男見る目がなさすぎる
それから母はすぐに宮崎さんの部屋を訪ねて行こうとした。僕は来なくてもいいと断られたが、責任感からどうしてもいっしょに行くと言って母の後をついて行った。
「ちょっと宮崎さん、いるんだろ? あたしよ、あたし。今いい?」
「はーい、今開けます」
「今さっきね、病院の先生で小田さんて方から電話があってね。この子が電話取ったんだけどね」
「え?」
宮崎さんの顔色が変わった。
「ここじゃあ立ち話もアレなんで、どうぞ散らかっていますが中へ」
「ああ、そうだね。あんたも来るかい?」
僕たちは引っ越しの日以来、初めて宮崎さんの部屋に入った。
狭い! ベッドや大きなステレオ、本棚、洋服ダンス、ガラステーブル、そしてドレッサー。この狭い六畳によくこれだけ詰め込んだものだと感動すら覚えた。
「しかしあんた、物、多いね。もしかして、お嬢様なのかい?」
「まさか。ただの田舎娘ですよ」
「知ってるよ。冗談、皮肉だよ」
「ほんとはこれでも半分以上処分したんですよ。前のとこ、二間ありましたから」
「狭くて悪かったね」
「冗談ですよ」
「あんたも向こうっ気が強いね」
「いえいえ、そんなことより、小田は何て?」
「ああ、小田さんね、電話に出たのはあたしじゃなくてこの子だったんだけど、あんたから口止めされてたらしくて」
「はい。僕が尋ねられました。あのでも、僕の言い方が悪かったかもしれません」
「言い方?」
「ええ。小田さんはお医者さんだし、もし職場の大事な連絡事ならどうしようって思ったので、ちょっと返事をためらってしまったんです」
「そう。でもいないって断ってくれたのよね」
「うまく言えなくてごめんなさい」
「ううん、気にしないで。ありがとう」
ほんの少しの沈黙の後、母が口を開く。
「その小田さんの口ぶりじゃあここにあんたがいること、どうやらわかっているみたいだよ。まあ同じ職場の人がここには大勢いるしね。それに山田さんだって」
「おばさん、山田さんにはこのことは」
「言わないけど、すぐに耳に入るんじゃないの。あの子の元彼氏だろ? 小田さんって」
「ええそうなんですけど……」
「けどって何?」
「それがいろいろあって……」
「いろいろ? もしかしてあんた、山田さんから奪い取ったとか?」
「いいえ、それは違います。わたしからは何も。あっちから一方的に来たと言うか」
「あっちから? そりゃあまあ、あんたまだ若いし、きれいだしね。男って単純だからね。けどね、それを世間では寝取るって言うんだよ。このことは山田さんとは話したのかい?」
「ええ。ここに来た日に話をしました。もう二度と彼には会わないって約束しました」
「そうなの。え? じゃあもしかしてあんたが付きまとわれてるって人、その小田さんなのかい?」
「ええ。ご迷惑お掛けします」
「あんた、なんでここへ来たの? いや、責めているわけじゃないよ。どうしてこんな知り合いの巣窟みたいなところへ。病院関係者には筒抜けだよ。何もかもね」
「怖かったんです。一人でいることが」
「そうかい。うーん、何だろうね、宮崎さん、あんた、ここの住人たちとはどうも毛色が違うようだね。まあわかったよ。わたしも気をつけるから、あんたも何かあったら必ず知らせておくれ」
「すみません」
「しかし、山田さんとはもう別れちまったのかね。小田さんは。遅い時間に山田さんをここまで送ってくれたりしてねえ、わたしにも愛想良く挨拶してくれて、その時はそんな悪い人には見えなかったけどね」
「ええ、でも……」
「でも何?」
「お聞きになっていませんか?」
「何を?」
「ヒデ君の前で言うようなことじゃないんですけどね、彼、小田さんね、実は奥さんも子供さんもいらっしゃるんです」
「何だって! 山田さんも知ってたのかい? それ」
「いいえ、それがわかって彼女すぐにお付き合い止めたんです」
「そりゃあそうだろう。山田さんらしいね。なるほど、納得行ったわ。で、次にあんたんとこへ行ったと」
「ええ、おそらく」
「やなこと聞くけどさ、あんた、小田さんとはもう、その、男女の関係なの?」
宮崎さんは悲しそうにこくんと頷いた。
「山田さんは?」
「……たぶん」
「何だろうね、今度うちへ来たら叩き出してやるよ。最低な野郎だね、まったく。あんたたちもあんたたちだ。男見る目が無さ過ぎる! ヒデも今度小田さん電話かかって来たらはっきりいませんって言っておやり」
母は心底怒っていた。