王宮の昼食会 (3)
その後の食事会は、無難な話題に終始した。
テオドールがベリンダのことを国王夫妻に何と紹介したのか気になっていたが、本当に「健康指導のため」と説明していたようだ。実際、あながち嘘ではない。
ベリンダは知らなかったが、どうやらアステリ山脈地方に住む「星の魔女」は、優秀な薬師として国内で名が知られていたらしい。薬によっては国内全域に流通しているのだそうだ。隣町の薬問屋に卸していた薬が、そんなふうに遠くまで流通していたのだと聞くのは、とても感慨深いものがあった。
国王夫妻はまた、彼女のホウキにも興味を示した。これもまたベリンダは知らなかったことだが、ホウキに乗って空を飛ぶというのは、あまり一般的な魔法ではないらしい。
そう聞いて、ベリンダは意外に思った。だって絵本に登場する魔女は、たいていホウキに乗っているではないか。だからてっきり、誰でも使える一番簡単な魔法なのだとばかり思っていた。
だが実際には「ホウキに乗って空を飛ぶなんて芸当ができるのは、おとぎ話の中の魔女だけ」だというのは、魔術師の間では常識となっている。魔術師が使う一般的な移動の魔法は、転移なのだそうだ。
そう聞いても、ベリンダが語れることはあまりない。何しろ一番簡単な魔法だと信じていたくらいだ。それにホウキに乗って飛ぶと言っても、ホウキなら何でもよいわけでもない。飛べるホウキと、そうでないものがある。飛べるホウキは、そう多くはない。
そんな話題で盛り上がっているうちに、やがて昼食会はお開きとなった。話が弾んだおかげで、昼もだいぶ回った時間になっていた。
テオドールは再びベリンダをエスコートする。
「フリッツのところまで送りましょう」
「ありがとうございます」
フリッツは、王宮の政務棟に執務室を持つのだと言う。
「うちの両親は、結構な魔法馬鹿なんです。根掘り葉掘りうるさくて、すみませんでした」
「とんでもない。こちらこそ、あまり要領を得ない説明しかできなくてごめんなさい」
「そんなことはありませんでしたよ」
テオドールはベリンダの顔をのぞき込んで、微笑みかけた。そんなふうに顔が近づくと、なぜか彼女の胸は意味もなくドキドキと高鳴る。若草色の瞳と目が合ってしまったからかもしれない。
そんなベリンダの心情など知るよしもなく、テオドールは再び声をかけてきた。
「おや。待ちきれずに、迎えに来たようだ」
テオドールの言葉に前方を見やると、こちらに向かって歩いてくるフリッツの姿が見える。彼はベリンダと目が合うと、笑顔で手を振った。彼女も小さく会釈して挨拶を返したのだが、少し前を歩いていた若い女性がフリッツに向かって手を振った。
あれ? フリッツが手を振った相手は、自分じゃなかった? そう思ったら、恥ずかしさのあまりにベリンダの頬は熱くなった。もう、穴があったら入りたい。子どものようにテオドールの背中に隠れてしまいたいくらいだ。
ところがフリッツは、前方にいる女性には目もくれずに、まっすぐにベリンダとテオドールに向かって歩いてくるではないか。ベリンダは再び「あれ?」と思った。もしかして、勘違いしたのはベリンダではなく、彼女のほうだった? 手を振った女性が、所在なげにその手をゆるゆると下ろすのを見て、ベリンダは深く同情した。かわいそうに。
フリッツは笑顔のまま近づいて、声をかけてくる。
「待ちくたびれて、来ちゃったよ」
ベリンダはフリッツが目の前まで来るのを待ってから、小声で「あちらのかたが、手を振ってらっしゃいましたよ」と知らせた。それを聞いて、フリッツはまるで腐敗臭をかいでしまったかのように盛大に顔をしかめる。だがそんな表情を見せたのは一瞬のことで、すぐに取り繕って振り向いた。
「おや、イリーネ嬢でしたか。気がつかず、失礼しました」
気がつかなかったわけないでしょ、とベリンダは思ったが口には出さない。そしてイリーネと呼ばれた、前方を歩いていた女性がこちらを振り返ったのを見て、見覚えのある顔であることに驚いた。前々日の夜会で「王子には魔女がお似合い」と、どこか馬鹿にしたような口調で話していた、あの彼女だったのだ。
そう言えば、あのときもフリッツは、彼女から逃げるためにベリンダに話しかけたのではなかったか。きっと今も、ベリンダがよけいなことを言わなければ、彼女を見なかったことにしようとしていたのかもしれない。
ところがイリーネは、自分が避けられているとはつゆほども思っていないようだ。フリッツの口先だけの謝罪に、パッと顔を輝かせた。
「フリードリッヒさま、少しだけお時間をいただけないかしら」
「これから仕事の話があるので、またの機会にお願いします。申し訳ない」
フリッツは「申し訳ない」と言いながら、ちっとも申し訳ないなどと思っていない顔だ。そしてテオドールに「悪いけど、執務室まで付き合ってくれ」と耳打ちした。王子は表情を変えずに、黙ってうなずく。
何とも言えず気まずい雰囲気の中、ベリンダはイリーネを直視できずに視線を落とした。そのまま、先導するフリッツの後ろをテオドールにエスコートされて歩いていく。すると脇を通り過ぎる瞬間に、イリーネはベリンダにだけ聞こえる声の大きさで憎々しげにささやいた。
「いやしい平民の魔女の分際で……!」
ベリンダは、びっくりした。こんなふうに子供じみた悪意をぶつけられるとは、思ってもみなかったから。聞かなかったことにしたかったのだが、ベリンダは反射的に小さくビクッと体が強ばるのをとめられなかった。
フリッツは目ざとくそれを見とがめた。イリーネから少し離れてから、眉をひそめてベリンダに問いかける。
「彼女に何か言われた?」
「ええ。でも、別にたいしたことではありません」
ベリンダは苦笑して、言葉をにごした。不愉快ではあったが、告げ口するのも何だかいやだった。そんなことをしたら、イリーネと同じレベルまで落ちるような気がしたのだ。
ところがフリッツは鼻を鳴らし、見事にイリーネの言葉を言い当てた。
「おおかた『いやしい平民の魔女の分際で』とでも言われたんだろ」
これには別の意味でびっくりして、ベリンダは目をまたたく。まるで聞こえていたみたいではないか。フリッツは心底うんざりした顔で、ベリンダの正直な反応にうなずきを返した。
「やっぱりな」
鎌をかけられたようなものだが、ちっとも腹は立たなかった。




