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リンツブルク公爵家 (2)

 朝食の後、ベリンダはフリッツに居間に誘われた。今後の相談をしたいらしい。


 居間のソファーに腰を下ろすと、フリッツはさっそく用件を切り出した。


「明日の昼は、王宮に行こう」

「王宮って、そんなに気軽に行ける場所なんですか?」


 ベリンダがびっくりして尋ねると、フリッツは笑いながら「普通は行けないね」と言う。


「でも今回は、テオからの誘いだからね」


 テオドール王子から、両親に紹介したいと言われているそうだ。


 婚約はあくまで口約束に過ぎず、秘密にする約束だったはずなのに、とベリンダは不思議に思う。その疑問を読み取ったかのように、フリッツは理由を説明した。


「『健康指導のため』ということにしておくそうだ」

「なるほど」


 いつでも好きなときに王宮を訪れることのできる口実を、あらかじめ用意しておこうというわけだ。なお、フリッツは両親にだけは本当の事情を説明してあると言う。


 ベリンダにとっても、都合のよい話だ。国王夫妻に紹介されるという部分には、気後れしてしまうけれども。とはいえ、テオドールとは実際、そこそこ頻繁に会う必要がある。必ずやあの体型をどうにかしなくては、と彼女は心の中で決意も新たに、ぐっと拳を握りしめた。そしてテオドールの減量計画について、胸算用をたてる。


 そんな彼女に、フリッツはにこにことその日の予定を告げた。


「今日は、お母さまと過ごしてくれるかな」

「はい」


 うなずきつつも、公爵夫人と一日を過ごす理由がベリンダにはわからない。


 いぶかしげな顔をした彼女に、フリッツが説明した。


「理由がどうあれ王宮に行くなら、貴族のしきたりもある程度は知っておいたほうがいいからね。今日のうちに、しっかり教えてもらっておいて」

「ご迷惑になるようなことは、ありませんか?」

「それはないよ。むしろお母さまは喜んでるから、大丈夫」


 そこへ、開け放してあった入り口の扉を叩く音がした。二人が振り向くと、そこにいるのは公爵夫人だ。彼女はにこやかに息子に声をかけた。


「そろそろお話は終わったかしら」

「ちょうどその話をしていたところですよ」


 フリッツは母に返事をしながら立ち上がり、手でベリンダにもうながした。


「さあ、行っておいで」

「はい」


 ベリンダは公爵夫人に歩み寄り、挨拶をした。


「公爵夫人、今日はよろしくお願いします」

「あらやだ」


 公爵夫人が眉をひそめたので、ベリンダは何か粗相があったかとドキッとする。だが続く言葉は、ベリンダが心配したような内容では全然なかった。


「『お母さま』と呼ぶ約束だったでしょう?」


 え、そんな約束したっけ?


 ベリンダは一瞬、思考が停止した。確かにさきほどの食事の席では、「『お母さま』と呼んでちょうだい」と乞われて、そう呼んだ。でも、あの場で終わった話だと思っていた。それとも、あれは「約束」になるの?


 彼女が困惑していると、フリッツが困った子を見るような顔で彼女の肩を叩いた。


「ベリンダ、約束は守らないといけないよ」


 どうやら、あれは「約束」だったらしい。

 ベリンダは観念して、言い直した。


「お母さま、今日はよろしくお願いします」

「ええ、おまかせなさい」


 公爵夫人はうれしそうににっこり微笑み、先導して歩き始めた。その後をついて行きながら、ベリンダはチラリと後ろを振り返る。二人を見送っていたフリッツと目が合うと、彼は笑顔で手を振った。何だか、ずいぶんと楽しそうだ。つられて彼女も笑みを浮かべ、会釈を返してから公爵夫人の後を追った。


 公爵夫人に連れて行かれた先は、客間と似た造りの部屋だった。ただし落ち着いた印象の客間に比べると、壁紙やカーテンの色合いが少し明るく、雰囲気が若々しい。


「今日からは、こちらのお部屋を使ってちょうだい」

「はい」


 部屋の隅には、ベリンダのホウキが持ち手を下にして壁際に立ててあった。ただのホウキなのに、まるで大事な魔法杖か何かのように、重厚な木製のホルダーに差して立てられている。何とも言えず場違いでありながら、不思議と部屋の風景の中に溶け込んでいた。


 目を見張る彼女に、公爵夫人は微笑みかける。


「荷物は宿から運び込ませたけれど、忘れ物がないか、後で確認しておいてね。もし不足があれば人を遣いにやるから、教えてちょうだい」

「はい。ありがとうございます」


 宿に置いてきた荷物など、たいしてない。王都に出てきたときに着ていた、着替えの衣類一式くらいのものだ。その着替えは、この部屋とつながっている衣装部屋につるされていた。


 しかしその衣装部屋には、ベリンダの着替えの他にも、数え切れないほどの衣装が詰め込まれている。


 公爵夫人はベリンダに続いて衣装部屋に入ると、後ろに控えている侍女に向かって指示して、そのうちの何枚かを取り出させた。わけがわからず、きょとんとしている彼女をうながして、侍女は取り出したドレスを次々とベリンダの体に当ててみせる。


「そうね、このあたりならどれでも大丈夫そうだわ。ベリンダ、あなたはどれが一番好き?」


 いきなり水を向けられ、ベリンダは目をパチクリさせる。


 どうやら公爵夫人が選んだ中から一番好きなデザインはどれか、という意味で尋ねられているようだ。少し考えた末、淡い若草色を基調とした、春らしいさわやかな色合いのものを選んでみた。正直、どれもそれぞれすてきだと思うのだけど、このときはこの色が目を引いたのだ。


 公爵夫人は、ベリンダの選んだドレスを侍女に手渡して指示をする。


「これを明日の朝までに、この子のサイズに合わせてちょうだい」

「かしこまりました」

「他のものも、追々でいいから直しておいてね」

「はい。おまかせくださいませ」


 このやり取りに、ベリンダは目をむいた。ドレスを拝借するのはともかく、彼女のサイズに合わせて直してしまってよいわけがない。持ち主が困るだろう。


 公爵夫人にそう指摘してみたものの、夫人は眉を上げて「何を言っているの」と一蹴した。


「あなたが着てくれなければ、誰にも着られることのない服なの。だから心配いらないわ」


 てっきり夫人の衣装なのかと思っていたが、彼女は「この歳で、こんな若い娘向けの衣装なんて身につけたら、いい笑いものよ」と言って、ころころと笑う。夫人が若い頃に着た服のお下がりというわけでもなさそうだ。


 何とも不思議な衣装部屋の中身だったが、夫人の言葉を信じてありがたく受け取ることにした。貴族の金銭感覚の違いを実感させられる出来事ではあった。


 その後しばらく、ベリンダはサイズ直しのために、衣装部屋にある衣装を片っ端から試着する羽目になる。


 おかしい。貴族のしきたりを教わるんじゃなかったっけ? ベリンダは首をかしげたが、公爵夫人は笑顔で「問題ない」と請け合った。


「明日は個人的なお食事会ですからね。特にしきたりなんてありませんよ。大事なのは、きちんとした服装で出かけることくらいなものよ」


 なるほど、それでサイズ直しを優先したらしい。


 きちんとした「礼儀作法の勉強」は、まず必要な衣装をすべて整えてからにしましょう、と夫人に言われれば、ベリンダには反対する理由がない。結局この日は、途中にお茶と昼食をはさんだだけで、ほぼ一日中かけて試着し尽くすことになったのだった。


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