98 秘密
「ハル、急いで治癒魔法を!」
「えぇ……でも、これは」
あれだけの攻撃だったのにアオバの方は不思議な程、傷はない。問題はルリの方だ。
辺りに壊れたアイテムが散乱している。腐死竜の吐息攻撃を何とか防ごうとしたようだが完全には防ぎ切れず、背中が酷く焦げている。ハルが治癒魔法を掛けているが一向に傷が癒えない。
傷口にこびりついた瘴気が治癒魔法の効果を阻害しているようだ。アンデッド系の魔物に負わされた傷の特徴だ。アンデッド系の魔物が放つ瘴気がいつまでも傷口に残りそれが治療の邪魔をするんだ。だから深い傷を負った者は体力、生命力を失い続け死んでしまう。
この瘴気を取り除くには僧侶か呪術士の力が必要だ。だがルリの負った傷は致命傷。たとえ阻害されるとしても今、ハルの治癒魔法を止めるわけにはいかない。
「瘴気の除去は俺がやる」
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『召喚術士』 『呪術士』
ルリの背中に手を添え瘴気を集めていく。傷口に残った瘴気が次第に俺の手の中に集まっていく。瘴気が濃くなればなる程、呼吸が乱れ、体温を失い、視界が揺らいでいく。
腐肉竜の放つ瘴気は強力だ。ただの瘴気でここまで強烈な不快感を感じるとは。まるで絶死の呪いを受けたようだ。
俺の手に集まった瘴気をハルが浄化してくれた。いつの間にか治療を終えていたようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ……あぁ、ルリは」
「取り敢えずは何とか。ですが急いでアケルの治療院に運ばないと行けません」
「そうか……」
ルリはもう戦えない。アオバも意識が戻らない。戦力が減る一方だ。まともな方法ではこれ以上腐死竜にぶつかるのは無理だ。
そう『まとも』な方法では。
「シェリア、ペレッタ、お前達はルリとアオバを連れて先にアケルに戻れ。軍隊狼の脚なら腐死竜を大きく避けても余裕で先回り出来る筈だ」
速度を気にするなら飛行系の魔物を呼びたい所だが、大型の魔物を飛ばしたら腐死竜の気を引いて吐息攻撃を食らう可能性もあるからな。
「わかったよ。でも、イオリさんとハル姉はどうするの?」
「俺達は……」
「可能な限り時間稼ぎ、ですね」
流石、ハル。見事に俺の心を読んだな。
「そんなっ! だったら私も」
「お前達は街に戻るんだ。そしてシェリアは二人を直ちに治療院へ連れていけ。ペレッタは冒険者ギルドのギルドマスターにこの事を知らせて対処させろ。万全な対処は難しいかも知れないが何も知らずに腐死竜に蹂躙されるよりかはマシだ」
冒険者ギルドの戦力が防いでいる間に街の人々を避難させる事が出来るかどうか。
「でも……二人で時間稼ぎなんて、出来るわけ……」
「見くびるんじゃないよ。このイオリ、『冒険者ギルドの狂犬』と呼ばれた事だってあるんだ。戦いの手札は人一倍だよ。安心しろ、ハルは必ず守る。だからお前は孤児院の子供達を守れ」
「そうよ、イオリさんは私が守るから貴方は街の方をお願い。誰かが知らせてないといけないんだから、これは役割分担よ」
納得はしていない様子だが、それでも必要性を理解し自分の思いを押し殺して軍隊狼の背に乗ってくれた。二頭の軍隊狼が四人を乗せて全力疾走で駆けていく。
巨体を揺らしゆっくりと歩いている腐死竜。前脚を一本失った事で移動速度が落ちたのは幸いだが、傷を負った事で肉体の崩壊が進み液状化した腐肉と瘴気が大地を汚し、森の木々が朽ち果てていく。
「さて、一応聞いておくが何か手はあるか?」
「ありますよ、一応。イオリさんが本気で戦ってくださるのなら、私は命を賭けて腐死竜に聖魔法を叩き込みます」
「本気で? 勿論、本気で戦ってたが?」
「でも、もっと力を出せますよね」
鋭いな。もしかしたらハルは何か勘づいているのかも知れない。
力を出せるって? それは可能だ。人間の姿を変えればね。だがそれは俺の『変身』スキルを暴露する事になり、延いては俺の正体が変幻獣だとバレてしまうかも知れない。
……だが、もうどうでもいいか。
「ハッキリ言ってやる。時間稼ぎどころかあのクソ竜をぶちのめす事だって可能だ……ハル、俺の正体を知れば……」
「変幻獣ですよね。それも人間の魂を持った転生体」
「…………エ? ドウイウ事デスカ?」
俺、今凄く重要な秘密を喋ろうとしたんですけど。なんでバレてるんですか。
「ピナリー殿下から聞いていましたし、何となくイオリさんから感じる気配が人間のものより魔物のものに近いように感じていました」
ピナリー? あの王女にもバレてんのかよ。
「あの方は隠された情報を看破する事に長けていますからね。あの方は貴方の魂が人間であると判断した上で貴方の処遇を私に一任してくれました」
なんか、なんかもう……。
「気配が違うって、どういう事? 俺ってそんなにバレバレなの?」
「いえいえ、正体を知っているのはピナリー殿下と私だけです。気配って言うのは、貴方と初めて会った時に貴方に掛けた『消耗した魂を癒す魔法』の効果で少しだけ魂が触れあった時に偶然感じたんだと思います」
じゃあ最初から知ってたんじゃん。
「そんな最初から……どうして俺を迎え入れたんだ。俺は人間に化けた魔物だぞ、普通はもっと警戒するもんだろ」
「貴方は命を賭けて死霊と戦い、私達を救ってくれました。その想いがあれば、種族がどうのなんて些細な事です。それにキャロちゃんだって人間ではありませんがもうウチの子ですよ」
そういや禁域の解放時にはハルもいたっけ。コイツ、器がデカいのか単に大雑把な性格なのかどっちだ?
「さぁ、竜を倒し街を守る為に一緒に戦いましょう」
魂だけになっても死霊に抗い続け、人間でない者をも受け入れ、本気で俺を仲間として信じている。うちのパーティーの最強はコイツかも知れないな。
「なんか俺、ちょっと自惚れてたわ……ハル」
「何です?」
「ありがとな……俺と一緒に戦ってくれ」
「はい、イオリさん」
「もうイオリで良い。これからはそう呼んでくれ」
「はい、イオリ」