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ホウキの乗り方

 ベリンダがフリッツの手帳の内容を眺めている間に、テオドールは座標の記録を終え、地名を手帳に書き込んでいた。テオドールは手帳を閉じると、ベリンダに質問をした。


「ホウキには、私も乗ることができるでしょうか」

「どうでしょう……」


 簡単な魔法だと思っていたけれども、今では使う人がいない魔法だと食事会で聞いた後では、ベリンダには自信がない。頼りなく首をかしげる様子に、フリッツが笑いながら助け船を出した。


「なら、試してみたら?」

「使えるホウキがあるかしら」

「どうだろうね。見てみよう」


 三人は連れ立って使用人エリアに向かう。フリッツは下男を捕まえて、掃除用具の保管場所を聞き出した。教えられた場所へ行くと、ホウキが何本も壁につるしてある。その脇に立ち、フリッツはベリンダに向かって首をかしげてみせた。


「さて。使えるかどうかは、どうすればわかるのかな」

「呼べばわかります」


 フリッツもテオドールも、怪訝そうな顔だ。二人の表情を見て、ベリンダは笑みを浮かべた。これは実演して見せるのが早い。


「飛べる子は、こっちにおいで」


 ベリンダが声をかけると、壁にかかっていたホウキが一斉に飛び降りて、ピョンピョンと彼女に向かって跳ねてきた。一本残らず跳んできたホウキに囲まれて、ベリンダは目を丸くする。普通は呼んでも応えるホウキなんて、十本のうち一本でもあればよいほうだ。


「すごい。さすが公爵家……」

「なんだこれ。すごいな」


 フリッツも、ベリンダと一緒になって目を丸くしている。その横で、テオドールが冷静に質問をした。


「このホウキは、すべて使えるということですか?」

「はい」


 ベリンダは周囲のホウキの中から三本を選び、残りのホウキに「お戻り」と声をかける。するとホウキたちは、素直にピョンピョンと跳ねながら元の場所に戻って行った。唖然とした様子でホウキを見送るテオドールとフリッツに、ベリンダの口もとには笑みがこぼれる。


 彼女は「どうぞ」と言いながら、二人にホウキを一本ずつ手渡した。


「ここだと狭くて危ないから、外へ行きましょう」


 三人で裏庭へ出てから、ベリンダがホウキにまたがって手本を見せる。男性陣も見よう見まねでホウキにまたがった。それを見届けてから、ベリンダは「飛べ」と命令を発する。その命令に呼応するように、彼女とホウキはふわりと空中に浮き上がった。


 ベリンダは空中から男性陣に声をかける。


「どうぞ。やってみてください」

「え、呪文とかないの?」

「ありません。『飛べ』って指示するだけです。だから簡単なんですよ」


 魔法とは思えない単純な操作に、フリッツは半信半疑の顔で「飛べ」と声に出した。その瞬間に、彼の体はホウキとともに空中に浮き上がる。続いてテオドールも同じようにして浮き上がった。


 ベリンダは満足げに男性陣に微笑みかけた。


「ね、簡単でしょう?」


 フリッツとテオドールは顔を見合わせ、どちらも不思議そうにしている。


「魔法を使ってる感覚がないな」

「うん。でも実際、飛んでる。不思議だね」


 ベリンダにしてみたら、子どもの頃から使っている、一番簡単な魔法だ。何が不思議なのかがわからない。そもそも「魔法を使っている感覚」とやらが、どんな感覚なのかも見当がつかない。何しろポンコツ魔女だから。でも、そんなものがわからなくても使えちゃうのが、ホウキなのだ。


 慣れないうちは、落ちてもけがをしない程度の高さで練習をする。指示の出し方や操縦方法を簡単に説明しただけで、フリッツもテオドールもすぐにホウキを乗りこなすようになった。特にフリッツは、子どものように大はしゃぎだ。


「これ楽しいな!」


 しばらくホウキで敷地内を飛び回った後、テオドールはベリンダに尋ねた。


「アステリ山脈まで、私も一緒に行ってもかまいませんか」

「いいですけど、三時間もかかりますよ?」

「それは承知の上です」

「だったらどうぞ」


 ベリンダが笑顔で承諾すると、フリッツが「ずるいぞ、テオ!」と声を上げた。


「ベリンダ、僕もいい?」

「どうぞどうぞ」


 思いがけず、三人で行くことになってしまった。そうと決まれば、すぐに出発したほうがよい。ベリンダひとりならすでに出発していたはずなのだが、ホウキの乗り方の講習会なぞをしたおかげで時間をとられている。まだ日の長い季節とはいえ、のんびりしていると到着する前に日が落ちてしまいそうだ。


 男性陣はどうせ転移で帰還するのだろうから、手ぶらで出かけてもかまわない。ただしそれでも一応、準備したほうがよいものはある。ベリンダは二人に声をかけた。


「上空は結構冷えるので、何か羽織ったほうがいいですよ」


 フリッツとテオドールは上着を着込み、使用人に外出を告げた。ベリンダは公爵家のホウキを保管場所に戻して、与えられた部屋に置かれている自分のホウキをとってくる。見た目にたいした違いはないものの、やはり使い慣れた自分のホウキのほうが手にしっくりくるのだ。


 そうして三人はアステリ山脈に向かって出発した。フリッツとテオドールは二人とも、上空から見える王都の景色に目を奪われている。しばらく二人で、目に付く大きな建物が何かを当てっこしていた。ベリンダには知っている建物なんてないので、ただ聞いているばかりだ。


 やがて王都から離れると、フリッツはふと思いついたようにテオドールに声をかけた。


「なあ、テオ。ホウキがあれば忌み地の探索も楽にならないかな?」

「いや。無理だと思う」


 フリッツの提案に、テオドールは首を横に振る。残念ながら、忌み地では地上だけでなく上空も霧に包まれている。ホウキで抜けられるとは思えない、と王子は言う。試してみる価値はあるけれども、おそらく無理だろう、と。


 フリッツは「そうか」とがっかりした顔を見せたが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。


「まあ、まだ方位磁針があるしな!」

「役に立つといいんですけど」


 試してみないことには、使えるかどうかはわからない。ベリンダとしては、テオドールの役に立つことを祈るばかりだ。


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