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夜会 (1)

 夜会に参加するにあたり、ベリンダは前後合わせて王都に二泊することにした。

 最短なら当日一泊でも十分なのだが、せっかくなので観光もしたかったのだ。


 仕立屋から戻ってきたローブは、完璧だった。サイズを合わせただけでなく、ベリンダの年齢に合わせてデザインも少しばかり手を入れてあった。老齢のモイラ用に落ち着いた飾り気のないデザインだったのを、ベリンダの年齢に合わせて少し若々しく見えるよう、仕立て直してある。


 シンプルな上品さを損なわない範囲で、レースとリボンの飾りが追加されていた。すばらしかった。家に持ち帰った後、何度うっとりと眺めたことか。


 そのローブを大事に抱え、ベリンダは王都へ向かった。

 馬車で丸一週間かかる距離だが、ホウキなら三時間ほどだ。


 仕立屋に紹介された宿屋は、繁華街からひとつ奥に入った通りにある、閑静なところだった。宿屋の主人は、紹介状を見せると大げさなほどに歓迎して、何くれとなく面倒を見てくれた。どうやら、ベリンダの作る薬によく世話になっているのでよろしく頼むと、仕立屋の紹介状に書かれていたらしい。


 貸馬車も、宿屋の主人に教わって、前日のうちに予約しておいた。


 貸馬車にもグレードがあると知ったときには、気が遠くなりそうになった。何しろグレードはピンからキリまであり、上のほうはベリンダには手も足も出ない価格帯だ。予算の許す範囲で、みすぼらしく見えない最低限の馬車を用意してもらった。


 前泊したにもかかわらず、何だかんだと準備に時間をとられる。結局、夜会の前には王都を観光する暇などなかった。そもそも、そわそわと気持ちが落ち着かず、観光どころではなかったこともある。



 * * *



 そして迎えた夜会の日。


 日が暮れる頃に、貸馬車が宿屋に迎えにやってきた。御者はパリッとした衣服に身を包み、黒塗りの馬車はきれいに磨き込まれている。馬車に乗るときには、御者が手を貸してくれた。何だかお姫さまになったような気分で、ベリンダは面はゆく感じる。


 王宮に近づくにつれて馬車の数が増え、王宮前の通りは夜会出席者たちの馬車で渋滞していた。早めに出ておいてよかった、とベリンダは胸の内で安堵した。


 王宮が見えてくると、その大きさと豪華さにベリンダは圧倒される。


 王宮の門をくぐり、入り口前に馬車が止まれば、王宮の使用人が馬車の扉を開けてくれた。そのままエスコートされて宮殿内に入る。中のホールで別の使用人にエスコートが引き継がれた。屋外と屋内で、案内係がわかれているらしい。


 エスコートされながら、そっと周囲の様子をうかがってみる。貴族たちの夜会服に混じり、ちらほらと魔術師や魔女のローブ姿が見られた。ローブで問題ないとわかり、やっと肩から力が抜けた。


 案内された先は、控え室だ。


 控え室と言っても、決して小さくはない。ここが夜会のホールだと言われれば、そうかと納得してしまいそうなくらいには広い部屋だ。そこへ、到着順に招待客が次々と案内されていた。


 部屋に集まった人々は、知り合いを見かけると声をかけ合っている。数人で輪になって親しげに会話している様子も、そこかしこに見られた。だがここには、ベリンダの知り合いはいない。居場所がないような気がして、人混みを抜けて壁際へ行く。そこでカーテンの陰に隠れるようにして、会場の様子を眺めることにした。


 しばらくすると、ベリンダのいる場所からあまり離れていないところに、彼女とあまり歳の変わらない少女たちが集まり始めた。いずれもきらびやかに着飾っていて、貴族の娘のようだ。互いに顔見知りらしい。


 彼女たちは声量を落とすでもなく、にぎやかにおしゃべりしているので、耳を澄まさなくても自然に会話が聞こえてしまう。それを聞くともなしに聞いていると、おしゃれや流行の話題で盛り上がっていた。あまり興味もないし、そもそも用語を知らないので意味がわからず、聞き流す。


 だがやがて、ベリンダにも理解できる話題が会話にのぼった。


「殿下は、どなたを婚約者になさるのかしら」

「そろそろお決めにならないといけない頃合いよね」


 今日の主役である王子が話題になっている。少々興味が引かれて、ベリンダは聞き耳を立てた。


「どなたか立候補なさったらいかが?」


 ひとりが提案すると、他の少女たちから悲鳴のような声が上がった。


「わたくしには無理!」

「わたくしにも、荷が勝ちすぎましてよ」

「そうおっしゃるあなたこそ、立候補なさったらいかがかしら」


 少女たちの視線が、立候補を提案した少女に集まる。すると彼女は、にっこりと微笑んでこう言った。


「わたくし、つい先日婚約いたしましたの。だから立候補するわけにまいりませんのよ」


 少女たちは口々に「まあ!」と黄色い声を上げて、婚約したばかりの少女を質問攻めにする。


「お相手はどなたなの?」

「どちらの家のかた?」

「どのようなご縁でしたの?」


 話題の的となっている少女が婚約者の名を告げると、再び周囲の少女たちから華やいだ歓声が上がった。どうやら彼女たちの羨望を集めるような、家柄と容姿を兼ね備えた人物らしい。


 ところが不思議なことに、彼女たちが褒め称えるのは家柄と容姿ばかり。なぜか人柄や能力について触れる者がいなかった。なぜだろう、とベリンダは密かに首をかしげる。一番大事なことのように思うのに。


 彼女が首をひねっている間に、少女たちの話題は王子に戻ってきていた。


「今日はお決めになるのかしら」

「わたくしはとてもお受けできませんけれど、早くお決まりになるとよろしいわね」

「殿下はきっとお相手に容色をお求めではないから、意外なかたにお決めになるかもしれなくてよ」


 ベリンダは「へえ」と思いながら、意識だけを少女たちの会話に向けて聞いていた。


 どうやら王子さまは、お相手の容姿を気にしないと思われているらしい。質実剛健を好む人なのかな、とベリンダは推測する。けれども、王子のことを話しているときの少女たちの態度に、彼女はそこはかとなく不快感を覚えた。


 くすくすと笑うその表情に、隠しきれない侮蔑の色が含まれていたからだ。


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