99 魔力尽きるまで
「あのデカい腐死竜を倒すには外から攻撃するだけでは駄目だな」
行動不能になるまで破壊するには戦力が足りない。
「えぇ。狙うのは急所の魔石、それも露出した魔石に聖魔法をぶつけなくては駄目ですね。問題は……」
チラリと腐死竜を見る。末端部分は肉が溶け鱗も剥がれているが胴体中央付近はあまり損傷していない。
あそこをこじ開けないといけないわけだ。
「どうやって竜の身体を引き裂くか、だな」
「はい。僅かでも魔石が見えれば、そこに過剰暴走させた聖魔法をぶつけて見せます」
ハルは通常の聖魔法の出力では足りないとみて意図的に暴走させる気らしい。
「おい、待て。暴走なんてさせたら反動がヤバいんじゃないか? 俺も聖魔法を使うから……」
「いえ、イオリは竜の身体を引き裂く事に集中して下さい。それに多少の危険は覚悟しなければ竜を狩る事なんて出来ませんよ」
それもそうか。俺は悪魔剣パルスを抜いた。
「召喚! 黄金骸竜!」
制御出来ない暴れん坊だが、今は僅かでも腐死竜の気を引かなくてはならない。
呼び出された黄金骸竜が一回り大きい腐死竜を認識し、吠えた。上手く最優先で倒す敵と認識してくれたようだ。
「まずはコイツをぶつけて注意を引く。その後何とか腐死竜の魔石を露出させるから、トドメは頼んだぞ」
「はい、任せて下さい」
ハルはそう言うと静かに長い詠唱を開始した。
黄金骸竜が飛び上がり、背を向ける腐死竜に体当たりを食らわせる。黄金骸竜の巨体に上からのし掛かられ腐死竜の身体がグラついた。
「横倒しにしろ!」
俺の命令など聞きそうにない黄金骸竜だったが腐死竜を蹴り飛ばすようにジャンプした。
勢いに押されバランスを崩した腐死竜の身体が大きくよろめいた。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『魔法使い』 『錬金術士』
『土よ、変成し硬度を高め貫け 宝石柱!』
毒の泥沼と化した地面から鋭い緑柱石が飛び出し、腐死竜の胸元に命中した。腐死竜の身体が浮き上がる程の衝撃があったが緑柱石のほうが押し負けて砕けてしまった。
「ちぃ……無傷かよ」
腐死竜の濁った目が黄金骸竜に向けられる。
まずは行動の邪魔をする黄金骸竜を排除しようと腐死竜が身体の向きを変えた。
「とりあえず時間稼ぎくらいにはなったか」
黄金骸竜が突進すると腐死竜の口内に再び黒い光りが集まる。
腐死竜の喉に食らいつこうとしていた黄金骸竜目掛けて腐死竜が黒い光線を放つ。至近距離で光線を食らい身体が破壊されなかったものの高威力に押されて一気に距離を引き離され、耐え切れなくなった黄金骸竜の身体を光線が貫いた。致命的なダメージを受けて黄金骸竜の召喚が解除されてしまった。
「今の攻撃……弱くなってる?」
気のせいかもしれないがアオバ達を狙った光線と黄金骸竜を倒した光線、威力が違っていた。威力は調整なんて出来るとは思えないから多分、撃つ度に威力が落ちているんだ。
それに光線を放った後の腐死竜の身体はさらに崩れ、溢れ落ちた肉片が毒液と化している。
腐死竜の身体も尻尾が半分ほどで千切れ、頭部の一部から頭蓋骨が露出している。巨体を支えていた脚も損傷が激しく歩行の速度も遅くなっている。
あの黒い光線のような吐息を何度も放った所為で魔石からの魔力供給が追い付かず身体の崩壊が加速しているのかもしれない。
陽光の中での腐肉の維持、高威力の吐息、度重なる攻撃によるダメージ。そこへさらに魔力消費の激しい吐息を使わせれば……いけるか。
「とは言っても黄金骸竜は……」
先ほど破壊され召喚解除された黄金骸竜の再召喚はしばらく無理だ。
何か別の方法で吐息を使わせないと。
『光りを束ね、外法の獣を縛れ 聖光鎖・三連』
三本の鎖が首、胴体、脚に巻き付き腐死竜の動きを阻害する。だいぶ鱗が剥がれた事で簡単には魔法が消されない。
「それじゃ……いくぜっ!」
種族『黄金骸竜』 『黄金骸竜』
職業『魔法使い』 『死霊術士』
二重変身で双頭の黄金骸竜へと姿を変えた。二体分の胴体が合わさって今の俺の体格は悪魔剣から召喚する黄金骸竜よりも大きくなった。ほば同等のサイズの魔物を前にして腐死竜が前進しようと踠くと胴体に巻き付いていた鎖が軋みを上げて弾けた。残る二つの鎖にもヒビが入る。
『雷よ、立ち塞がる敵を撃て 激放電砲!』
二つの口から放たれた雷撃が腐死竜に直撃する。
並の魔物なら消し飛ばす程の威力を持つ雷の吐息を食らっても、腐死竜は耐えていた。
いや耐えるだけではなく、その口内に黒い光りを溜め込んでいる。
反撃の吐息が来る。
「グ、グルアァァッ!」
負けじと俺も体内の魔力を捻り出し、雷の吐息へと注ぎ込む。
雷の吐息を食らいながら腐死竜の口から放たれた黒い光線が雷の吐息を徐々に押し返し、ついには俺の片方の頭を貫き、砕いた。
撃ち負けて片方の頭を失いかなりの痛手を被ったが、狙い通り腐死竜の方は光線を放った事で魔力不足と光線の反動によるダメージとで身体のあちこちから煙りが上がり、まるで錆び付いた鎧のように動きがぎこちない。
俺は覚悟を決めて無防備となった腐死竜の懐に飛び込み胸元に食らいついた。
腐肉に触れた部分が急速に黒ずみ傷んでいくがそれを無視して強引に腐肉を引き裂く。
半ば溶けかけていた肉が引き裂かれ、竜の内部が露出する。
竜骨に守られ、弱々しく光る巨大な魔石が姿を現した。
「行きますっ! ……『神光浄炎・過剰暴走!』」
俺を信じ、ひたすら待ち続けていたハルが俺の身体を駆け登り、両手に眩しい程の輝きを纏わせたハルが魔石目掛けて飛んだ。
両手が魔石に触れた瞬間、凄まじい衝撃と共に魔石周辺の肉片が消し飛び、魔石も体外まで弾き飛ばされた。
衝撃で飛ばされたハルを受け止めて俺は倒れた。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『魔法使い』 『僧侶』
黄金骸竜の姿は魔力消費の負担が大きく、かなり疲れる。それに受けたダメージも相当で身動きが取れない。骨折に裂傷、火傷に呪いとずいぶんな痛手を被った。幸い、黄金骸竜の時に頭を半分失ったが人間に戻ったら元に戻っていた。
早いところ治療したいがハルの方も魔法の反動で両手が使い物にならないな。
「ハル、大丈夫か」
「はい、両手以外は。魔力も尽きてしまったので治療出来ませんがイオリは大丈夫ですか?」
「なぁに、動けないが命に別状はない。竜は倒したんだし、しばらくすれば街から救援が来るだろうからそれまでの辛抱だな」
魔石を失って胴体も半壊した腐死竜は力無く横たわり、屍を晒していた。
倒した。そう思い気を抜いた俺の前で竜の頭だけが突如、動き出した。
「なっ!」
頭蓋骨が露出した頭部の隙間から僅かに魔石の光りが見えた。
「……竜は魔石を二つ持っているのか」
頭の方の魔石は小さい。おそらく補助として存在する魔石なのだろう。
胴体から切り離され、頭部だけになっても生き延びる為に備わったもので本来は単独で攻撃を行える程の力は無い筈。
だが理性も何も無い今の腐死竜は、ただただ目の前の敵を倒す為だけに最後の魔力を放とうとしている。威力など大して出ないだろう。しかし、まともに動けず倒れている俺達を仕留めるにはそれで十分だ。
「ヤ、ヤバい……」
「イオリ、剣を!」
ハルの言葉に俺は激痛の走る身体に鞭を打ち、どうにか悪魔剣を抜いてハルに投げた。
腐死竜の口に黒い光りが集まる。
「これで……終わりです!」
ハルが空中の悪魔剣を腐死竜の頭蓋骨に向けて蹴り飛ばした。
勢い良く飛んだ悪魔剣が頭蓋骨の隙間を縫って魔石に命中し砕いた。
腐死竜に集まっていた光りが霧散し、これで完全に腐死竜は討伐された。
「……はぁ、ハル。ナイスキック……ちょっと休ませてもらうわ」
「はい、ゆっくり休んで下さい」
剣を放り投げるのに最後の力を使い、限界を迎えた俺は抗えない眠気に襲われ意識を失った。