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作戦会議 (2)

 それからフリッツとテオドールは、食事のための移動について相談を始めた。相談の結果、テオドールの転移先として部屋をひとつ用意することになったようだ。


 話がまとまると、フリッツはソファーから立ち上がりながら王子に声をかける。


「じゃあ、さっそく座標を記録しに行くか」

「うん。頼む」


 このやり取りを聞いて、ベリンダは首をかしげた。座標の記録って、何だろう。執務室を出て廊下を歩きながら、フリッツは彼女の怪訝そうな表情を見て「そういや、転移を知らなかったんだっけな」と笑いながら説明してくれた。


「転移っていうのは、記録した座標に飛ぶ魔法なんだよ」


 転移先を特定するための術式を「座標」と呼ぶそうだ。座標の術式は非常に複雑なため、地点ごとに紙に記録しておく。この術式には、術者自身の特性も組み込まれている。したがって座標は術者ごとに異なり、他人の座標を利用して転移することはできない。「転移できるのは、一度行ったことのある場所だけ」と言われるのは、こうした事情からだ。


 これまで転移魔法のことを何も知らなかったベリンダは、フリッツの説明に興味深く耳を傾けた。一瞬で別の場所に転移できるとは、なんと便利な魔法だろうかと思ったけれども、思いのほか制限事項が多いようだ。便利なことは間違いないが、ベリンダが最初に思ったほど万能な魔法ではないらしい。


 馬車に乗ると、フリッツはテオドールに質問した。


「座標と言えば、邪神の探索はどうなってる?」

「相変わらず、さっぱりだよ」


 テオドールは眉尻を下げて、首を横に振った。


 何の話かさっぱりわからないので、ベリンダはきょとんとして静かに聞いている。その様子に気づいて、フリッツが解説してくれた。


 テオドールは現在、邪神討伐の最終段階として、忌み地の探索をしている。ところがそれが、全然うまく行っていないのだそうだ。


 忌み地は、全体が深い霧で覆われている。一歩でも足を踏み入れると、自分の足もとさえ見えなくなるほどの濃い霧だ。だから遠目に地形を判断することができず、ひたすら歩いて探索するしかない。


 しかし座標さえ記録できれば、いったん帰還して翌日そこから探索を再開することが可能だ。だから少しずつ地道に踏破して、座標を記録していく計画を立てた。実際、それしかやりようがない。なのに、それがうまくいっていないのだ。


 うまくいかない原因は、やはり霧が濃すぎるせいだ。何しろ文字通りに五里霧中である。目隠しをされて歩いているのと変わらない。だから方向感覚が失われ、まっすぐ歩き続けたつもりでも、いつの間にか出発点に戻ってしまっているのだと言う。


 しかも忌み地は、ただ歩き続けていればよいだけの場所ではない。しばしば魔物に襲われることがある。魔物と戦えば、それまでどちらを向いて歩いていたかなんて、簡単にわからなくなる。


 もちろんテオドールは方位磁針も試してみた。だが、これも役には立たなかった。なぜなら忌み地の霧に包まれると、途端に方位磁針が不安定になるからだ。普通なら常に針が北を指すはずなのに、フラフラと指す方向が定まらなくなってしまう。これならまだ五感に頼るほうがマシである。


 しかし、ただ五感に頼って歩くだけでは、やはり奥へは進めない。思いつく限りの方法を試しているものの、今のところ成果が上がっていないのだそうだ。


 それを聞いて、ベリンダは思いついたことがあり、提案してみた。


「うまく行くかわかりませんけど、うちの方位磁針をお貸ししましょうか?」

「何か普通とは違うものなんですか?」

「はい。失せ物探し用なんです」


 すでに普通の方位磁針は試しているテオドールが、かすかに期待のこもった目で尋ねてきた。その様子からは、明らかに魔法の方位磁針を使ったことがないとわかる。そこでベリンダは、失せ物探しの方位磁針について詳しく説明した。


 ベリンダが提案した方位磁針は、捜し物があるときにその方角を指し示してくれる、魔法の道具だ。育ての親でもある師匠モイラからの贈り物だった。この道具が忌み地の霧の影響を受けないという保証はない。だが普通の方位磁針とは異なるものなので、試してみる価値はあるのではないかとベリンダは思う。


 彼女の提案に、フリッツは目の色を変えた。


「すごいな。テオ、試してみよう!」

「うん」


 テオドールの目にも、心なしか期待がこもっているように見える。もし本当に役に立つならうれしい、とベリンダは思った。ただしそのためには、やらなくてはならないことがある。


「では、私は一度アステリ山脈の家に帰りますね」

「ああ。さすがに持ってきてはいないか」

「はい」


 今からすぐにホウキで帰れば、夕方には家に着くだろう。ひと晩休んで、明日の早朝に出発すれば、昼前には王都に戻って来られるはずだ。ベリンダは心の中で素早くそう計算して、最短で渡せる時間をテオドールに提示する。


「渡すのは、明日のお昼くらいでもいいですか?」

「あれ? 転移は使えないって言ってませんでした?」

「はい。ホウキで往復するから、今日中というのは無理なんです」

「え。ホウキって、そんなに速いんですか」


 ベリンダの説明に、テオドールは驚いたように目を見開いた。数少ない、というか唯一の魔法を褒められて、彼女はちょっとうれしくなる。


「片道三時間くらいです」

「それはすごい! 確か馬車で一週間はかかる距離でしたよね」


 テオドールが手放しで褒めるので、ベリンダははにかんだ。でもうれしい。


 公爵邸に到着すると、フリッツはベリンダとテオドールを客室に待たせて、まっすぐ父親のところに向かった。公爵に事情を説明し、これから少なくとも当分の間、テオドールは三食とも公爵邸で食事をとること、そのため転移用に客室をひとつテオドールにあてがうことの了承を得る。


 すべての準備を整えてから、フリッツはテオドールを客室に案内した。ちゃっかりベリンダもついていく。だって、座標の記録も、実際に転移するところも、見てみたくて興味津々なのだ。客間にテオドールを通すと、フリッツは手を広げてみせる。


「さあ、どうぞ。この部屋を使ってくれ」

「ありがとう」


 テオドールは開けた場所に立って、ポケットから手帳を取り出して開いた。何だろうかとベリンダが見守っていると、彼は手帳のページを指さしながら小声で何か呪文を唱える。するとその指先から、小さな稲妻のような細い光が手帳に向かって走った。


 目を丸くして見ているベリンダに、フリッツは笑いながら同じような手帳を自分のポケットから取り出し、開いて見せた。


「転移の座標記録帳だよ」


 中身を見せてもらうと、ページごとに地名とともに魔方陣が描かれている。魔方陣はどれも、よく見ると細かいところが少しずつ違っていた。記録した座標が増えれば増えるほど、探すのが大変そうだなとベリンダは思った。転移は確かに便利な魔法ではあるのだろうが、使いこなすには工夫がいりそうだ。


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