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お互いの心が溶けて混ざり合うみたいに

「あの、やっぱりあいつのこと、好きだったんですか?」

「ううん、亡くなった人のことを悪く言うのも気が引けるんだけどね、ほんとはね、いなくなって清々するぐらいよ。このテープだけが、あいつがわたしにしてくれた唯一良かったことかな。でも聴くのはもうこれで最後にするわ」

 ユキさんの目を閉じて言う。

「ああ、悪いけど、電気、消してくれない」

 僕は蛍光灯の紐を引いた。

 窓から青白い月の光が差し込み、仰向けで横たわるユキさんの横顔をぼんやりと浮き上がらせていた。

 青く沈んだ部屋の片隅に置かれたオーディオの小さなランプがいくつか灯り、曲に合わせてメーターの針が小刻みに振れている。

 静かに、静かに、『月の光』の旋律が流れていた。

 しばらくして鼻をすする音が聞こえ出した。ふと見ると、青白いユキさんの横顔に涙の痕ができていた。あまりの美しさに見てはいけないような気がした。だから僕はただ床に座り、目を閉じてピアノにじっと聴き入った。

「ね、こっち来て」

 青白い部屋に声が浮んだ。僕はユキさんの方を向く。でも彼女は僕を見ていない。

 僕はすっと立ち上がり、今度はベッド脇に腰を下ろした。もっと近くで見ていたかった。手を伸ばせば触れ合える。ユキさんは何も言わず、ただじっと天井を見つめている。やわらかそうなコットン素材で包まれた左右の胸の膨らみが呼吸に合わせてゆっくりと上下していた。僕には掛ける言葉が見つからない。見ていることしかできない。

 暫くして、ユキさんは横たわったまま顔だけ僕の方を向け、おもむろに手をこちらに伸ばした。僕の顔にそのしなやかな指先が触れる。ユキさんの中指のひんやりした感触を頬に感じる。

 心がざわざわと騒ぎ出していた。僕はそっとその手に自分の手を重ねて口に当てた。ユキさんの細く長い薬指が僕の唇をそっとなぞり、その瞬間、僕はぞくっとする。

 少し唇を緩めると、指はすっと僕の口の中に入って来た。僕は思わずその指を甘く噛み、赤ん坊が母親の乳首にするように強く吸った。それから僕の口は細い指先を離し、やさしく唇で愛撫しながら、第一関節、第二関節、そして手の平へと降りて行った。

 ユキさんのたなごころは少し冷たくて、でもとてもすべすべしていた。ぎゅっと鼻と口を押し当てて大きく息を吸う。石鹸のいい匂いがする。その瞬間、心臓がぎゅっと掴まれた気がした。その匂いが僕の中にくすぶっていた欲望に火を点けた。あの山田さんの胸に抱きついた時と同じだ。僕はいきなり立ち上がり、ベッドに横たわるユキさんの上に覆い被さった。

 その刹那、ユキさんの肩が一度だけびくっと震えた。でも抵抗はしなかった。だから僕は仰向けで横たわるユキさんの背中に両手を回し入れて、ぎゅっと抱きしめた。

 するとユキさんも僕の背中にその華奢な腕を回す。もう止まらない。吸い寄せられるように、唇で唇を噛み、舌と舌が溶けて混ざり合う。まるでお互いの心が溶けて混ざり合うみたいに。やっとこの時が来た。僕はただそう思った。

 その時、「待って」とユキさんが一言発したかと思ったら、僕の体をぐいっと押しのけた。ああ、やっぱりダメなのかと落ち込んだけれど、それは早とちりだとすぐにわかった。なぜなら、僕を押しのけたユキさんは僕の左側で体を起こし、着ていたパジャマの上着をすっぽりと脱ぎ捨てたからだ。僕は夢でも見ているようだった。青白い月明かりの中に、二つの仄かに白い乳房があらわになった。

 僕はふとあることに気付いた。ユキさんの左脇の少し下側に何かが付いている。一瞬暗くて見間違いかと思った。でもよく見ると、見間違いではなく、それは手術の痕みたいな黒っぽい傷だった。長さ十センチほどの黒い筋が左の乳房の付け根から水平にまっすぐ背中に向けて延びていた。

 僕の視線に気付いたのか、ユキさんは右手でそっと傷を隠し、そのまま覗きこむように顔を近付けた。彼女の熱い吐息が耳にかかる。一瞬の出来事に、僕が何もできずに固まっていると、ユキさんの唇が再び僕の唇を覆った。僕は目を閉じることもできずにいる。

 ユキさんは僕の耳元でやさしく「バンザイして」と囁いた。

 僕は両手を上げる。ユキさんはまるでお母さんが小さな子供にするように、Tシャツを脇腹から引っ張り上げて脱がせた。僕のあばらの浮き出た上半身があらわになった。

「ここにゴロンして。仰向けで」

 その言葉に従って体を横たえる。気のせいかユキさんは笑ったたように見えた。

「そのままじっとしてて」そう言うと、仰向けで寝る僕の腕の横に両腕を立てて、覆いかぶさるような格好で四つん這いになった。すぐ目の前にじっと見つめる大きな瞳がある。

 視線を下に移せば、すぐ横の窓から入る月光に照らされた柔らかそうな乳房が横並びで見える。

 その先端が、僕の胸に付くか付かないかのぎりぎりのところで留まっている。ユキさんがゆっくり顔を近付けると、ざらっとした感覚が僕の胸を走った。

「あっ」

 それは指でなぞられるよりもずっとくすぐったくてゾクゾクした。

「かわいい。女の子みたいね」

 耳元でユキさんが囁き、そして僕の口に唇をゆっくり重ねた。僕は、頭がぼぅっとして、頬は熱いのに、首筋に震えを感じる。

 三度目にユキさんの唇が僕の唇と重なった時、ユキさんの舌はさっきよりもずっと強く、まるで僕の唇をこじ開けるように入って来た。それはまるで別の生き物のように自由気ままに僕の口の中で泳ぎ回る。僕は自分の舌でその生き物を捕らえようと懸命に追いかける。ユキさんの唾液と僕の唾液が口の中で大量に混ざり合い、口の端から洩れ出して耳の横を伝い落ちた。

 その別の生き物は、一旦は僕の口を離れ、今度は僕の首筋から鎖骨へ、そして胸へとゆっくりと這い降りて行った。やがて乳首で止まり、尖った先で円を描くように僕の小さな乳首を突く。

 こそばゆいような、びりびりと痺れたような快感が乳首から頭のてっぺんへと広がり、後頭部の髪が逆立つような感覚を覚えた。それは思わず息が止まりそうな快感だった。

 突然ユキさんは僕の上から降りて隣でごろりと仰向けになり、僕の方を見る。

「来て、さわって……」

 微かな声が聞こえた。ユキさんの胸の二つの膨らみが僕の手の届くところにあった。

 僕はこわごわ右手をその片方の膨らみ伸ばした。中指の先端にすべての神経を集中させてわずかにそれに触れる。

 ――ああ、なんてやわらかい。きっと強く触ったら破れてしまう。

 そしてその触れた指をゆっくりとなぞるように頂へと滑らせる。

 ――硬い! 硬くてざらざらしている。

 やさしく摘まむと、ぼんやりと照らされたユキさんの眉間にきゅっと皺が寄るのがわかった。

                                   続く

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