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あたしの傍にいて

「――そして母はあたしが中学に入学した年に十五才も年上の男と無理やり再婚させられたの。死んだ父が世話になっていた村の上役の持って来た話だった。狭い村だったから、断るなんてもっての外だったのね。まあここまでは田舎ではよく有りそうな話」

「よくありそうな?」  

「ええ。閉鎖的な田舎ではね。母が再婚してしばらくは良かったよ。やさしい義父だった。けど、本性を隠していたのね」

「隠していた?」

「ええ、あれは母が再婚して二年経って、あたしが中学三年になったばかりのことだった。今の君と同じ年ね。やっぱり裏山の山桜が満開だった。その日、母は福岡の親戚のうちに法事で出掛けていてね、あたしが夕方に学校から帰ったら義父だけが居間にいたんだけど、ちょっと様子がおかしかったのよ」

「おかしい?」

「うん。薄暗い部屋で電気も付けずにね、ふと見ると、すぐ横に義父のズボンと下着が脱ぎっぱなしで置いてあった。向こう向きに座った義父の肩が上下に動いていたわ。すぐに気付くべきだったのよ」

「それって、その」

「ええそう。義父は色情狂だったの。厭らしい本を見ながらね。あたし知らずにただいまって背後から声を掛けたの。そしたらゆっくり振り向いて。あたし吐きそうになったわ。そしたら義父は隠そうともせず、あたしの上から下まで舐めるような目でジロッと見たかと思ったら……」

 予想は付いた。僕は耳を塞ぎたかった。でも彼女は淡々と話す。容赦なしに。

「そう、やられちゃったのよ。あたし発育良かったからね。しかもそれ以来ずっと母の目を盗んでは何度もね。仕舞いには母が居ても隣の部屋に連れ込まれて乱暴された。あたしは大きな声も出せなかった」

「お母さんは?」

 

 ――目ぇつぶっちょったらすぐ済むけん


「そう言ったの。笑っちゃうでしょ。あたしの母はね、何でも、どんなことでも我慢して受け入れる人だった。自殺した父の時もそう。殴られても蹴られても、ただじっと我慢するだけの人だった。そして義父にもそれは同じだったわ。母はあたしを守るんじゃなくて、逃げろって言ったのよ。早くここから逃げなさいって。でもたった十五才の女子一人で逃げられるわけなんてない。卒業するまではただじっと目を閉じて我慢するしかなかった」

 僕はユキさんの顔がもうまともに見られない。

「おまけに妊娠までしちゃった。もちろん堕したよ。学校で体育の授業中に倒れたあたしを先生と母親が病院に連れて行ったわ。それでようやく発覚したの」

 僕はその義父を心の底から殺してやりたいと思った。僕の中にこんなにも人を憎む気持ちがあるなんて信じられなかった。

「あはは、ごめんね。どうしてかなあ。こんな若い君に話しても仕方ないんだけどなあ。あの時ね、ほんとはその好きだった彼に話したかった。助けてほしかった。でもそんなことできるわけないよ。だからその彼とは一方的にお別れしたよ。何も話せなかった」

 そう言ってユキさんは笑った。

「あ、泣いてくれるの? こんなあたしのために。君を泣かすつもりじゃなかったんだけどね。つまらない話、聞いてくれてありがとう。もしあの時、その彼に話したらやっぱり君みたいに泣いてくれたのかな」

「泣いたと思います」

 僕と同じ年で、世の中不公平だ。男と女も不公平だ。僕は無性に悲しかった。

「はい。この話はもうおしまい。さあ遅いから今夜は帰りなさい」

「…………」

「あー拍子抜けって顔だね。なんか期待した?」 

「い、いいえそんな。あんな話を聞いた後で」

「じゃあいっしょに寝る?」

「え?」

「変なこと考えない。児童福祉法違反になっちゃうよ」

「ジドウフクシホウ?」

「あたしは二十五才よ。立派な大人なの。そいで君は十五才の子供なのよ。君の考えているようなことは立派な犯罪なの。あたしの義父だってあの後捕まったんだよ。わかる?」

 僕はそういう法律があることすら知らなかった。ただユキさんの傍に居たいだけなのに。

「うわ、すごく悲しそうな顔したわね。さあ、ちょっとあっち向いてて」

「え?」

「着替えるの」

 そう言ってユキさんはベッドの上のパジャマを拾い上げて着替え始めた。僕は慌てて向こうを向く。すぐ後ろでスルスルと衣擦れの音が聞こえる。

「もういいよ」

 振り向くと、もうユキさんは一人ベッドに潜り込んでいた。

「あ、僕、帰ります」

「おいで」

 ユキさんはにっこり笑いながら、掛布団を片手で捲り、僕の入るスペースを空けてくれる。

「どうしても帰るのなら引き留めたりしないし、決して君の考えているようなこともしないわ。でも夜が明けるまで後三時間だけあたしの傍にいてよ」

                                   続く

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