、楽しく話を聞きながらも、頭のどこかに引っかかるものがある。今日は礼儀作法のお勉強をするはずじゃなかったっけ? 楽しいから、これはこれで全然かまわないのだけど、ちゃんと教わらなくて大丈夫なのだろうか。話のきりのよいところで疑問をぶつけてみたところ、夫人はにっこり微笑んで「大丈夫よ」と請け合った。


「あなたは姿勢もよいし、食器の扱い方にも文句のつけようがないわ。どなたに教わったの?」

「モイラです。あ、モイラというのは、私を拾って育ててくれた師匠なんですけど」

「立派なおうちのご出身なのかしら」

「わかりません。でも、若い頃に王宮で働いていたと、聞いた記憶があります」

「ああ、なるほど。王宮魔術師だったのね。それなら納得だわ」


 王宮魔術師であれば、上位貴族や王族との付き合いが多い。だからたとえ平民出身であったとしても、貴族式の礼儀作法を身につけていて不思議はないと、夫人は言う。


 立ち居振る舞いに関しては特にこれ以上何かを教える必要はない、と聞いて、ベリンダはちょっと拍子抜けした。行儀作法に関しては、モイラはかなり口うるさかった。だから貴族ならきっと、さらにいろいろと気をつけなくてはならないことがあるに違いないと思っていたのだ。身構えていた分だけ気が抜けたけれども、覚えなくてはいけないことが減ったのにはホッとした。


 その後も世間話のようにして貴族の話を聞くうち、夫人とのお茶会が終わる頃には、まだ会って話したこともない貴族たちの情報が、ベリンダの頭の中にきれいに収まっていた。顔はわからなくても、名前を聞けば「ああ、あの話に出てきた人か」と夫人から聞いたエピソードを思い出しそうだ。


 お茶会が終わった後は、ベリンダは部屋に戻る。夫人から渡された貴族名鑑をめくっているうちに、テオドールとフリッツが帰還した。


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