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招待状

 魔女ベリンダは、上質でふかふかなベッドの上で目を閉じた。

 ここはローネイン王国の、とある大貴族の屋敷にある客間だ。


「どうして、こんなところで寝てるんだろう」


 ぽつりと彼女はひとり言をこぼす。もっとも、ここで寝ている理由はわかっている。今日初めて顔を合わせた青年貴族に招待されたからだ。だけど、やっぱりわけがわからない。


 彼女は昨日、生まれて初めて王都に出てきた。

 そして今日、生まれて初めて王宮の夜会に参加した。

 その夜会にて、この国の英雄である王子に初めて目通りがかなった。


 そこまではまあ、当初の予定どおりである。それを一生の思い出にして、田舎に帰るはずだった。なのに、どういうわけだか、話の流れでその王子と婚約することになってしまった。こんな田舎育ちの平民で、それも落ちこぼれでしかない魔女が。英雄の王子さまとは、何もかもがつり合わない。現実感がないにもほどがある。


 そんな非現実的な話の流れのまま、この屋敷に招かれることになったのだった。


 ことの始まりは、彼女が王宮で開かれる夜会の招待状を受け取ったことだ。



 * * *



 ベリンダは、十六歳の魔女。

 ローネイン王国の王都から遠く離れた、アステリ山脈の麓で暮らしている。


 師匠でもある、年老いた魔女モイラに育てられた。両親が誰かは知らない。幼子の頃にモイラに拾われたと聞いている。


 モイラという腕利きの魔女に育てられたにもかかわらず、残念なことにベリンダは、魔女としては今ひとつパッとしなかった。というか、空を飛ぶことくらいしか魔法を覚えらずじまいだったのだ。


 だがモイラは、そんなベリンダを放り出すことなく、かわいがって育ててくれた。魔法が使えるようにならなくとも、手に職をつければよい、と言って、薬の作り方やけがを手当てする方法、病の見分け方などを教えてくれた。


 モイラはずっと、ベリンダが十六歳になるのを楽しみにしていた。十六歳になって、魔女として正式にお披露目をする日を、それこそ指折り数えるようにして楽しみにしていた。だが悲しいことに、モイラがベリンダの十六歳の誕生日を祝うことは、ついぞなかった。


 昨年末、風邪をこじらせて亡くなってしまったのだ。

 それ以来、ベリンダはひとりで暮らしている。


 年が明けて、たったひとりの家族を失った悲しさと寂しさから少しずつ立ち直り、やっとベリンダがひとり暮らしにも慣れてきた頃、王宮から夜会の招待状が届いたのだった。


 宛て名を見れば、「星の魔女」とある。


 そこにベリンダの名はないが、ベリンダ宛てと考えてよいだろう。なぜならベリンダは、モイラの後を継いでいるからだ。亡くなったモイラは生前、「星の魔女」と呼ばれていた。だからモイラ亡き後、「星の魔女」と言えばベリンダのことなのだ。魔女としての能力は天と地ほども違うけれども。


 ベリンダが招待された夜会は、テオドール王子の二十歳の誕生日を祝うものだった。一介の魔女でしかないベリンダが王室から招待されるのは、テオドール王子が世界屈指の魔術師だからだ。


 「雪の王子」とも呼ばれるテオドール王子は、国民からは英雄として慕われている。王子という高貴な身分にありながら、魔物討伐の先頭に立つこともよくあるらしい。魔物討伐にはよく現れる一方で、社交の場にはあまり顔を出さないとも聞く。


 もっとも、社交なんてものに縁のない身分のベリンダには、すべてが風の噂に聞く伝聞に過ぎないのだが。社交だけでなく、魔物討伐にも縁がない。というのも、ここアステリ山脈の近辺には、不思議と魔物が寄りつかないからだ。したがって討伐隊が訪れることもなく、彼女は王子さまを間近に見る機会がとんとなかった。


 救世の英雄であり、かつ高名な魔術師でもある王子の誕生祝いには、有力貴族だけでなく、国内すべての魔術師や魔女も招待される。普通なら王宮に招待される身分にない彼女に招待状が送られてきたのは、そんな事情だ。


 招待状には「魔女や魔術師は、弟子を伴って参加することが可能」と記載されていた。おそらく、それは例年のことなのだろう。だからきっとモイラはベリンダを弟子として連れて行き、お披露目する心づもりだったのではないかと思われる。


 ベリンダは迷いに迷った末、出席することにした。せっかくの機会だから、祝いの席に参加してみたい。だってモイラが彼女を連れて出席するのを楽しみしていたような場なのだ。もうモイラと一緒に出席することはかなわないが、亡き師匠の意思を汲んで、せめてひとりででも参加したい。


 だが、そこからが大変だった。


 何しろベリンダは魔女とはいえ、田舎で質素に暮らす娘だ。王宮へ着ていくような服なんて、持っているわけがない。そもそも何を着て行けばよいのかさえ、見当がつかなかった。絵本に出てくるお姫さまのような装いをしなくてはいけないのだろうか。豪華なドレスを用意できるような蓄えなんてないのに。


 だけど国中の魔術師や魔女が招待されているなら、中にはベリンダと同じように、裕福ではない者だって、きっといるはずだ。そうした人々は、どのような服装で出席するのだろう。


 頭を悩ませるうち、モイラの言葉を思い出した。


「十六歳になったら、お披露目のためにローブを作りましょうね。魔女帽と魔女のローブが、魔女の正装なの。国王陛下に謁見するときだって、これで大丈夫なのよ」


 国王陛下に謁見するときでも着て行ける正装なら、夜会でも通用するかもしれない。謁見と夜会は全然違うもののような気がしないでもないけれども、ベリンダには他に選択肢がなかった。


 魔女のローブなら、モイラのものがあるはずだ。


 ベリンダは、亡くなった後もそのままにしてあったモイラの部屋へ行き、衣装ダンスを開けてみた。モイラの形見のローブと帽子を引っ張り出してきて、鏡の前で体に当ててみる。いずれも仕立てがよく、年代物のはずなのに古さを感じさせない。ただし、帽子はよいが、ローブはサイズが合わなかった。


 すらりと背が高く、メリハリのある体型だったモイラのローブは、華奢なベリンダには少しゆるく、丈は少々長すぎたのだ。


 そこでベリンダは、モイラの形見のローブを持って、隣町の仕立屋を訪ねて相談した。


「これのサイズ直しはできますか」

「もちろんできるとも。ああ、そうか。そろそろ雪の王子さまのお誕生日だもんなあ」

「そうなんです。招待状をいただいてしまって」

「なるほど。もとが上等なローブだから、心配いらないよ。まかせなさい」


 これで衣装の問題は解決したが、悩みはもうひとつある。それは王宮までの交通手段だ。


 貴族であれば、当たり前のように馬車を仕立てて行くだろう。


 そしてモイラなら、きっと魔法でカボチャからその日限りの馬車を作り出すくらいは造作もなくやってのけたことだろう。しかしそのモイラは、もういない。ベリンダにできるのは、ホウキで空を飛ぶことくらいだ。でも王宮に行くのにホウキはまずい、ような気がする。


 その悩みも、仕立屋が解決してくれた。


「そういうときには、貸馬車を使うんだよ」

「貸馬車」


 貸馬車を知らず、きょとんとするベリンダに、仕立屋は詳しく説明してくれた。


 ある程度の規模の町には、時間を区切って馬車を貸す「貸馬車」という商売がある。王都であれば、間違いなく「貸馬車」があるはずだ。御者つきで馬車を貸してくれるので、それを利用すればよい、と言うのだ。


 この近隣でも、貸馬車のある町はある。だが、ここから王都までは遠い。王都までずっと貸馬車を使ったら、高くついてしまう上に時間がかかる。だから王都まではホウキで飛んで行き、夜会の夜だけ貸馬車を利用するのがよいだろう、と懇切丁寧に教えてくれた。


 そればかりではなく仕立屋は、王都で宿屋を営んでいるという、彼の従兄弟への紹介状まで書いてくれた。仕立屋いわく、王都のように大きな町では治安の悪い場所もあるので、知らずに足を踏み込むと危ない。だからベリンダのような若い娘は特に、宿屋は安心なところを選ぶべきなのだと、わかりやすい地図を書いて渡してくれた。


 ベリンダは仕立屋の心遣いに深く感謝した。さすが年長者は頼もしい。


 けれども、思っていた以上に物入りとなることには、ため息が出た。王侯貴族からの招待とは、受けるだけでもお金がかかるらしい。


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